『介護が始まるとき』──妻の帰宅
施設介護編
【最終話】
『お疲れ様〜』
『まだいても良いのよ』
エレベーターホールで、
多くの職員に囲まれながら、
妻はその日を迎えていました。
それは、1年半に及んだ
──施設での退所の日
その1カ月前。
私は、妻を自宅に迎える準備を
進めていました。
理学療法士と何日も前から綿密に打ち合わせを重ね、
手摺りを必要なところに滞りなく設置し、
それまで寝室は2階でしたが、
1階のリビングに妻のベッドを用意しました。
──自宅での生活に困らないようにと、
何度もそのシミュレーションを繰り返していました。
──これで、家の準備は万全。
あとは仕事で私が、
家を空けたときにどうするかでした。
重い後遺症を抱えた妻には、
24時間の見守り介護が必要でした。
ケアマネジャーに相談すると。
介護保険や障害者手帳のサービスを
制限いっぱいまで利用することで、
私が家にいない時も、
妻の身の回りのことをカバーできるような
プランを組んでもらえました。
──負担額は、それ相応のものでした。
まだ経済的な余裕は、
ありませんでしたが、
それでも、
それを選ぶしかありませんでした。
多くの時間と手間を掛けながら、
ようやく全てが整いました。
──妻が退所を迎えるまでにも、
施設とは色々なことがありました。
ただ、退所を迎えたその時は、
この場所がなければ、
きっと妻を自宅に迎えられなかったと。
──感謝の気持ちでいっぱいでした。
妻も別れを惜しむように、
お世話になった職員の人と、
抱き合い涙を流していました。
──妻の車椅子を押して、
駐車場に向かいながら。
『本当によく頑張ったね』
と声掛ければ、
妻も笑顔で、『うん』と。
そのまま車に乗せて、
自宅に向かいました。
脳出血で倒れたあの日から──
妻が自宅で暮らせるようになるまでに、
およそ2年半もの時間が必要でした。
その間に夫婦や家族の形は、
大きく変わっていました。
振り返ることも出来ないほどに、
それまで目まぐるしい日々でしたが──
その時は妻とまた、
一緒に暮らせることへの期待しかありませんでした。
──ただ、それは、
働きながら在宅で介護をするという、
新たな家族の形が動きだした時でした。
そして、その道のりは、
決して平坦なものではありませんでした。
あの日から妻と私は、
施設には足を運んでいません。
またお世話になる日が、
来ないことだけを今も願いながら──

『介護が始まるとき』
──妻の帰宅
【第7章 完】
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『独房の妻』
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