『介護が始まるとき』──独房の妻
施設介護編
【第19話】
その時は、
妻の帰りたいという気持ちと、
施設の規則の狭間で、
私は苦しんでいました。
まだ妻を自宅で受け入れられる
状況ではなく──
公的な施設でもある
"障害者支援施設"には、
厳格なルールが課せられていました。
その規則──
入居者は管理者の許可なく、
施設外に行くことを禁ずる。
そこにはイレギュラーな理由はなく、
違反した場合は即退所もあり得るという
──そんな規則でした。
そして今回──
妻の“施設からの脱走騒ぎ"は、
重大な規則違反に該当しており、
即退所も辞さないほどの問題になっていました。
その時の妻に、
難しい規則や、その重大性を
伝えるのは簡単なことではなく。
私は時間をかけて、
それを妻に伝えました。
『今の身体の状態で、
家に帰ることは難しいこと』
『自宅では、
今のようなリハビリは受けられず、
将来の回復にも影響すること』
『今はここで回復に集中すること』を。
妻は、『なんで?』を繰り返すだけ。
妻がどれくらい理解したのかは、
正直分かりませんが……
施設では今回の件について、
職員が集まり、
妻の対応をどうするかの話し合いが、
繰り返し行われていました。
妻には家に帰りたいだけでなく、
逃げ出したくなるような理由が、
施設側にあったことも知っていましたが、
私はひたすら、
謝罪を続ける以外にありませんでした。
最後は『二度と起こさないように』と、
施設側と書面で約束を交わさせられて。
なんとか入所の継続だけは、
認められました。
また施設側は妻に、
『当面の間、個室での経過観察』
という処分を課しました。
その個室は、
スタッフルームのすぐそばにある、
狭くて無機質な一人部屋。
部屋の外からも、
中の様子が分かる作りで、
"精神的に不安定な
妻の状況を確認するため"
とは、名ばかりの、
──ただの監視部屋でした。
もともと曲がったことを嫌う妻にとって、
自分がルール違反を犯して、
こんな部屋に入れられるのは、
どれだけ悔しいことかも、
私には分かりました。
その部屋を案内してくれた
あの院長に、
『まるで、独房みたいですね?』
と嫌味を混じえて、
伝えれば、
苦笑いだけ返してきました。
明らかに妻が、
その原因であったとはいえ──
入居者の気持ちを一切聞こうとせず、
施設のルールを最優先する姿勢には、
腹立たしさを感じていました。
けれど、その時の私たちには、
ただ黙って、それに従うしかありませんでした。
私は妻に、こう伝えました。
『さっさと、
この場所のリハビリを終えて家に帰ろう』
『二度とこんなとこに世話にならないぐらい、回復すれば良いから』
──結局、妻のその“独房生活”は、
1週間で終わりました。
そして、その後。
妻の口から、
『おうちに帰りたい』
という言葉が出ることは、
なくなりました。

『介護が始まるとき』
──独房の妻
【第19話 完】
▼この話は、施設介護編 最終話
『妻の帰宅』に続きます。
▼前回の話 施設介護編 第18話
『揺れる施設』
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