『介護が始まるとき』──揺れる施設
施設介護編
【第18話】
施設から連絡が入ったのは、
19時ごろでした。
『奥さまが、いなくなっています』
『施設中を探していますが、
まだ見つかっていません』
──何が起こっているのか分からず、
私は動揺しました。
何かあったのかと尋ねても、
施設側もまだ状況を把握できておらず、
ただただ慌てている様子でした。
急いで車で、
施設に向かう途中──
再び施設から連絡が入りました。
『奥さまが見つかりました』
『お話がありますので、
こちらにお越しください』
──施設に着くと、
妻は部屋に戻っていました。
私は施設の管理者に呼ばれ、
別室で状況の説明を受けました。
夕食後、いつもなら妻は、
部屋に戻るのですが、
その日は違っていました。
そのまま車椅子を自分で動かし、
施設の外に出て行ったようでした。
幸いにも、少し離れたところで、
たまたま職員に見つかり、
無事に連れ戻されたとのこと。
妻は泣きながら──
『おうちに帰りたい』と、
必死に車椅子を動かしていたそうです。
……その話を聞いて。
妻の気持ちを思うと、
たまらなくなり、
胸が締め付けられました。
説明を聞き終わり──
別室から妻の元へ行こうとしたところ、
施設の管理者は私に、
こう告げました。
『今回の奥様の行動は、
重大な規則違反です』
『話し合いの上、
何かしらの処分があると思いますので、
またご連絡します』
……何も言えず。
私は頭を深く下げ、
そのまま妻の部屋へ向かいました。
部屋で妻は、
ずっと泣いていました。
私を見て──
『なんで帰れないの?』
『……車椅子で帰るつもりだったのに、
なんでダメなの?』
私は、ただ黙って、
妻の訴えを聞いていました。
妻の気持ちは、
痛いほど分かっていました。
でも現実として──
今はまだ、
妻を連れて帰ることはできず。
また妻が施設に、
迷惑を掛けていたことも事実でした。
私は静かに、
こう妻に伝えました。
『……いまはまだ、一緒に家で、
暮らすことはできないんだよ』
『……頼むから施設には、
迷惑をかけないで欲しい』
その言葉を聞いて、
妻は声をあげて大泣きしていました。
"施設での介護生活"を選んだことは、
当時の妻の状態を考えれば、
最善の判断でした。
けれど現実は──
妻を泣かせ、
つらい思いをさせる結果に、
なっていました。
私はそのとき、
妻を悲しませた選択をした、
自分がどうにもやるせなく。
ただひたすら心の中で、
妻に謝罪し、
自分を責め続けていました。

『介護が始まるとき』
──揺れる施設
【第18話 完】
▼この話は、施設介護編 第19話
『独房の妻』に続きます。
▼前回の話 施設介護編 第17話
『帰りたい妻』
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