『介護への道』──笑わない妻が笑う時に
妻がICUで目覚めてから、
2週間が経過していました。
妻は相変わらず、
『アー、アー』と発したり、
突然泣き出したりしましたが、
──まだ笑っていませんでした。
話し掛ける私の言葉も、
理解しているのか、そうでないのか。
全く分からない反応でした。
ただ、
私はどうしても妻の笑顔を見たかった。
それが本当の意味で、
"妻が妻"に、
戻れるような気がしていたから。
ある日の夕方ーーー
私はベッドの横に取り付けられた鉄製のパイプの手摺りに、
もたれ掛けながら、
いつもの様に妻へ話掛けていました。
そこへ病棟の見回りに来た看護師が、
『ご気分は、いかがでしゅか?』
と声を掛けてきました。
!?
どうやら看護師は噛んだようでした。
私はそれを聞き流して、
『ありがとうございます。大丈夫です』
と対応。
看護師も何事もなかったように、
病室をあとにしました。
それからすぐ妻へ、
『いかがでしゅか?』と、
聞いてみればーーー
いきなり妻は、
大きな声を上げて、
ゲラゲラと笑い出しました。
──やはり妻も、
聞き逃さずでした。
妻の笑顔を見て嬉しくなった私は、
『いかがでしゅか?』
を、何度も連発。
その度に、妻はヒーヒーと。
息を切らせながら大笑いをしていました。
つられて私も腹を抱えて涙を流しながら、一緒に笑い転げていました。
その笑い声は、
病棟中に響き渡っていたようでした。
妻はそれからの数日間。
その看護師を見るたびに笑うようになり。
周囲からは、
その看護師のことを妻が、
よほど気に入っていると思われていたようでした。
妻が笑う。
たった、それだけのことーーー
ただ、あの日を境に。
私たちの中では、
それから何かが、
確実に、
変わっていった気がします。

『介護への道』
──笑わない妻が笑う時に』【完】
▼この話は『ことばのない会話』へ続きます。
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▼この作品は『若若介護』シリーズの一編です。 全体構成【目次】は、こちらからご覧になれます。
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