『介護への道』──左脳という名の喪失
医師から説明を受けた時──
私はまだ、
何ひとつ本当の意味では、
それを理解できていませんでした。
MRI画像に映し出された、
あの黒い穴の意味を──
後になって、
少しずつ私は知っていきます。
そのとき妻の脳に、
何が起きていたのか。
そしてそれが、
何を奪っていったのかを──
左脳は、言語や計算、
論理的な思考など。
社会生活を送るうえでは、
欠かせない機能を担い、
損傷の部位や深さにより、
症状は異なるものの──
左脳が損傷した時。
それは『言葉』を失うだけでなく、
『社会生活』そのものを
──失うことにもなる。
妻の場合──
脳内の出血は左脳の皮質下であり、
その深部に到達していました。
その血液は脳細胞と神経を破壊し、
日常生活はおろか、
妻から「人として生きる』という、
力すら奪っていました。
表現できるのは、
「アー、アー」という声だけ。
失語症
「言語」そのものが頭に届かない。
意思の疎通も、対話もできない。
妻が意に介した反応をすることはありませんでした。
さらに記憶や認知にも障害があり、
記憶が定着するまでには、
かなりな時間とリハビリを要しました。
高次脳機能障害
そこに加えて、
右半身の完全麻痺──
右利きだった妻にとって、
それはあまりに酷な機能の喪失でした。
脳出血は妻をあらん限りに、
破壊し尽くしていました。
人として生きていくこと。
──そのものを。
いったい、
妻が何をしたというのか──?
私たちは、
このときようやく、
これから始まる
終わりなき【介護の道】に、
──足を踏み入れたところでした。

『介護への道』
──左脳という名の喪失 【完】
▼『笑わない妻が笑う時に』へ続きます
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