『障害者になった日』──新たな道のり
【最終話】
脳出血で倒れた妻は、
その制限いっぱいまで、入院し続けていました。
退院が近づき、迫る選択──
どこで妻を介護するのか。という。
その時はまだ、家も、私自身も、
障害者となった妻を、
受け入れることはできませんでした。
入所できる施設が、
ようやく決まったものの。
退院したら家に帰る頭しかなかった妻は、施設に入ることを嫌がり、
まだ首を縦に振っていませんでした。
私はどうするかを、
考えていました──
その後も妻に、
『いよいよ。もうすぐ退院だね』
『次の施設でも頑張ろう』
そう声をかけても妻は、
私を無視し続けていました。
入所が決まった施設からは、
事前面談の依頼も来ていました。
妻には、
「とりあえず、
見に行くだけ行ってみようよ」と言って、
その面談の予定日に、
あまり気乗りのしていない妻を、
なかば強引に病院から連れ出しました。
【障害者支援施設】
障害者を支援するために、
リハビリにとどまらず日常生活も包括的にサポートする施設。
そこの敷地は想像以上に広く、
設備も整っていました。
けれど──古い。
廃校を思わせるほどの建物。
震災の爪痕が残る壁のヒビ。
太い鉄柱やつっかえ棒で支えられた窓枠。
どこを見ても、
時の重みを感じさせました。
到着すると、
妻と私は面談室に通されました。
しばらく待っていると、
やや年配の女性の説明員が、
優しく挨拶しながら入ってきて、
机越しに妻の前に座りました。
持ってきた資料を机に広げて、
ゆっくりと妻の希望や考えを確認しながら、丁寧に施設の説明をし始めました。
妻にとってここが、
これから生活をしていくための
“居場所”になることを優しく諭すように。
施設は、これまでの入院生活と同様か、
それ以上のリハビリが受けられること。
また、今リハビリを継続しなければ、
妻の体の機能は維持できないこと。
何よりも、自宅で生活するようになるには、施設での訓練が必要ことを──
妻の反応を見ながら、
分かりやすい言葉で伝えていきました。
妻はその度に、
ふんふんと頷きながら聞いて、
時にはカタコトで質問しながらも、
その説明を十分に理解したようでした。
じっと考え込むような時間もありましたが、最後には納得したようすで、
施設に入所することを、
妻は選択しました。
実を言えば、この説明も──
事前にソーシャルワーカーが、
施設側に依頼してくれていたものでした。
「本人が入所を望んでいない」ことを
私が相談したことで、
施設の方も“妻を説得する姿勢”で、
面談に協力してくれていたのでした。
面談を終えて。
施設をあとにしながら、
駐車場に向かう途中──
車椅子を押している時に、
妻が入所を選んだことに安堵した私は、
やや明るめの声で妻に、
「よし!これから施設でも頑張ろう!」
と言えば、
やや高い私のテンションにイラついたのか、上手く乗せられたことに気づいたのか、
不機嫌そうに──妻は一言。
「トイレ、きたない💢」
……私は、そのまま黙って車に乗せて、
病院に戻りました。
それから、まもなくして、
妻は退院を迎えます。
ここから私たち夫婦の介護という名の
"新しい日常"が始まりました。
それは決して、
希望に満ちたものではありませんでした。
けれど──
それまで、ずっと、
右も左も分からない暗闇の中にいた私たちには、
この先も続いていく"道のり"が、
かすかに見えた時でした。
そして、その時の私には、
妻とそこを歩んで行くことが、
なぜか楽しみに感じていました。

【第6章】
障害者になった日
《終》
▼前回の話
▼この話が収録されたシリーズのマガジンは、こちらからご覧になれます。
▼その他の話やシリーズは、全体構成【目次】からご覧になれます。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援とフォローをお願いします。
チップはクリエイターとしての活動費にいたします!