ウチの潜入捜査くん【第6話(最終話)】
第6話(最終話) 友達
~私立才駆論高校 校舎前~
才駆論高校の校舎が、夕陽に照らされている。夏の風がそよそよと流れ、まどかの髪を揺らした。
まどか「わ、私が……Mr.アブセンス?」
添「そうだ」
戸井「ちょっと待ってよ! ナンマドさんがMr.アブセンスなわけないだろ! だってMr.アブセンスは三波政良って男の人なんじゃ……」
添「そう。俺たちはそう思い込まされていたんだ」
寧音「どういうことだ?」
添「俺が調べた名簿には、ルビがなかった。だから『三波政良』という字面を見たとき、感覚的に『みなみまさよし』だと思ったんだ。『Mr.』が付いてることもあり、無意識のうちに男だと錯覚していたしな。
だが本当の読み方は、三波政良。Mr.アブセンスは、女性だ」
まどかは黙ったまま、地面をにらみつけている。
寧音「ひとまず、Mr.アブセンスは実は女性で、名前の読みが『まさよし』ではなく『せいら』だったとしよう。それだけではナンマドがMr.アブセンスだという証明にはならないのではないか?」
戸井「そ、そうだよ!」
添「戸井風斗。さっき渡した月刊すげー手芸の16ページを開いてみろ」
戸井「え、これ?」
戸井は、手にしている月刊すげー手芸を開いた。寧音がそれを覗き込む。
戸井「16ページ、16ページ……あ、ここだ」
【密着取材:キタ・ミナミ氏】イケメンアクセサリーデザイナーの素顔に迫る!
若い女性に人気の手作りアクセサリー工房『ペルレン・フューア・シュヴァイン』。本誌は、そのオーナー兼デザイナーであるキタ・ミナミ氏(39)(本名・三波喜太)の密着取材に成功した。タンクトップにオリジナルのネックレスとブレスレットが印象的なこちらの写真は、妻の志麻さん(38)と娘のせいらさん(12)とともに撮影された貴重な一枚――
寧音「キタ・ミナミ……本名・三波喜太!」
添「そう。その記事には三波喜太と家族の写真が載っている。名前もな」
戸井「娘のせいらさん……ってまさか?!」
添「幼さは残るが、そっくりだろう。南條まどかに」
添が続ける。
添「そして三波喜太が身につけているブレスレット。南條まどかのものとそっくりだ。たしかそれは父親がプレゼントしてくれたんだったな」
まどか「……」
添「お前たちがここに来る少し前、俺は品田雅子先生と話をしていた。そこで、三波喜太が数年前に自殺したと聞いたんだ」
戸井「自殺……?!」
寧音「思い出した! たしか6年前に起きた殺人事件の容疑者として逮捕されたが、本人は否定。しかし、ひどい誹謗中傷を受け、自ら命を絶ったとニュースで流れていた。それはえん罪だったとわかったのは、その後だったとも……」
まどか「……そうよ」
まどかが口を開いた。
まどか「私がMr.アブセンス……三波政良よ」
寧音「ナンマド……!」
まどか「お父さん……三波喜太は濡れ衣を着せられ、世間から白い目で見られた。本当はなにもしていないのに……えん罪だろうが誤認逮捕だろうが、一瞬でも殺人犯のレッテルを貼られたら、周囲の態度は豹変したわ。私も、殺人犯の娘として、地獄のようないじめに遭った」
戸井「そんな……」
まどか「それで私は不登校になったの。お母さんはその雑誌の取材の半年後に病死したから、お父さんと二人暮らしだった。それなのに、お父さんまで失って……」
まどかの目から涙があふれる。
まどか「だれも信じてくれなかった! 友達だと思ってた人も、だれも私たちのこと信じてくれなかった! だからもうだれも信じられなくなった!」
まどかの告白に、その場にいた全員が言葉を失う。
そんな中、沈黙を破ったのは是津だった。
是津「よくがんばったな。後はわしから説明しよう」
是津は、まどかの肩をぽんと叩いた。
是津「南條くん……いや三波くんのことは、わしもなんとかしてやりたかった。つまらない勘違いで、彼女の人生を台無しにしたくなかった。だからわしは、彼女を知る者たちが全員卒業した後、彼女を別の人間・南條まどかとして入学させたのじゃ。もう一度、高校生活をやり直すためにな。もちろん、諸々のお金は免除での」
寧音「では、校長はご存知だったんですね。ナンマドがMr.アブセンスだったことを」
是津「ご存知もなにも、『Mr.アブセンス』はわしが名付けたんじゃ。『Mr.』と付いていれば、男と思うじゃろうからの。まぁ、添くんには見破られてしもうたが」
戸井「でもどうして除籍しなかったんですか?」
是津「わしにはできなかったのじゃよ。除籍すれば、三波政良くんの人生そのものが消えることになるんじゃないかと思っての。じゃが、それがいらぬ疑いを生むことになってしまったようじゃな」
是津はまどかに向き直り、頭を下げた。
是津「本当に、すまないことをした」
まどか「校長先生……」
寧音「ナンマドは……ずっと一人で戦っていたんだな……だれにも相談できずに……私にも……」
まどか「できるわけないよ……」
寧音「どうしてだ! 私たちは……!」
まどか「だって失いたくなかったんだもん!!!!!」
まどかが叫ぶ。
まどか「メガネネちゃんも! みんなも! 本当のことを知ったら離れてくと思ったから! だから……!」
添「俺たちがそういう風に見えるか?」
まどかがハッとして顔を見上げる。添、戸井、寧音の姿が、まどかの目に映った。
戸井「そうですよ! ナンマドさんがMr.アブセンスだったのはびっくりしましたけど、それがなんだっていうんですか!」
寧音「その通りだ。どんな過去や秘密があっても、ナンマドはナンマドだ」
まどか「どうして……」
まどかがへたり込む。
まどか「どうしてみんなそう言えるのよ……」
添「友達だからだ」
真っ直ぐな瞳で、添が答えた。
まどか「うっ……うわあああん……! うわあああーーーん!」
号泣するまどか。そっと寄り添い肩を抱く寧音。それを優しく見守る戸井。
そして添は、暮れていく夕陽を眺めていた。
是津「さて、と」
突然、是津が切り出した。
是津「南條くんのことをこれだけ暴いたんじゃ。もう君のことも話していいじゃろ、添くん」
戸井「え、なんのはなしですか?」
添「わかりました」
添は、胸ポケットから手帳を取り出した。それはただの手帳ではなく警察手帳だった。
添「俺は公安警察所属、特殊潜入捜査官候補生、コードネーム:添光成だ」
戸井・寧音・まどか「……」
是津「あ、あれ……? あんまり驚いてないね君たち」
肩透かしをくらった是津。
戸井「いや、まぁ、なんというか……」
寧音「これまでの行いを見る限り、もはやこいつが何者でも驚かないな」
まどかも静かに頷いた。
是津「なんじゃ、ちょっとつまらんのう……」
戸井「でもどうして潜入捜査官がここに?」
是津「わしが呼んだんじゃよ。ここのところ不審な事件が多かったじゃろ? 生徒会も頭を悩ませていたようじゃったから、転校生として彼を送り込んだのじゃ。潜入捜査官候補生は1か月以上の現場実習試験に合格する必要があるということもあってな」
寧音「そういうことだったのか」
是津「事件も解決したことだし、実習は今日で終わりじゃ」
添「では、現場実習試験の判定は……」
是津「不合格じゃ」
戸井はズッコケた。
戸井「えええええ! この流れで?!」
添「なぜですか。俺は犯人を捕まえたのですが」
是津「バカもん! 次から次へと物を壊しおって! あれを見よ!」
是津が指差した先には、是津の銅像だったものがあった。
是津「わしの銅像! 見事にこっなごなじゃぞ!」
戸井・寧音・まどか「ああ、なるほど……」
添「それは問題ありません。あんな像あってもなくても、なんの影響もありませんから」
是津「それ、わしの前で言う?」
呆れる是津。
是津「とにかく君は不合格じゃ! よって、潜入捜査官にはなれん!」
添「では俺はこれからどうすれば」
是津「君はもっと一般的な高校生がどういうものか知る必要があるのう。でなければ潜入捜査官など務まらん」
戸井「それって……」
是津「添光成くん、卒業するまで本校の生徒として生活しなさい」
是津の言葉に、戸井の顔は明るくなった。
戸井「やったね添くん!」
添「いや、不合格だからまた鍛え直さねば」
戸井「これ以上鍛えてどうすんのさ……」
寧音「ところで、添光成というのはコードネームだったのか」
是津「そうじゃよ、芽ヶ谷くん! これはわしが考えたんじゃ! 転校生っぽくていいじゃろ?」
添「おかげで『テン・コウセイ』とよく間違えられるのですが」
是津「君が考えた案よりマシじゃろうが。あれはあまりにも……」
是津が口を濁す。
戸井「へぇ~、どんな名前?」
添「潜入捜査だ」
戸井は再びズッコケた。
戸井「ダッセェ!」
寧音「お前、潜入捜査の意味わかってないだろ」
戸井「ないわー。潜入捜査はないわー」
寧音「『テン・コウセイ』が急に普通に感じてくるな」
ここぞとばかりにツッコむ戸井と寧音。
添「お前たち、ちょっとうるさいぞ」
まどか「……フフッ、アハハハッ!」
三人のやりとりを見て、まどかが笑った。
オレンジ色の夕陽に照らされたその笑顔は、とても美しかった。
~私立才駆論高校 校長室~
自席に座る是津。目の前には寧音がいる。
寧音「校長は最初からすべて知っていたわけですね。ナンマドのことも、添のことも」
是津「すまんかったのう、芽ヶ谷くん。じゃが、わしなりに考えてのことだったのじゃ」
寧音「まぁ、結果的に犯人が捕まったことですし、別に構いませんが……」
是津「? どうかしたかの?」
寧音「……いえ」
是津「……君も、そろそろ自分を許してもいいのではないかね?」
寧音「!」
寧音の顔が一瞬こわばった。
寧音「私は……まだ……」
是津「……そうか。でも、彼なら……添光成なら、君のことも救ってくれる気がするのじゃよ」
寧音「そう……でしょうか」
是津「そうとも。Mr.アブセンスの正体を暴いたのだって、南條くんを助けたい気持ちがあったからじゃろうしな」
寧音「彼は一体……」
是津「はて……ウチの潜入捜査くんは、つかみどころがないからの。ほっほっほ」
~道路~
添と戸井が帰路に就いている。
戸井「それにしても、添くんはほんとにすごいなぁ。2階から飛び降りて、野呂先生をぶっ飛ばしちゃうんだもんなぁ。ボクには絶対むりだ」
添「当然だ。火華凰拳、牙闘昇降羅は、素逸流の奥義。アッパーカット、踵落とし、正拳突きの三連打を打ち込む最高難易度の技で……」
戸井「だから技の説明はいいから!」
添「しかし、素逸流は極めることこそ至難の業だが、初心者でも簡単に始められる。お前も精進すれば、立派な素逸流の達人になれるぞ」
戸井「いや別に素逸流の達人になりたいわけじゃ……」
添「鍛えるなら俺が付き合ってやるぞ、トイプー」
戸井「えっ……今なんて?」
添「なんでもない」
添の顔が少し赤らんだが、夕陽に照らされていたため戸井は気づかなかった。
(おしまい)
全話リスト
いいなと思ったら応援しよう!
なんと アルロンが おきあがり
サポートを してほしそうに こちらをみている!
サポートを してあげますか?