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ウチの潜入捜査くん【第3話】

第3話 Mr.アブセンス

~私立才駆論高校 校舎前~

添が転校してきてから、ひと月が経った。暦は6月を迎え、気温の感覚は「暖かい」から「暑い」に移行しつつある。

才駆論高校の生徒たちは、夏服に身を纏っていた。男子は学ランの上を脱いだ白ワイシャツ、女子は半袖の白いセーラー服。中には、衣替えを忘れてきた学ラン姿の男子生徒もちらほら見受けられる。

朝8時、たまたま登校するタイミングが重なった添と戸井。

戸井「あ、添くんおはよう」

添「おはよう、戸井風斗」

戸井「今日から夏服だねぇ。あ、金持くん」

戸井は登校中の金持を発見した。金持は振り返ると、添の姿を確認して脅えた表情を浮かべた。すぐに逃げ出そうとした金持だが、添に首根っこを掴まれる。

金持「おぉい! なんですぐオレを捕まえるんだよ!」

添「こそこそと逃げる者は捕まえたくなるタチでな」

戸井「猫じゃん」

金持「お前がいつもいつも捕まえてくるせいで、学ランの胸ポケットに付けた金の鶴の刺繍がぼろぼろになっちゃったんだよ! どうしてくれるんだ!」

ジタバタする金持。その手に提げた紙袋の中には、文庫本サイズの箱がたくさん入っていた。

添「これは……『タンパ君』じゃないか」

戸井「タンパ君って、添くんがよく食べてる変な食べ物?」

金持「変で悪かったな。これはパパの会社で作ってる商品だよ。田佐井先生が筋力をつけたいって言うんで、定期的に届けてるんだ」

添の目つきが変わった。

添「お前の父親、マチョマチョムッキ社の社長なのか?」

態度は冷静だが、目がらんらんと輝いている添。

金持「そ、そうだけど……」

添「なぜそれを早く言わない。俺は『タンパ君』の大ファンだぞ。新作のシュクメルリ味もチェック済みだ」

戸井「どんな味だよ。なんてマニアックなフレーバーなんだ」

添「これはソルロンタン味だな。田佐井親次先生もなかなか通のようだ」

戸井「なにその"世界のスープシリーズ"的なの」

金持「もしよかったら、お前にも届けてやろうか? あんまり売れてなくて在庫いっぱいあるみたいだから……」

添「是非に」

添が食い気味に言った。


~私立才駆論高校 玄関~

まどか「おはよう二人とも」

添と戸井が玄関に入ると、まどかと寧音がちょうど上靴に履き替えたところだった。

寧音「今日も仲睦まじいことだな」

戸井「たまたま一緒になっただけですよ。それにしても……」

学校一の美少女・まどかと、学校一の美人・寧音。二人の夏服姿に、戸井はあらためて惚れ惚れした。

戸井「お二人とも、本当に夏服めちゃくちゃ似合いますね……!」

寧音「ありがとう」

戸井「あれ、ナンマドさん、そのブレスレットどうしたんですか?」

まどかの首には、銀色のブレスレットがきらめいている。

まどか「これ? いつも着けてるんだけど、冬服のときは隠れちゃって見えないんだよね。お父さんがプレゼントしてくれたの」

戸井「素敵です!」

まどか「ありがとっ」

四人は、正面玄関から入って右手にある、大きな螺旋階段へ向かった。才駆論高校の校舎は4階建であり、すべてのフロアがこの螺旋階段でつながっている。広々とした吹き抜けは眺めがよく、壁には大きな窓がついている。

明るい光がたっぷりと差し込むこの学校では、今もなお不審な事件が続いている。



~私立才駆論高校 校内(回想)~

四人が学業の合間を縫って捜査を進めているものの、その進捗は順調とはいえなかった。その上、添が定期的に問題を起こすことも、ほかの三人にとっては悩みの種だった。

添の捜査は、なんとも破天荒だった。

ある日は、捜査に非協力的な生徒を問答無用に殴り飛ばし、聞き込み不能にさせた。

添「こいつ、なにも言わないな」

戸井「キミがぶっ飛ばしたからだよ! ほら見て! ノビてるよこの人!」

またある日は、2年2組の教室の前に積まれた大量の段ボール箱を、無断で全破壊した。

田佐井「ひぃぃっ! 今度の数学の授業で使う教材がぁぁっ!」

添「ご安心を。危険物はありませんでした」

戸井「キミが一番危険だよ!」

田佐井「せっかくここまで運んできたのに……私、腰痛持ちなんだよ……?」

またまたある日は、特定の生徒に対し、脅しともとれる聞き込みを行なっていた。

添「お前、今ここでなにをしていた」

金持「自分の席で本を読んでただけだよぉぉ! にらむなよぉぉ!」

戸井「なんか金持くんにだけ当たり強いよね? タンパ君の恩はどこいった」

~回想終わり~

~私立才駆論高校 2年2組教室~

これといって有力な手掛かりを掴めずにいる中、不審な事件は日に日に悪質となっていった。
トイレの個室の上から熱湯をかけられたり、上靴の中に大量の画びょうが仕込まれていたり、どう考えても作為的である。それでも、捜査チームは犯人を特定できずにいた。

不可解な事件があまりにも続くため、生徒の中には脅える者も少なくない。その一人が、戸井だった。

添「戸井風斗、それはなんだ」

放課後の教室。戸井が持っている電動シェーバーのようなものを見て、添が質問した。

戸井「スタンガンだよ。ここのところ変な事件が増えてきたから、護身用に買ったんだ。……添くんは強いから必要ないと思うけどさ」

添「当然だ。そんなものがなくとも、素逸流繰武拳に死角はない。お前にその気があるなら、俺が指南しよう」

戸井「いやいいよ……ボクは弱いから……」

ため息をつく戸井。

添「弱いから鍛えるんじゃないのか? 強い者だって、最初から強いわけではない」

戸井「え……」

添「そろそろ捜査会議の時間だな。行くぞ」

戸井「あ、うん」

すたすたと歩く添の後を、戸井が追いかける。

戸井(たまーに核心を突くようなこと言うよなぁ……)

廊下では、二人の会話を謎の影がこっそりと聞いていた。



~私立才駆論高校 生徒会室~

6月のある日、生徒も教職員も帰宅した夜の校内は、生徒会室の明かりだけが点いていた。添は、パソコンの画面や手元の資料に目を向け、一人唸っていた。

添「Mr.アブセンス……一体何者なんだ。それに、こいつは事件に関わっているのだろうか……」

コンコン

ノックの後にドアが開いた。入ってきたのは、是津だった。

是津「こんなに遅くまでご苦労じゃの」

添「お疲れ様です。是津延泰校長」

是津「調子はどうじゃ? わし? わしはもちろん絶好調!」

添「残念ながら、捜査は行き詰まっているところです」

是津「……相変わらずユーモアがわからん奴じゃの」

是津は、生徒会長席に腰掛けた。

添「是津延泰校長」

是津「なんじゃ?」

添「この学校に『Mr.アブセンス』という生徒がいると聞きました。在籍はしているが長いこと出席していないという、謎の多い存在らしいのです。是津延泰校長はご存じありませんか」

是津「すまんが、わしはなーんにも知らんでな」

是津はわざとらしく答えた。

是津「しかし、はたしてその者が一連の事件の犯人なのじゃろうか?」

今度は、是津が添に質問した。

添「それはわかりません。ただ、在籍している以上、我が校の生徒です。犯人ではなかったら、むしろ被害者である可能性が浮上します。どんな人物なのか、どういう事情を抱えているのか、守るためには知る必要があります」

是津「守るため、か……」

是津は、おもむろに目を閉じた。

是津「結構なことじゃ」

添「恐縮です」

是津「じゃが、もし本当にMr.アブセンスなる者がいるならば、そやつはかわいそうじゃの」

添「と言いますと?」

是津「だってそうじゃろ。入学式は同級生全員が一緒なのに、卒業式は自分だけおらんのじゃから。自分だけが卒業していないというのは、寂しいんじゃないかね?」

添「自分だけ卒業していない……」

添は、腕を組んだ。その考え込んでいる様子を、是津が嬉しそうに眺める。

添「そうか……もしかしたら」

なにか思いついた添は、キャビネットから大量の名簿を取り出した。そして、そのページを一つひとつめくり始めた。

是津「さて、わしはそろそろ帰るとしよう。君もあまり遅くならないうちに帰るんじゃぞ……って、全然聞こえておらんようじゃな」

夢中で調べものをする添を一瞥して、是津は生徒会室を出ていった。

是津(わしは君を信じておるよ、添光成くん)



~私立才駆論高校 生徒会室~

翌日、放課後に集まった捜査メンバーたち。そこで添が、昨夜の調査結果を報告していた。

寧音「Mr.アブセンスの正体がわかった?」

添「ああ。といっても、氏名だけだがな。過去数年間の入学者名簿と卒業者名簿をすべて照らし合わせたら、入学はしているが卒業していない生徒が1名だけ存在した」

添が、2枚の紙を机の上に出す。それは、ある年の入学者名簿と、その学年の卒業者名簿だった。
両方の名簿には大量の取り消し線が引かれているが、入学者名簿のある1行には代わりに蛍光マーカーで塗りつぶされていた。

三波 政良

まどか「みなみ、まさよし?」

戸井「なんだって?!」

戸井が急に大声を上げた。

添「知っているのか?」

戸井「もしかして、若手フォークシンガーの南まさよし?! のどかなギターのメロディーと独特な美声が特徴で、デビュー曲『ワンモアデイ、ワンモアプレイス』で一世を風靡した!」

添「だれだそいつは。お前そういうのすごい詳しいな」

興奮する戸井をよそに、淡々と返す添。

寧音「とにかく、その三波政良って男が、Mr.アブセンスの正体なんだな?」

寧音が話を戻す。

添「入学したのが7年前だ。芽ヶ谷寧音の知人とやらが卒業したのも、たしか7年前だったな。入れ違いで入学しているなら、Mr.アブセンスのことを知らなくても無理はない」

寧音「なるほどな」

戸井「じゃあ、三波政良が事件の犯人?」

添「確証はないが、おそらくは……」

まどか「勝手に決めつけちゃダメだよ!」

突然、まどかが声を上げた。

戸井「どうしたんですか、ナンマドさん?」

まどか「あっ、ごめん……。でも勝手に決めつけちゃダメだよ。まだなんの証拠もないのに」

戸井「そ、そうですよね……すみません……」

添はまどかを訝し気に見たが、なにも言わなかった。

寧音「いずれにしても、今日はこれくらいにしよう。一旦、捜査は中断する」

添「なぜだ?」

寧音「知らないのか? 明後日から定期テストだぞ」

戸井「うわあああ、そうだった……!」

頭を抱える戸井。

寧音「事件のことは気がかりだが、そのせいで成績が落ちてしまっては本末転倒だ。帰って勉強するぞ。明日も当然捜査は休みだ」

まどか「そうだね。約1名、やばそうな人もいるし……」

憐れむように戸井を見ながら、まどかが言った。戸井はぶつぶつと「すいへーりーべーぼくのふね……」などとつぶやいている。

寧音「お前は大丈夫なのか、添」

添「……」

寧音「添?」

添「ん? ああ、問題ない」

名簿を見つめる添。三人が帰ってからも、しばらく一人で考え込んでいた。



~私立才駆論高校 校舎前~

7月1日。雲一つない青空から、日光が地上を容赦なく照りつけている。

朝8時、またしても登校するタイミングが重なった添と戸井。

戸井「あ、添くんおはよう」

添「おはよう、戸井風斗」

戸井「……素朴な疑問なんだけどさ、添くんってなんでだれでもフルネームで呼ぶの?」

ずっと気になっていたことを、戸井は思いきって尋ねた。

添「俺は『テン・コウセイ』と間違って呼ばれることが多いから、自分は人の名前を間違えないよう気をつけている。それだけだ」

戸井「へぇ、意外とまともな理由なんだ。でもちょっとお堅いよね」

添「そうなのか?」

戸井「いや別にダメではないんだよ! でもほら、ボクはみんなからトイプーって呼ばれるし、ナンマドさんやメガネネさんもニックネームじゃん。その方が友達っぽいっていうか、親密な感じするでしょ」

添「ニックネームか……」

二人が話していると、黒田緑青が話しかけてきた。

黒田「おはよぉ~」

戸井「あ、黒田くんおはよう」

黒田「戸井くぅん、前に話してたこれ、貸してあげるよぉ~」

そう言うと、黒田はDVDのケースを戸井に渡した。

戸井「こ、これは……! 南まさよしの全国ツアーのDVDじゃん! いいの?!」

黒田「うん~」

戸井「ありがとう!!」

戸井は嬉しそうにDVDのパッケージを見つめている。

黒田「見終わったら、続きも貸すからねぇ~」

戸井「ほんとに?! 全巻持ってるの?!」

黒田「うん~、17巻ぜんぶ揃ってるよぉ~」

添「随分と中途半端な巻数だな」

戸井「うわ~! 楽しみだな~! ほんとにありがとう!!」

三人が歩いていると、後方から甲高い声が聞こえてきた。『米寿のスケバン』こと米村寿江が、自転車をふらつかせながらイキっている。

米村「どきなどきな~! ケガしたくなかったら、アタイに道を空けるんだよ!」

米村は自転車を漕いでいるものの、そのスピードはとろい黒田の歩み以下だった。

添「米村寿江。どちらかというと、ケガするのはお前の方だと思うがな」

米村の運転があまりにもふらっふらなので、添は声をかけた。

米村「なんだいアンタ! どこの学校のもんだい!」

添「添光成だ。お前と同じ才駆論高校だ」

米村「おや、アンタが例のテン・コウセイかい」

添「添光成だ」

米村が自転車から降りる。

米村「アンタのことは、雅子ちゃんからよく聞いてるよ」

戸井「品田先生が?」

米村「なんでもアタイらと同じで『手芸探偵・手崎希世』のファンなんだってね。あのドラマの良さがわかるなんて、若いのに大したもんだよ。アタイもね、あのドラマの影響で手芸を始めたクチさ。このスカートもね、アタイが自分で編んだんだよ」

よく見ると、米村のスカートは厚手のセーターのように紺色の毛糸で編み込まれている。

添「なんというか、暑そうだな」

戸井「ていうかこの学校、手編みのスカートもOKなの? 自由すぎない?」

米村「今度、アンタたちの分もつくってやるよ!」

添・戸井「いや結構だ・です」


~私立才駆論高校 2年2組教室~

戸井「あれぇ? おかしいなぁ……」

授業が終わり、生徒たちがぞろぞろと帰っていく中、戸井は自身のカバンをまさぐっている。

添「どうした、戸井風斗」

戸井「スタンガンがないんだよ」

添「家に置いてきたんじゃないのか?」

戸井「そうなのかなぁ。家でカバンなんか触らないんだけどな……」

カバンの中身を机の上にぶちまけるが、スタンガンはなかった。

戸井「職員室に落とし物で届いているかも」

添「よし、では行くぞ」

戸井「え、いいよ、一人で行くから」

添「いや、その油断が命取りになる。その点、俺がいれば素逸流繰武拳で万事解決だ」

戸井「むしろ被害が大きくなるだけなんじゃ……」

添「案ずるな。いざとなれば素逸流の奥義を使うまでだ。この技は非常に難しく、扱える者が希少でだな……」

戸井「技の説明はいいから! わかったから、ほら! 職員室行くよ!」


~私立才駆論高校 職員室前廊下~

二人が職員室の前まで来ると、ちょうど野呂とすれ違った。

野呂「おお! テン・コウセイくんじゃないか!」

添「添光成です」

野呂「ちょうどよかった! 君に見せたいものがあるんだよ!」

戸井「見せたいもの?」

野呂は、胸ポケットに入っている筆を取り出した。

野呂「さっき届いたばかりの、特注の筆だよ! ほら、私の趣味は書道だろう?」

添「初耳です」

野呂「そうなんだよ! アカクロモモタヌキの毛で作られた世界に一つだけの筆なんだよ! この品種は日本にはいないだろう?」

添「初耳です」

野呂「いやー、この筆のよさがわかるか! さすが私の見込んだ理想的な生徒だな君は! では私はこれから校内を見回りに行くから、君たちはテスト勉強をがんばるんだぞ! 理想的な学校を創るためにね! HAHAHA!」

野呂はひとしきりしゃべった後、意気揚々と去っていった。

戸井「相変わらずだなぁ、野呂先生……」


戸井が職員室のドアをノックする。テスト前なので、生徒は基本的に入室禁止だ。そのため、入口で要件を伝える必要がある。

ドアを開けたのは、担任の田佐井だった。

戸井「田佐井先生、落とし物ボックスを確認したいんですけど」

田佐井「落とし物?」

戸井「はい。なにか届いていませんか?」

田佐井は、落とし物ボックスを持ってきて、中を確認する。

田佐井「うーん、こんなものしかないが……」

落とし物ボックスに入っていたのは、ポケットティッシュとヘアピンのみだった。

戸井「あー、ここにはないみたいです。ありがとうございます」

田佐井とやりとりをしていると、斉園が職員室を出ようとしていた。右腕に三角巾を巻いており、左手に教科書やプリント類を抱えている。

田佐井「あ、斉園先生。その体で本当に補習を?」

斉園「ええ。黒田のやつをなんとかしないといけないのでね。私は左利きなので、なんとかなるでしょう」

戸井「えっ! 斉園先生どうしたんですかその腕!」

斉園「一昨日、図書室で本を探しているときに、脚立から落ちて骨折したんだよ。そうだ、戸井。お前にテスト勉強用の問題集を作ったから、化学のテストまでにやっておけ」

斉園は一旦自席に戻り、電話帳ほど分厚い問題集を持ってきて戸井に渡した。

戸井「うへぇ……」

戸井は俄然テンションが下がった。

斉園「では私はこれで」

斉園は、ぎこちない動作で荷物を抱え直し、職員室を出ていった。すると、斉園のズボンからなにかがはらりと落ちた。

戸井「これは……猫の毛?」

田佐井「ああ、斉園先生は無類の猫好きでね。家でも飼っているそうだよ。灰色で目が青い……なんていったっけね」

添「ロシアンルーレットですね」

戸井「ロシアンブルーだよ。なんで命懸けのギャンブルしなきゃならないんだよ」

戸井が冷静にツッコむ。

田佐井「じゃあ、君たちも早く帰って、明日のテスト勉強をするんだぞ。私もそろそろ出なければならないから」

戸井「どこか行くんですか?」

田佐井「是津校長の銅像が設置されるっていうんで、その工事の立ち会いをしなければならないんだよ」

田佐井は心なしか元気がない。

戸井「それって、田佐井先生がやることなんですか?」

田佐井「用務員の小橘川さんが風邪で休んでいてね、私が代わりに立ち会うことになったんだよ。しかし、校長にも困ったもんだ。なにも定期テスト前にやらなくたっていいのに……」

愚痴をこぼしながら、田佐井はとぼとぼと職員室を出ていった。

戸井「田佐井先生も大変だなぁ……」

添と戸井も、職員室を後にした。


~私立才駆論高校 廊下~

戸井「やっぱり家に忘れてきたのかなぁ、スタンガン」

添「もしくは、盗まれたか」

戸井「えっ、だれに?!」

添「それはわからん」

戸井「だよねー……」

廊下を歩いていると、品田と鉢合わせした。

品田「あらっ! テンくんにチワワくんじゃない!」

添「添光成です」

戸井「戸井風斗です」

品田「あらやだ! ほんとごめんなさいね~!」

一人で盛り上がる品田。

品田「よかったらお茶でもどう? 今日は生徒が少なくてつまらなくてね~」

戸井「いや、あの、品田先生、明日からテストなんですよ」

品田「あらそうだったの~! でもちょっとくらいはいいじゃな~い! 1杯だけでも、ねっ!」

添「飲み屋の理論だな」

品田「お願いよ~!」

戸井「あー、じゃあ、1杯だけ飲んでいきます……」

品田「やった~! さささ、どうぞどうぞ!」

ごねる品田に圧倒され、二人は保健室へ向かった。


~私立才駆論高校 保健室~

品田「……それでね、希世が颯爽と現れて、一言物申すのよ! 『あなたには、針の穴に糸を通す資格はないわ!』って! きゃ~! かっこいいでしょ~! あ、おかわり飲む?」

戸井「先生、もう9杯目です……」

保健室に入ってからというもの、添と戸井はかれこれ1時間は品田の『手芸探偵・手崎希世』談義に付き合わされた。

品田「あらやだ! そんなに飲んでた?! ごめんなさいね~!」

戸井「ちょっと、トイレに行ってきます」

戸井は、小走りで保健室を出ていった。

品田「テンくんはおかわりどう?」

添「添光成です。結構です。ところで、品田雅子先生」

品田「なにかしら?」

添「Mr.アブセンスってご存じでしょうか?」

品田「Mr.アドバンス?」

添「アブセンスです」

品田「う~ん、ちょっとわからないわね~。ごめんなさいね~。お笑い芸人さんかなにかなの、そのMr.イノセンスって?」

添「アブセンスです。いえ、ご存じなければ結構で……」


バーーーーーン!!!!!


どこからか、爆音が轟いた。

品田「なになになに?!?!?!」

おろおろする品田を置いて、添はすぐに保健室を飛び出した。


~私立才駆論高校 1階 螺旋階段前廊下~

保健室を出て左手に進むと、戸井がへたり込んでいる。

添「戸井風斗! なにがあった!」

戸井「あ……あれ……」

戸井がなにかを指差している。その先には、大きな螺旋階段があった。
螺旋階段の真ん中に、なにかがある。

よく見るとそれは、黒田緑青だった。

添「これは……!」

黒田の頭部からは大量の血が流れ、辺り一面を赤く染めていた。

添(4階から落ちたのか……)

才駆論高校は4階建てである。螺旋階段は上から下まで吹き抜けになっており、最上階から落下すればひとたまりもない。

添(この様子だと即死だな……)

品田「ど、どうしたの~?」

品田がやってきて、おそるおそる尋ねた。

添「品田雅子先生、是津延泰校長を呼んできてください。2年1組の黒田緑青が血を流して死んでいます。警察には俺が連絡します」

品田「ええ?!」

添「早く!」

添は叱るように叫んだ。品田はあわてて校長室へ向かった。

戸井「どうして……黒田くんが……」

動揺する戸井。

戸井「黒田くん! くろだくーーーーーん!!!!!」

友人の死に直面し、泣き叫ぶ戸井。

添は、戸井を気遣いながらも、冷静に110番通報をする。その胸中では、悲劇を止められなかった自分に対し、激しい怒りをぶつけていた。

添(くそっ! 俺がいながら、こんなことに……っ!)


(つづく)



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