労働時間規制緩和は人手不足解消に本当に有効ですか?
高市早苗総理が議長の日本成長戦略会議で日本商工会議所会頭は人手不足業種での労働時間上限規制の緩和を訴えていますが、労働時間規制を緩和すると、人手不足が本当に解消されますか?
労政審分科会・首藤若菜委員発言
昨年(2025年)9月4日に開催された労働政策審議会(厚生労働大臣の諮問機関)労働条件分科会で公益委員の首藤若菜教授は「先ほどから人手不足であるので労働時間を延ばすことで人手不足の解消につなげられればという御発言が複数あったと思っております」「私は自動車運転者を研究していますが、この業界の人手不足は長時間労働に起因している面があると考えています」と述べています。
首藤教授は自動車運転手の人出不足は長時間労働に起因すると言及し、つづけて首藤教授は「短期的には確かに目の前の業務を回すために今いる人たちの労働時間を延ばすことによって解消することが有効に思えるかもしれませんが、中長期的には逆に人手不足を深刻化する可能性があります」と指摘しています。
つまり労働時間規制緩和は短期的には人手不足を解消するかもですが、「中長期的には逆に人手不足を深刻化する可能性」があるということです。
首藤教授は「人手不足業種の多くのところは高齢化が相当に進んでいますが、若年層は労働時間を職選びの一つの基準にしている部分がありますので、若い人が入ってこないことによってさらなる人手不足を招く懸念があります」と述べています。
そして「人手不足の解消のために労働時間を緩和することが本当に有効であるのかどうかは慎重な議論が必要だと思っております」と。
労働基準法改正見送り
朝日新聞は昨年(2025年)12月23日に「『働き方改革』の見直しを含む労働基準法改正法について、厚生労働省は、当初念頭に置いていた来年の通常国会への提出を見送る方針を固めた。年初から改正に向けた議論を進めてきたが、改正案提出には、高市早苗首相が指示を出した『労働時間規制の緩和検討』などの議論を踏まえる必要があると判断した」(朝日新聞『働き方改革の見直し、改正案は提出見送りへ 高市氏の検討指示踏まえ』)と報じています。
そして働き方改革関連法見直しや労働基準法改正を議論してきた厚生労働大臣諮問機関の労働政策審議会(労政審)労働条件分科会が昨年(2025年)12月24日に開催されました。
アドバンスニュース(労基法改正の「通常国会提出見送り」報道を受け、労使苦言 労政審労働条件分科会)は「労働条件分科会(山川隆一分科会長)は24日、『多様な働き方に対応した労働基準法の見直し議論』を続行し、労基法における労働時間法制について公労使が意見を交わした。冒頭、労働者側委員は次期通常国会に労基法改正法案の提出を見送るとする報道に言及し、『労働時間規制緩和の検討を日本成長戦略会議で進めるためとのことだが、労働政策は公労使の三者構成がグローバルスタンダードであり、労政審が官邸の下請け機関になってはならない』と指摘。使用者側委員も『三者構成の重要性に関する指摘があったが、全くその通り』と呼応した」と報じています。
また、後日公開された議事録によると、冨髙委員(冨髙裕子・日本労働組合総連合会<連合>副事務局長)が「昨日(12月23日)より、労基法改正に関する次期通常国会への提出を見送るという報道が複数なされており、その中では、労働時間規制について、来年(2026年)の成長戦略や『骨太の方針』の策定に向けて日本成長戦略会議の中で検討を行うことも報道されております」「まさにこの(労働条件)分科会で今年(2025年)2月から1年近くかけて労使で丁寧な議論を積み重ねてきておりますが、にもかかわらず、こうした動きがあることに対して、労働側として懸念をしているところです」「改めて申し上げれば、この雇用・労働政策につきましては、職場実態を熟知した労使が知恵を出し合って論議・決定していくことが必要不可欠だと思っております」「加えて、労使に政府・公益を加えた三者が政策の決定プロセスに関与する三者構成原則はグローバルスタンダードであり、日本ではこれを具現化している場が労働政策審議会だと考えているところでございます」「報道の真偽というところは別としまして、もし日本成長戦略会議において、労働時間法制について検討されるとしても、本分科会での議論が尊重されることが非常に重要だと思っております」「この労働政策審議会が官邸における新設の会議の下請になるようなことがあってはならないと思いますし、また、この場での議論が骨抜きにされるということもあってはならないというふうに思っておりますので、その点につきましては、ここで意見を申し上げておきたいと思います」と苦言を述べています。
また、使用側の鈴木委員(鈴木重也・日本経済団体連合会<経団連>労働法制本部長)も「冨髙委員から三者構成主義の重要性、御指摘ございました。私も全くそのとおりだと思います。雇用・労働政策というのは、現場を熟知している労使、学術的な知見をお持ちの公益の先生が議論を重ねる中で結論を出す。これはILO条約の考え方にも沿うものだと思っております」と苦言を述べています。
つまり、労働政策審議会(厚生労働大臣諮問機関)労働条件分科会の労働基準法などの見直し議論を無視するかのように労働基準法改正を見送り日本成長戦略会議で検討するという報道を受けて労働条件分科会の労働側の連合委員だけではなく使用側の経団連委員も苦言を述べています。
労働市場改革分科会の新設
高市早苗総理が議長をつとめる日本成長戦略会議(第2回)が昨年(2025年)12月24日に総理官邸で開催され、議案は(1)成長戦略の検討体制、(2)分野横断的課題への対応の方向性。
資料『成長戦略の検討体制』によると、労働市場改革分科会が新設され、分科会会長は厚生労働大臣、分科会会長代理は厚生労働副大臣、政務官、そして分科会メンバー(構成員)は、
・石﨑由希子・横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授・労働基準関係法制研究会メンバー(構成員)
・伊藤 仁・日本商工会議所専務理事
・片岡剛士・PwCコンサルティング上席執行役員・チーフエコノミスト
・近藤絢子・東京大学社会科学研究所教授
・坂本貴志(株)インディードリクルートパートナーズ・リクルートワークス研究所研究員
・神保政史・日本労働組合総連合会(連合)事務局長
・中根弓佳・サイボウズ(株)執行役員・人事本部長
・水島郁子・大阪大学大学院高等司法研究科教授・労働政策審議会(労政審)労働条件分科会会長代理*同日開催された労働条件分科会は欠席
・室賀貴穂・九州大学大学院経済学研究院准教授
・藤原清明・日本経済団体連合会専務理事
・山田 久・法政大学教授
また資料『分野横断的課題への対応の方向性』(最終案)には労働市場改革の重点施策は、
・働き方改革関連法施行後5年の総点検調査の結果を公表(26年1月目途)
・柔軟な労働時間制度を含む現行制度の周知、中小企業の36協定締結及びその活用に向けた支援の検討(~26年夏)
・良好な労働環境の整備、働く者の意欲・能力の発揮の観点から、心身の健康維持と従業者の選択を前提に、労働時間法制に係る政策対応の在り方等について、多角的に検討(26年夏に進捗を整理)
・女性活躍を加速化する企業向けアウトリーチ・伴走型支援の在り方の検討(26年度~)
・女性の健康課題に取り組む企業を評価する仕組み、女性の就業環境の改善に資するハラスメント対策の在り方の検討(~26年夏)
・第3号被保険者の実情に関する調査研究・在り方の検討(継続)
・70歳までの就業確保や処遇改善に向けた『65歳超雇用推進助成金』の拡充(26年度~)
・年齢にかかわらず健康状態に合わせ活躍できる機会を創出するシルバー人材センター等の取組の推進(継続)
と書かれれています。
日本成長戦略会議メンバー意見
日本商工会議所会頭の小林健メンバー(構成員)提出資料には「時間外労働の上限規制については、運輸、宿泊・飲食、建設等の特定業種で、特に人手 不足を理由に対応困難な状況。業種毎の実情を踏まえ、実態にそぐわない上限規制の見直し、労働者の健康管理を前提としたより柔軟な働き方を可能とする法制度が必要」と記載されています。
また経団連会長の筒井義信メンバー(構成員)は提出資料に「柔軟で自律的に働ける環境を整備し、働き甲斐を高めるため、労働時間ではなく成果で処遇される制度を広げること= 裁量労働制の拡充が必要」と前回(第1回)と同様に裁量労働制の拡大を求めています。
そして連合会長の芳野友子メンバー(構成員)の意見書には「『分野横断的課題』には、『労働市場改革』を中心に雇用・労働に関する検討項目が含まれているが、雇用・労働に関する政策は職場実態を熟知した労使が知恵を出し合い、議論・決定することが不可欠である。また、労使に政府または公益を加えた三者が政策の決定プロセスに関与する『三者構成原則』はグローバルスタ ンダードであり、日本において『三者構成原則』を具現化している場が労働政策審議会であることを踏まえれば、その議論が尊重されるべきである」「とりわけ『労働市場改革』で言及されている『働き方改革関連法施行後5年の総点検』や『労働時間法制に係る政策対応の在り方』などは、すでに労働政策審議会において2025年初よりおよそ1年をかけて慎重かつ丁寧に議論が積み重ねら れている。成長戦略の検討においても、労働政策審議会における議論を尊重した対応がはかられるべきである」と書かれています。
そして高市早苗総理の「とりまとめ発言」では芳野メンバーの意見は前回と同様に特にふれず、「労働市場改革については、心身の健康維持と従業者の選択を前提として、柔軟で多様な働き方を実現することが重要です。必要に応じ追加調査を実施するなど、現場のニーズを更にきめ細かく把握しながら、規制改革会議などの関係機関とも連携して、労働時間規制の運用・制度の両面から、検討を加速してください」と担当大臣への支持のみが記載されています。
厚生労働大臣記者会見
厚生労働省ホームページによると、上野賢一郎・厚生労働大臣は昨年(2025年)12月26日の記者会見において「先日24日に開催された第2回日本成長戦略会議において、今後、私を分科会長とする労働市場改革分科会が設けられました。ここにおいては、生産性の高い分野への円滑な労働移動や働き方改革を含めた労働市場改革について、議論を行うこととされています。今後行われるこの分科会での議論の状況も踏まえて、また、労働政策審議会において、公労使の委員の皆様にも具体的に議論いただきたいと考えています。令和8年(2026年)通常国会での法案提出は、現在のところ考えていませんが、今後、必要な中身について具体的に検討を進めていきたいと考えています」と発言しています。
また、日本経済新聞は「経団連の筒井義信会長と上野賢一郎厚生労働相は(2026年1月)19日、都内で会談した。経団連の呼びかけで実現したもので、会談は約19年ぶり。高市早苗政権が検討する労働時間規制の緩和などを巡って意見を交わした。筒井氏は『裁量労働制の拡充が欠かせない』として対象業務の拡大を求めた」(『経団連会長、厚労相と19年ぶり会談』2026年1月20日配信)と報じています。
今年(2026年)1月23日に行われた上野厚生労働大臣の会見で、記者が「先日の経団連との懇談会について伺います。懇談会において要望のあった裁量労働制の拡充については、どのような対応が必要とお考えでしょうか。また、懇談会の受け止めもお願いします」と質問しています。
この記者質問に対して上野大臣は「先般の経団連との懇談会においても、裁量労働制について、先方から、適用拡大についての企業側のニーズといったものについてのお話がありました」「また、その中で、やはり労働者の健康確保ということを大前提に考えているといったコメントもあったと承知しています」「やはり裁量労働制については、一方で審議会等においても長時間労働を助長しかねないといった声もあるので、今後検討するに当たっては、濫用防止措置や代替措置も含めて議論していく必要があるのではないかと考えています」と答えています。
そして上野大臣は「いずれにしても、労働時間規制については、日本成長戦略会議の下に設けられた労働市場改革分科会で議論を進めることになるので、そうした状況も踏まえて、労働政策審議会においても、具体的な議論をしていきたいと思います」と述べています。
これは、日本成長戦略会議(議長は高市総理)労働市場改革分科会(分科会長は上野厚生労働大臣)で議論した結果を「公労使同数」の労働政策審議会(厚生労働大臣諮問機関)労働条件分科会が配慮しながら議論しなければならないということでしょうか、よく理解できません。
毎日新聞社説「人手不足と働き方」
毎日新聞(2026年2月3日)社説『衆院選2026 人手不足と働き方 規制緩和では解決しない』には、「日本の労働市場は、正社員が長時間働き、短時間勤務の非正規従業員は低賃金で雇用の調整弁にされるという構造的な問題を抱える。人手不足の解消には二極化の是正が欠かせず、外国人労働者の受け入れ、デジタル技術の活用など多角的な対応も必要だ」と記載されています。
また、社説には「長時間労働で補うという安易な発想では、生産性の向上など望むべくもない。少子化傾向に歯止めもかからない。働く人をどう守り、社会経済に活力を生み出すか。知恵を出し合わねばならない」と書かれています。
社説『衆院選2026 人手不足と働き方 規制緩和では解決しない』全文
働き方改革は、人口減少社会における成長戦略を考える上でも重要な論点だ。にもかかわらず、衆院選での論戦は深まっていない。
昨年末、14日以上の連続勤務を禁じる労働基準法改正案の通常国会への提出見送りが決まった。高市早苗首相が労働時間の規制緩和を検討するよう、新たに厚生労働省に指示したためだ。働き方改革の議論は仕切り直しを余儀なくされた。
背景には、人手不足に悩む経済界の要望がある。高齢者や子育て中の女性の就労が進んでも、運輸、建設、介護などの現場は担い手を確保できていない。罰則付きで残業時間の上限を設けた法律の足かせを外したいとの思惑がにじむ。
自民党は衆院選の公約に「経済成長にも資する柔軟で多様な働き方」の実現に向けた労働時間規制の見直しを盛り込んだ。昨年の参院選で掲げた「働きたい改革」の延長線上にある。
だが、現行法でも、月100時間とされる「過労死ライン」ぎりぎりまでの残業が認められている。上限の緩和はあり得ない。
そもそも働き方改革には、後を絶たない過労死をなくすと同時に、業務の効率化によって企業の生産性と競争力を高める狙いがある。若い世代が働きながら、安心して結婚や出産ができるような環境整備を目指す。
10年前に第2次安倍晋三政権が「1億総活躍」の目玉として打ち出し、法整備が進められてきた。高市首相の指示は、この流れに逆行しているかのようだ。
野党側も踏み込み不足だ。中道改革連合は「生活者ファースト」を旗印としつつも、労働政策の公約は週休3日制の推進などにとどまり、全体像が見えない。
日本の労働市場は、正社員が長時間働き、短時間勤務の非正規従業員は低賃金で雇用の調整弁にされるという構造的な問題を抱える。人手不足の解消には二極化の是正が欠かせず、外国人労働者の受け入れ、デジタル技術の活用など多角的な対応も必要だ。
長時間労働で補うという安易な発想では、生産性の向上など望むべくもない。少子化傾向に歯止めもかからない。働く人をどう守り、社会経済に活力を生み出すか。知恵を出し合わねばならない。
高市政権は労働時間規制緩和議論を慎重に
労働政策審議会(労政審)労働条件分科会委員の首藤若菜教授は「人手不足の解消のために労働時間を緩和することが本当に有効であるのかどうかは慎重な議論が必要だ」と意見を述べています。
また毎日新聞は社説で「長時間労働で補うという安易な発想では、生産性の向上など望むべくもない」「少子化傾向に歯止めもかからない」「働く人をどう守り、社会経済に活力を生み出すか」「知恵を出し合わねばならない」と訴えています。
高市早苗総理、また日本成長戦略会議(議長は高市総理)労働市場改革分科会(会長は厚生労働大臣)メンバーは首藤若菜教授の意見や毎日新聞社説の記載をよく考慮していただき、労働時間規制緩和(労働基準法などの見直し)は慎重に検討していただきたいと願います。
<関連記事>
*スキ(♡)ボタンをクリックしてくださると励みになりますので、よろしくお願いします!
