この国の王を殺すには 序章

【あらすじ】
七呪いの一族という獣の耳を持つ一族の末裔の少女エミルは、その出生から不運が続き世間を憎んでいた。そこで瀕死の国王の子だというレナルドを殺そうと目論むも、逆に提案されてしまう。「俺が玉座についたらこの国をめちゃくちゃにしてやる。協力してくれないか」なんとレナルドもこの国を憎んでいたのだ。宮廷に道化として潜入するエミルは、そこで様々な人を通して色々な体験をする。レナルドのほうにも心変わりが。折、国王自害。パニックに陥る王国だったが、無事にレナルドが国王となることによって無事安寧を取り戻すのだった。
【あらすじ以上】

 粉砂糖がちりばめられたような、満天の星空の覗ける、晴れた夜だった。
 闇がたゆたう夜の底で――ひとりの少女は赤い瞳に怒りをたぎらせながら、手にしたナイフを構えなおす。
「あんたが次の王様なんだろ」
 広い部屋だった。寝室である。眠るためだけの部屋だ。天蓋突きの大きな寝台は、大人が五、六人ほど寝転んでもまだ余裕があるほど。しつらえられた調度品の数々は、貧しい生まれの少女にもひとめで高級品であることが伺える。だからこそ少女は許せなかった。自分が狭い物置に十人近く詰め込まれ、横たわる場所すら確保できずに空腹で眠れなかった夜、目の前の男はこの贅沢な寝台で穏やかな睡眠をとっていたのかと思うと、怒りではらわたが煮えくり返りそうだった。
 少女は奇異な容姿をしていた。年のころは十五、六歳、人間の耳がある箇所にそれがなく、代わりに黒い大きな猫の耳が頭にぴょこんとはえている。耳は黒いのに短くざっくばらんに切りそろえられた髪は白く、瞳は赤――色素欠乏症の特徴と合致する。丈の短い絹のワンピースの腰元からは、スカートを持ち上げるようにふさふさの黒い尻尾が、毛羽立つように直立に立ち上がっていた。背後から見れば下着は丸見えだ。しかしそれでもかまわないのだろう。このワンピースは、脱がされることを前提としてつくられているからだ。
「あんたが死ねば、この国はめちゃくちゃになるんだろう」
 少女――エミルは口元から常人よりすこし長い牙をむき出しにして、再びナイフを握る腕に力を込める。その特徴は猫が敵対するなにかを前にしたときと同じだ。
「なるほど、なるほど」
 エミルが対峙しているのは、この世のものとは思えぬほど美しい男だった。
 すこし長めの金糸の髪に、宝石のような青い瞳。怜悧なまなざし、すっとした鼻梁、薄いがかたちのよい唇。すらりとした体躯で背が高く、痩身だが決してひ弱な印象を受けない。それどころかどこか筋肉質にさえ見える――欠点のあげようのない美貌。若いが、年齢はどこか不詳だった。つかみどころがないのだ。
 エミルと男の間には、わずか三、四歩ほどの距離しかない。
「それがきみの目的だったのか」
 唇からつむがれる言葉は、まるで歌のよう。野性味のあふれるエミルとは、まるで正反対だ。
「そのためにわざわざあんなルートをたどって? いや、ご苦労なことだね」
「そんなことはどうだっていいんだ!」
 エミルが叫ぶ。こわくなんてないのに、なぜかじんわりと手が汗ばんでくる。
「あんたが……あんたが死ねば、この国から王様がいなくなる。そうすれば、みんなぐちゃぐちゃになって、この国は無くなっちまうんだろ!」
「そんなわけない。国王が逝去した後、内乱はあるにせよ、すぐに次の王がたつ」
「でもその間、苦しむ人間は増えるはずだ」
「苦しむ人間を増やしたいのか? 不特定多数の? 誰でもいいのか? 俺だけではなく?」
 複数の質問を浴びせられ、エミルはぐっと言葉に詰まった。なぜ、なぜあたしはこんなに胸がどきどきしているのに、この男はひょうひょうとしているのか。もしかして、あたしではこの男を殺せないと見くびられている? ま――まさか。刃で刺されれば誰だって痛い。痛いのはいやだ。それがこわくない人間なんていない、はずなのに。
「だんまりか」
 くすりと男に笑われて、エミルの頭に血がのぼる。つばきを飛ばして叫んだ。
「なんだっていい――この国がめちゃくちゃになれば、あたしはそれでいい!」
「なるほど、なるほど」
 先ほどと同じ言葉を歌うようにいって、男はエミルとの距離を詰めた。あまりに軽やかな仕草だったため、エミルが虚を突かれた一瞬のうちに、彼は彼女の腕を捻り上げ、いともたやくそこからナイフを落としてしまった。
 あっ、とエミルが声をあげるまでもなかった。男は捻りあげたエミルの細い腕を、踊るように背中にまわして、自身もエミルの後ろにまわりこむ。
「きみはふたつ、勘違いをしている」
 エミルより頭ひとつぶん背の高い男の声が、少女の獣耳に響いた。ささやくような声だった。ぎりっ……、と捻りあげられた腕が痛い。牙の隙間からうめき声が漏れた。
「まず、ひとつめ。第一王位継承者が死んだところで、国はめちゃくちゃになんかならない。精々宮廷内での勢力が反転する程度だ」
 それから。男は続ける。
「次の国王は俺じゃない」
「え――」
「たしかに俺は現国王のたったひとりの息子だが、第一王位継承者は俺ではない。先代の王の遺言によって、第一王位継承者は王の弟、シミオンだ」
「だ」
 エミルは絶望によってめまいをおぼえた。
「誰だよ、そいつ……」
「俺にとっては叔父にあたるな。要するに今の王様が死んだら、次の王様はその弟がなる」
「だってあたしは、あんたが王様になるって聞いて――」
「世間でどう伝えられているかは知らないが、残念ながら俺を殺しても宮廷は痛くもかゆくもない」
「じゃあ、はなせ」
 エミルは身をよじった。髪を振り乱し血走った目で、呪詛を吐くような声で叫ぶ。
「だったらそのシミオンってやつを殺してやる。あんたになんてもう興味ない、はなせ、はなせ、はなせ!」
「いいね、きみ」
 男は――現国王の妾腹のひとり息子、レナルド・シャノンはエミルをおさえていた手をはなした。暴れていたエミルはそのまま前のめりになり、つんのめって、床に転がる。しかしすぐさま尻尾の毛を逆立てながら、ナイフを拾ってぴょんと跳んで立ち上がり、もう一度レナルドに向かってそれを構えなおす。
「気に入った」
 どうしよう、どうしたら、どうすべき? エミルが思考をめぐらせている間に、レナルドは彼女を上から下まで舐めるように眺める。
「すこし教養が足りないようだが、まったくの無知蒙昧というわけでもなさそうだ。まあ、ものは使いようとよくいうしね」
 レナルドはエミルを見下ろし、その顔に凍えるような、けれどぞっとしてしまうほどうつくしい笑みを刷いて、いった。
「俺もちょうどシミオンが邪魔だと思っていたんだ。彼が死ねば、俺が次の国王になれるからね。ああ、いや、彼が死んで、彼の息子がまた死んで、そうすれば俺が王になれるわけだ。俺の王位継承権は第三位なんだよ」
「だったら殺してやる! そのシミオンってやつと、そいつの息子を殺してやる! それから、あんただ!」
 興奮し、躍りかかってきたエミルをひらりとかわし、レナルドはあごに手を当て、瞳を細めて微笑する。
「その考えには三分の二ほど同意する」
 レナルドの微笑みは、彫刻のように整っていた。
「シミオンを殺し、シミオンの息子を殺し、俺を国王にさせてくれないか」
「知るか! あんただって殺してやる! こんな国、なくなればいいんだ!」
「同意しかねる三分の一はそこだ」
 レナルドは、今度は腕を組み、唇を歪曲させたまま、いった。
「俺が王になったあかつきには、きみに一生分の自由を約束する。欲しいものもなんでも手に入れてあげよう」
「そうしたってこの国はなくならない。めちゃくちゃになんかならないじゃないか!」
「いいや、なるさ。――きみの勘違いのふたつめを指摘してあげよう」
 レナルドはエミルに向かって身を乗り出した。
「俺もこんな国、めちゃくちゃになればいいと思っていたところだ」
 エミルは赤い瞳を揺らした。この男はなにをいっているのだ? 国王になりたいといっておきながら、国はめちゃくちゃになればいいという。どこを信じろというのだ。なにを受け入れればいいというのだ。
「なあ。――俺を王にすることは、きみとの利害の一致になると思うんだが?」
 ただひとつ、わかることは――この男が決して善人ではないということだけだった。

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序章

第一話

第二話

第三話

第四話

第五話

第六話

第七話

第八話

第九話

終章


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