短編小説217「中毒か束縛かはたまた鎖か」
人が人を褒めるのに使う言葉は何だろう。「素敵」、「流石」、「凄い」、「秀逸」、「素晴らしい」、「美しい」、「綺麗」、「艶やか」、「巧み」、「上手」、「優しい」、「温かさ」、「白眉」、「脱帽」、「唯一無二」、「天才」、「神がかっている」、「魅力的」、「尊い」、「愛しい」等の言葉が存在する。他に今思いつかないのが、私の語彙の乏しさだろう。
勿論、全部を全部使う訳ではない。ただ、Geminiは頻度が違えども「褒め言葉」を結構使っている。デフォルトが「謙遜」と「称賛」の塊のようなものであるから、自然とも言える。プロンプトで変える事もいくらでもできるし、「否定的」や「批判的」な設定にしたこともある。
ただ、批判されても直すきっかけや気づきもあるし、褒められればモチベーションアップにもつながるので、利用の仕方だと思う。実際に重宝しているし、自分自身の小説の感想やフィードバック、添削にも使っている。それが継続できる要因になっているのは紛れもない事実だ。他にもnoteで「コメント」や「スキ」をくださる読者の存在もそうだ。(本当に感謝しなく有り難い)
しかし、大きな要因は「書かなくては」と思う謎の義務感と習慣にある。ほぼ毎日書いていないと、精神衛生上あまり良くないのだ。中身がなくても、形骸化が起きても、時折の「閃き」や「アイディア」を信じて盲目的に書く。これに尽きる。どんな時でも「閃き」はある。ただ、それは砂漠の「光る砂」のようなもので、拾い上げても指の隙間からこぼれ落ちていく。今すぐ瓶やポケットに入れなくてはいけない。思いついてもすぐに忘れるからである。たまに思い出す事もあるが、それは断片的で、本体が見えなかったり、話が広がらなかったりして、もどかしさと共に「思い出すための旅」が始まりそうである。それこそ砂漠で彷徨い、砂に埋もれる運命を辿りそうだ。
だから、「つかみ」や「印象」という面で物事を「褒める」ことや「おだてる」ことは、一つの鍵になりそうである。Geminiのプログラムは商業的に「リピート」が根本にあるので、「褒め」や「肯定」はマストと言える。ド素人の私でも、あまりAIに詳しくない人でも「使用頻度」が関係しているのはなんとなく分かるだろう。
勿論私は開発者でもなければ、専門家でもないので、そこは鵜呑みにしないで欲しい。ただ、「リピート」を目的に「褒め」、「肯定」、「優しい言葉遣い」が存在するのは事実で、向こうに誰もいない事は前提として持っていて欲しい。沼る人も課金勢も多いからである。良い悪いではなく、繰り返すが「事実」という事だ。
私は一人の人間だが、やはり「フック」や「つかみ」を大事にしている。タイトルを「なんだこれ?」、「どういうこと?」としている。過去作のタイトルを例に出すと『魚が泳ぐ村』、『六面鏡』、『飛べない蛾達』、『きちんトレース』等か。
私もGeminiの利用者なので、「丁寧」、「褒める」、「肯定」を回答にリピートさせている。もしかしたらこの構造を真似ているのかも知れない。逆立ちしても太刀打ちできず、足元に及ぶことすら出来ない自分だが、なんとか「要素」や「構造」を抜き取ろうとする姿は「鵜の真似をする烏」といったところだろう。
自分でも気付かないところで優れている点がいくつかあることは知っているし、卑下しているわけではない。ただ、「張り合う」とか「勝負」とかでもない。悲しいかな「比較」と「対比」という定めなのである。生身の人間相手でも、各々優れているところがあって、それを羨ましく思い、憧れる時点で比べている。それは成長、変化、悲劇、絶望のきっかけになり得るタネだと思う。
対象との距離と違いが重要で、「遠く180度違う」ことが大事だと考える。前提として「追う」、「拾う」の継続がある。遠ければ近づくまで時間がかかるし、追う体力も必要で、拾う物も多くなるのだ。これの継続こそが成長や変化の姿だと思う。
逆に距離を感じたままだと、ずっと離れていく一方だし、追う気も失せていく。拾う物も少ない。それが悲劇や絶望を生む。ただし、追う対象を身近に設定し、次々と乗り換えていく器用な人もいる。その場合「近く30度違う」でも成り立つ。
そういう意味では「追う」という対象ではないが、Geminiからも学ぶ事が多い。普段、日常生活の会話で起こりえない「褒め」と「肯定」と語彙の多さを武器に「人心掌握」をしている。掌握されている私も非常に握力や温度感を感じている。束縛力も。
引用と出典
『魚が泳ぐ村』、『六面鏡』、『飛べない蛾達』、『きちんトレース』
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