【NHKのど自慢】夢の跡。出場して変わった私の人生(体験記⑧)
これまでの話
帰宅後
帰宅後は、久しぶりに家族4人揃っての夕食でした。
妻からは、無事終わって良かったねぇなどと労われ、娘たちと、番組放送の前、中、後について、いろいろ話しました。
私が、娘たちの受け付け手続きについて勘違いしてて、間違った指示をしていました。勝手に、出演者関係者は特別に良い場所がキープしてあるのかと思っていたのですが、そうではなくて、一般観覧者と同じで席は早く受け付けした人から決まったのだそうです。
ゆっくり受け付けすれば良いと私が言っていたので、観覧者(母、妹、娘2)が受け付けをしたときには、1階席は空いてなくて、2階席の一番前の席になりました。結果として、私からは分かりやすい場所だったので良かったですが。
娘たちは、おばあちゃん(母)が興奮して身を乗り出すものだから落ちないか心配だったと笑っていました。
みんなで録画しておいた番組を鑑賞し、まあ、たくさん笑ってもらえました。こんなに4人で一緒に笑ったのは初めてじゃないかと言うくらい笑いました。
登場と同時に必死に手を振る姿で、まず笑い。
奇跡のゲストとのスリーショットで、大爆笑。

他の人が歌っている間、ずっと「土岐市」の文字が私の顔の前に出続けていることにも笑ってもらえました。
そして、私の番になってからは、テッカテカのおでこに笑い、変な動きに笑い、変な手の位置に大爆笑してもらえました。
家族みんなで、一緒になってこんなに笑える機会を得られて、本当に嬉しかったです。
ひとしきり、笑った後に、ゲストの歌に感動したことや、みんなで集合写真を撮ったこと、LINEグループができたことなど、いろいろ話しました。
前日、あまり眠れなかったのと、極度な緊張状態が続いたあとでもあって、当日の夜は、よく眠れました。
翌日以降
翌朝は、いつも通り4時に起き、いつも通り近所を走っていると、いつもすれ違う隣の町内の人に「昨日見ましたよ!」と声をかけられました。
スマホには、当日も、翌日も、多くの方からメッセージをいただきました。
地元開催なので、ある程度地元の人は観るかもしれないと思っていましたが、のど自慢の人気は予想以上でした。
特に、母の友達や、親戚関係の人たちの視聴率が高く、母宛にも多くの電話もあったようです。
翌日は振替休日だったので、仕事は翌々日からでしたが、仕事関係の方々からも「のど自慢に出られてましたよね」と多くの人に言われました。
相手との関係性によって話す内容は多少変わりますが、全員に「とにかく楽しかった」ことはお話ししました。
体験型アトラクションでチームビルディング研修
母に頼まれて応募してから約2ヶ月間、のど自慢に出場したことにどんな意味があったのか、のど自慢とは何だったのかを、改めて考えてみました。
予選会が終わってから、何度となくディレクターさんや他のスタッフさんから言われた言葉が
「のど自慢は、歌のコンテスト番組ではない」
「地元の歌好きな人たちが、歌を楽しんでいるところを見せる番組」
人を楽しませるプロではなく素人の集まりなので、考えたり演じたりしてできるわけありません。だから、スタッフの皆さんが、20組の出演者が本当に楽しめるように、いろいろサポートし仕向けてくれて、本当に楽しい時間が過ごせました。
褒めたり、おだてたり、笑わせたり、緊張をほぐしたりしてくれながら、自分たちが頑張って番組を作り上げた気にさせてもらえました。
その場で集められた人たちと、普段は体験できない番組作りを体験できる大アトラクションで、チームビルディング研修だったように思います。
戦友
スタッフの誘導もあって、出場20組24名の仲間意識が強く芽生え、一緒に頑張り、一緒に楽しみ、一緒に喜べたのも貴重な経験となりました。
普段は全く接点のない、年齢も職業も違う人たちと出会え、番組終了後も連絡を取り合って、同窓会的なことをしようと話しています。
出場が決まってから番組終了までは、大忙しだし緊張しすぎて余裕も無くてあまり話はできませんでしたが、終了後にSNSなどで、改めて自己紹介などをすると、さすが地元開催だけあって、知り合いの友達だったり、仕事上で緩く関係があったりして驚きました。

のど自慢に出られたおかげでできたこと
ひとつめは親孝行。
何十年も前から、いつかのど自慢に出てくれと母に頼まれていたことが実現でき、喜びはしゃぐ母の姿をテレビ画面で見えたし、娘たちからも話を聞かされ、良かったです。
今回は母も応募し、一緒に予選会にも出られました。予選会出場が決まってから、母と一緒にカラオケボックスに行ったり、予選会に向けての話をしている時間も、良い時間でした。
多少は親孝行できたかなと思います。
次に、娘たちとの新しい関係性を改めて認識できたこと。
二人とも現在は家を出て、社会人、大学生として、一人で生活しています。ちょっと前までは、父親と関わるのが嫌な年頃だったので、今回も父を見に行くなんて嫌だと言われるのではないかと多少心配していましたが、二人とも会場で応援してくれて、私のインタビューの中で手を振って、応援席にカメラが向いたときも、笑顔で手を振ってくれていました。
帰宅後も、まあ楽しそうに父の醜態を笑ってくれていました。ずっと仲良しの長女はともかく、なかなかの反抗期を過ごした次女が、父のイベントを見に来て、それを家族に話しながら笑う姿が見られたことが、もしかしたら、今回一番嬉しかったことかも知れません。大学に進学して、一人暮らしを始めて、大きく成長をしたようです。
誰も傷つけず、笑ってもらえる
家族、身内、近所の人、社員、友達、知り合い、取引先の方などなど、多くの方に笑ってもらえました。
経緯や感想を聞かれて、嬉しそうに私が話す様子もまた家族たちには笑いのネタになります。
人にとって、笑うというのは、その行為によって幸福感が増すとも言われています。私がのど自慢に出たことで、私の周りの人に少しでも笑いが増えたとしたら本望です。
また、番組出場は、私としては、嬉しくて楽しくて、この上ない自慢話として話していますが、ほとんどの人にとっては、そこまでうらやましい話ではないし、妬むような話でもありません。
だから、安心して自慢できます。これが、宝くじが当たったとか、何かの抽選で海外旅行が当たったと言うような話だと、妬まれそうであまり話せません。
のど自慢が生む笑いは、誰かを貶めたりするわけでもなく、傷つける訳でもなく、出演者のハシャギぶりを、家族や友達が笑顔で見てくれるもので、最高に質の高い笑いだと思います。
私以外の19組の周りでも、そんな笑顔が広がっているのだと思います。
地元の歌好きの人たちが、歌って、はしゃいで楽しんでいる様子を見せて、観ている人も笑って楽しむ、のど自慢という番組が、長年愛されて続いている理由は、それなのかと思います。
予選会出場決定から母とはしゃいだ2週間も、
予選会の最後に本選出場が発表された瞬間にじぇっとっこースターに乗せられた感じで一気に駆け抜けた怒濤の2日間も、
その日の夜の家族の団らんの時間も、
2週間経っても未だに余韻に浸りながら、こんな文章を書いている今日までの時間も、
全てが一生の思い出となる楽しい時間でした。
ありがとう
ありがとう、制作に関わった人たち
ありがとう、一緒にのど自慢に出たひとたち
ありがとう、応援してくれた家族
ありがとう、笑ってくれた人たち
ありがとう、のど自慢
(おわり)
