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「Solaria 第四話|届かない声」

朝の光が、ダンス練習室の床に淡く広がっていた。

鏡の中に、5人。

並んでいる。

でも

昨日と同じように、どこかぎこちない。

「……いくよ」

あかりの声。

短く、必要最低限。

「5、6、7、8」

タッ

タッ、タッ……

足音が響く。

揃っているようで、揃っていない。

そして

「……止めて」

また、止まる。

沈黙。

「さくら」

あかりが、まっすぐ見る。

「聞こえない」

一言。

逃げ場のない言葉。

「それじゃ、意味ない」

さくらの指先が、わずかに震えた。

「……っ」

声が、出ない。

出そうとするほど、喉が閉じる。

視線が落ちる。

鏡の中の自分が、遠く感じる。

  

「……ごめん」

やっと出た声は、とても小さかった。

「謝る必要ない」

あかりは、淡々と言う。

「出すしかないだけ」

その言葉は、正しい。

でも

痛い。

練習は続く。

でも、さくらの声は戻らなかった。

何度やっても。

同じ場所で、止まる。

「……ごめん、ちょっと外、出てくる」

誰にも目を合わせずに、そう言った。

ドアが閉まる音。

残された空気が、重く沈む。

「……追いかける」

ひなたが、すぐに動いた。

屋上。

風が、強く吹いている。

フェンスの向こうに広がる街。

その前に、小さな背中。

「さくら」

ひなたの声。

少しだけ、間があって

「……出ないの」

ぽつりと、こぼれる。

「わかってるのに」

言葉が、ゆっくりと溢れていく。

「歌いたいって思ってるのに」

喉に手を当てる。

「出そうとすると……怖くて」

ひなたは、何も言わない。

ただ、隣に立つ。

「小学校のときね」

さくらが、静かに話し始める。

「3年生で……レクリェーション係やってて」

遠くを見るような目。

「そのとき、クラスのみんなの前で歌うことになったの」

風が、髪を揺らす。

「好きなアイドルの曲で」

ほんの少し、笑う。

「すごく嬉しくて」

「いっぱい練習して……」

「ちゃんと歌えたって、思った」

そこで、言葉が止まる。

空気が、少し冷える。

「でも……」

指先が、ぎゅっと握られる。

「歌い終わったあと」

「男子が、何人かいて」

声が、少しだけ震える。

「“似てないよ”って」

間……

「“なんか違うんだよな”って」

その言葉が、風に乗る。

「……言われて」

静寂。

大きな否定じゃない。

でも

逃げ場のない違和感。

「ちゃんと歌ったはずなのに」

「いっぱい練習したのに」

目が揺れる。

「何が違うのか、わかんなくて」

胸を押さえる。

「それから……」

息を吸う。

「人の前で歌おうとすると」

「その言葉、思い出して」

喉が、締まる。

「怖くなって」

「出なくなったの」

沈黙…

ひなたの胸が、ぎゅっと締めつけられる。

笑われたわけじゃない。

でも

もっと曖昧で。

もっと消えない言葉。

「でも……」

さくらが、顔を上げる。

涙で滲んだ目。

「それでも、好きなの」

その一言。

「歌うの」

風が吹く。

そのとき

「それでもやるの?」

後ろから、声。

あかりが立っている。

いつからいたのか、わからない。

ただ、静かに見ている。

 

「ステージは優しくないよ」

淡々とした声。

「声が出なかったら、終わり」

残酷なほど、まっすぐな言葉。

さくらの目が揺れる。

「それでも、立つの?」

沈黙。

答えられない。

怖い。

また、同じことが起きるかもしれない。

それでも

「……歌いたいんだよ」

ひなたが、言った。

まっすぐに。

「さくらが歌うの、好きだから」

「聞きたい」

その言葉が、風に乗る。

さくらの目が、揺れる。

「……じゃあ」

あかりが、一歩近づく。

「今、やってみて」

逃げ道のない言葉。

「ここで」

静寂。

風の音だけが響く。

さくらの喉が、動く。

出そうとする。

でも

出ない。

息だけが漏れる。

「……っ」

足が震える。

逃げたい。

怖い。

でも

(逃げたくない)

第3話で、言った言葉。

ゆっくりと、息を吸う。

そして

「……あ……」

 

ほんの一音。

かすれる。

弱い。

でも。

確かに。

“出た”。

さくらの目が、大きく開く。

「……出た……」

信じられない、というように。

涙が、こぼれる。

あかりは、何も言わない。

ただ、ほんのわずかに頷く。

ひなたは、笑っていた。

「ほら」

優しく。

ダンス練習室。

戻ってきた3人。

しおりとゆいが、顔を上げる。

何も聞かない。

ただ、見る。

「……いくよ」

あかりが言う。

再び、並ぶ。

「5、6、7、8」

踊る。

まだ、揃わない。

でも

「……あ……」

小さな声。

さくらの声。

かすかに。

でも、確かに響いた。

誰も、止めない。

誰も、何も言わない。

ゆいが、そっと微笑む。

しおりは、静かに目を細める。

ひなたは、嬉しそうに笑う。

あかりは、前を見たまま。

夕日が、5人を照らしていた。

まだ小さな声。

届かないかもしれない。

それでも

その声は、確かにここにあった。


第四話 届かない声 (終)

▶ Solaria 第五話|
― ひとつのステップ ― へ続く

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