347.音楽エッセイ✴︎∶The Worst──僕を愛してくれた人へ
夜が静かすぎるとき、ふいに音楽をかけたくなる。
何かを聴きたいというより、「誰かに会いたい」に近い衝動。
そんな夜に、たまたま手が伸びたのが、ローリング・ストーンズの《The Worst》だった。
ギターの音が転がる。カントリーのようで、どこかフォークにも似ている。
派手さも力強さもない。ただ、静かに、滲むように響く。
歌っているのはミック・ジャガーではなく、キース・リチャーズ。
彼のかすれた声が、「I'm the worst kind of guy」と呟いた瞬間、
僕の中に、ひとりの女性の顔が浮かんだ。
もう随分と昔の話だ。
あの頃、僕はアメリカにいた。
場所はカリフォルニア、サンフランシスコ。
実際に彼女と出会ったのは、もう少し内陸の街だったけれど、
僕の記憶のなかで彼女と並ぶ風景には、いつも海がある。
坂道と、あの港の街の匂いがある。
だから僕の中では、彼女は“サンフランシスコのひと”として残っている。
彼女とは同い年だった。
留学先で出会い、話すようになった。
留学間もない、僕の拙い英語にも耳を傾けてくれて、時々、笑ってくれた。
どこか落ち着いていて、静かに自分の考えを持っている人だった。
僕は彼女に惹かれていた。
言葉よりも、雰囲気に。
季節が変わる頃、彼女は日本へ戻った。
僕たちは、離れた場所で、遠距離という形を受け入れることになった。
当時はまだ、今のような通信環境はなかった。
だから僕たちは、手紙を書いた。
毎週、欠かさずに。
それは、互いの時間をつなぎとめるための、小さな灯だった。
彼女は先に社会へ出て、働き始めた。
僕はもう少しアメリカに残り、学業を続けた。
“彼女にふさわしい男になりたい”──それが、当時の自分の全てだった。
将来の保証なんてなかったけれど、彼女の笑顔が僕の原動力だった。
帰国してからは、僕も懸命に働いた。
ただの学生から、やがて会社員になり、結果を出し、とにかく上を目指した。
気づけば毎日は、目標と数字と、競争で埋まっていった。
けれど──
その「努力」は、いつしか彼女に向けられたものではなくなっていた。
彼女を手に入れるために走っていたはずが、その走る速度こそが、彼女との距離を広げてしまった。
それでも彼女は、変わらずにいてくれた。
声は優しく、手紙も続き、僕を信じてくれていた。
けれど、僕の心のどこかには、ずっとひとつの感情があった。
──“僕は、本当に彼女を幸せにできるのか?”
それはかつて、キース・リチャーズが歌ったあの言葉と同じだった。
"I'm the worst kind of guy"
その一節が、胸に刺さるように響いた。
どこかで、自分の中の“弱さ”や“不確かさ”が、彼女の“誠実さ”にふさわしくないと感じていた。
その感情が、距離となり、やがて、別れになった。
別れに劇的な場面はなかった。
誰かが泣いたわけでも、言葉で責め合ったわけでもない。
ただ、連絡の間隔が少しずつ空き、会う頻度が減り、いつの間にか“未来”という言葉を口にしなくなった。
そして、気づけば、終わっていた。
彼女は最後まで、僕を責めなかった。
そのことが、今でも時々、胸に刺さる。僕は、彼女に“ありがとう”を伝えきれなかった気がしている。
あの頃の自分に戻れるなら、何か変えられるだろうか。
いや──きっと変えられない。
あれが、あの時の僕の限界だった。
だからこそ、“The Worst”は今も僕の胸に残っている。
キース・リチャーズのかすれた声は、若い頃の僕に語りかける。
「それでも、お前は愛されたじゃないか」と。
「そのことだけは、忘れるな」と。
彼女と過ごした日々が、今の僕をつくっている。
あの時、彼女が僕を信じてくれたこと。何者でもなかった僕に、手を伸ばしてくれたこと。
それは、“愛される”という感覚を、初めて教えてくれた記憶だ。
“The Worst”。
それは、あの頃の僕のことだったのかもしれない。
でも彼女は、それでも僕を愛してくれていた。
今はもう、会うことも連絡を取ることもない。
それでも──ギターの音が夜に響くたび、あの優しい記憶だけは、静かに胸の奥に灯る。
音楽エッセイ∶
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