363.音楽エッセイ✴︎∶黒い涙と、サンフランシスコ−Jacky Terrasson 『REACH』−
ジャッキー・テラスンのアルバム『REACH』
サンフランシスコ、ユニオン·スクエアの先にあるレコードショップの店内に流れていた、アルバムだ。
1996年7月。
まだ夏は始まったばかりだが、二人の終わりは近づいていた。
彼女は1週間後、日本に帰る予定だったから。
離れても、同じ音楽を聴いていたい──
今のように、YouTubeもストリーミングもなかった時代。
二人が“同じ空気”を共有する手段は、同じアルバムを手にすることだった。
当時、僕はJazzに詳しいわけでは無い。
ただサンフランシスコらしさ。
二人で過ごした街の空気感を感じれるアルバム。
レコード店で、二人で肩を並べて聴いた。そして、選んだ。
流れていたのは、軽やかで都会的なピアノ演奏。けれど、ふとした和音の“間”に、不思議で、少し歪な余韻が耳に残る。
まるで、言葉にならない何かを、そっと抱えているような音楽。
「このCD、買って帰ろう。」
そう言った瞬間だった。
いつも気丈だった彼女が、ボロボロと涙をこぼした。
あと1週間。
もう、あと7日しか一緒にいられない。
僕は、言葉が見つからなかった。
ただ、彼女を抱き寄せて、黒いマスカラが滲んだ涙をそっと拭っただけだった。
あれから、何年が過ぎただろう。
『REACH』を聴くと、いまでも思い出す。あの時の夜のレコードショップの空気と、彼女の震える肩。
軽やかなリズムの裏に、僕だけが知っている“黒い涙の記憶”が閉じ込められている。
ただ、音楽だけが残った。
それだけが、今も彼女と僕を、どこかでつないでいる。
音楽エッセイ∶
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