付き添い登校2ヶ月。とにかく、いろいろ、しんどい!
こんにちは、サチです。
4月下旬から小1次男の付き添いを始めて2ヶ月。
noteでも付き添い登校について何本か記事を書いてきました。

「付き添いを甘えって言われるのがしんどい」
「硬い椅子に何時間も座るのがしんどい」
「スマホいじれないのがしんどい」
「母親に負荷が偏るのがしんどい」
「同じ付き添い登校のママさんがしんどそうなのを見るのがしんどい」
「必要以上に懐いてくる子たちがしんどい」
書くたびに、たくさんのスキと、「共感しました」「私もそれです」「ハッとしました」というコメントをもらいました。(ありがとうございます🥹✨)
それだけ、付き添い登校の中で、言葉にしきれないしんどさを抱えているママさんが多いんだと思う。
付き添い登校って、外から見ると「お母さんが学校に一緒に行っている」という、ただそれだけのことに見えるかもしれません。
でも実際にやってみて痛感したのは、
「とにかく、いろいろと、しんどい😭」ってこと。
ポジティブなこともあるけど、ベースは「しんどい」
付き添い登校の中に、ポジティブな面がなかったわけではありません。
以前の記事でも書いたように、小学生時代をもう一度追体験しているようで、ちょっとラッキーだなと思う瞬間もありました。
次男が見ている世界を、私も一緒に見せてもらっているような感覚もあったし、付き添い登校について記事にすることでたくさんの反応をもらえて「無駄な経験はない」と感じた、ということもあります。
しんどい中でも、できるだけ面白さや意味を見つけようとしてきました。
でも、それが、
「付き添い登校、意外と楽しかったです♪」
「ポジティブに捉えれば大丈夫です☆」
と言いたいわけではありません。
ベースにあるのは、やっぱりしんどさでした。
体力的にも、時間的にも、精神的にも、しんどいわ!!(叫)
でもそのしんどさの中で、少しでも自分が潰れないように、意味を見つけたり、面白がれる部分を探したり、自分のための時間を少しでも拾ったりしていた…そんな感じです。
ポジティブに見える言葉は、「しんどくなかった」という証拠ではなくて、しんどい中で自分を保つために見つけたものだったのかもしれません。
付き添い登校は、生活全体を巻き込んでいく
付き添い登校って、子どものためにしていることです。
行きたくないと言っている子が、少しでも安心して学校に行けるように。
教室に入れるように。
先生や友達に慣れるように。
「学校って怖い場所じゃないかも」と思えるように。
そのために、そばにいる。
だから、もちろん子どものためではあるんです。
でも、実際に付き添っている母側には、かなり大きな負荷がかかります。
しかもその負荷って、意外と見えにくい。
たとえば、ただ学校に1〜2時間いるだけなら、外から見るとそこまで大変そうには見えないかもしれません。
でも、その「前後」にあるんですよね。
朝起きて、今日は行けそうか様子を見る。
子どもの表情やテンションを読む。
何時間目まで行けるか相談する。
途中で帰るのか、給食までいるのか考える。
給食も付き添うなら、自分のお昼ご飯(おにぎり)を作る。
きょうだいの予定と調整する(ここでこじれること多数)。
学校にいる間も、子どもの様子を観察。
帰ってきたら、思った以上にドッと疲れている。
仕事や家事はなかなか進まない。
そしてまた翌朝、同じことを考える。
この繰り返し。
学校に一緒に行っている時間だけじゃなくて、生活全体が付き添い登校を中心に回り始める感じ。
終わりが見えない。予定も読めない。
「あと3日です」
「あと1週間です」
「来月中旬には付き添い終了です」
みたいに決まっていたら、心の準備ができる。
でも付き添い登校って、いつ終わるかわからない。
子どもが安心できるまで。
学校に慣れるまで。
先生との関係ができるまで。
本人の中で「大丈夫」が増えるまで。
それがいつなのかは、誰にもわからない。
この“わからなさ”が、じわじわ母を削っていく。
私は最初の頃、ほぼフルで学校にいました。
1時間目から4時間目までいて、給食も一緒に食べて、掃除も昼休みも見守って、5時間目も出れそうなら出て、一緒に帰る。
この時しんどかったのは、「この生活がいつまで続くんだろう」という先の見えなさでした。
そして少しずつ状況が変わって、私が離れられる時間が増えてきたら、今度はまた別のしんどさが出てきました。
それが、「急に予定が変わること」でした。
たとえば朝、次男と話して、「今日は1時間目だけ付き添うね」と決めて学校に行く。
私の中では、1時間目が終わったら帰るつもりでいます。
帰ったら少しウォーキングしようかな。
図書館に寄って、本を何冊か借りようかな。
家に戻ったら、少し仕事を進めようかな。
そんなふうに、頭の中でその日の流れをなんとなく組み立てている。
でも、1時間目が終わる頃になって、「やっぱり3時間目までいて」と言われる。
……うん。
わかる。わかるよ。
不安なんだよね。
もう少しいてほしいんだよね。
ここで無理に帰ったら、せっかく登校できた今日が崩れるかもしれない。
だから私は、たいてい残ります。
でもその時、私の中では、「あ、私の時間が消えたわ…😇」という感覚がある。
ただのウォーキング。
ただの図書館。
ただの家での作業時間。
でも、私にとっては、それもちゃんと「私の時間」でした。
最初から「今日は3時間目までいる」と決まっていたら、まだ心の準備ができる。
でも、「今日は帰れるかも」と思ったところから予定が変わると、自分の時間がいったん戻ってきたように見えて、また消える感じがする。
これも、地味にしんどかったです。
付き添い登校のしんどさは、段階によって少しずつ形を変えていくのかもしれません。
でもどちらにも共通しているのは、「自分の時間が、自分のものではなくなっていく感覚」でした。
子どもに寄り添いたいけど…
次男が「ママも一緒じゃなきゃ行かない」と言うなら、今は付き添う。
学校に行けなくなるより、付き添ってでも行ける方がいい。
ここで無理にひとりで行かせて、親子の信頼関係を壊したくない。
安心を積み重ねる時期なんだと思う。
それは本当にそう。
でも同時に、私の中には別の声もありました。
仕事、どうしよう。
note、いつ書けるかな。
家のこと、全然進まない。
自分の時間、いつ作れるんだろう。
このまま私の生活、全部学校中心になっていくのかな。
子どもに寄り添って、自分を全部後回しにしたいわけじゃない。
でも、母の時間も、仕事も、体力も、感情も、生活リズムも、かなり持っていかれる現実。
そりゃ、しんどいよね。😭エーン
だって、自分の生活が大きく変わっているんだもん。
終わりが見えないんだもん。
予定が読めないんだもん。
やろうと思ったことが、何度も後回しになるんだもん。
自分の回復の時間まで削られるんだもん。
それでも我慢して頑張れなんて言う方が、たぶん無理。
頑張ってるのに、なんでこんなにしんどいの?
付き添い登校中のママさんたちと話していてよく思いますが、みんな、本当にめちゃくちゃ頑張ってるってこと。
頑張ってない人なんて一人もいない。
朝から子どもの様子を見て、学校とやり取りして、付き添って、家事も仕事も調整して、子どもの不安も受け止めて、自分の予定も何度も組み直してる。それだけでも、かなりの負荷です。
なのに、そこにさらに、
子どもをちゃんとさせなきゃ。
先生にも周りの子たちにもわかってもらわなきゃ。
仕事も迷惑かけないように頑張らなきゃ。
早く付き添いを卒業させなきゃ。
自分のしんどさくらい我慢しなきゃ。
そんなふうに、いろんな「頑張らなきゃ」を上乗せしていく。
そりゃ、心がすり減ります。(想像するだけで泣けてきます😭)
付き添い登校のしんどさって、ひとことで言えないんですよね。
体力的なしんどさ。
時間的なしんどさ。
精神的なしんどさ。
周りの目のしんどさ。
先生との温度差のしんどさ。
夫婦間で負担が偏るしんどさ。
終わりが見えないしんどさ。
自分の人生が止まっていくような感覚のしんどさ。。。
全部が混ざって、「付き添い登校、しんどい😭」になる。
でも全部がごちゃごちゃのままだと、「耐えるしかない」か「もっと頑張るしかない」しか見えなくなる。
「頑張ってるのに、なんでこんなにしんどいんだろう」と思ったら、その答えは「耐える」「もっと頑張る」ではないはず。
私はこの2ヶ月の付き添い登校の中で、そう思うようになりました。
「もっと頑張る」より、「何をやめるか」
もちろん、頑張らなきゃいけない場面はあります。
朝、子どもを起こす。
学校に連絡する。
先生と話す。
教室でそばにいる。
子どもの不安を受け止める。
家に帰ってからも生活を回す。
やることは、たくさんあります。
でも、全部を頑張り続けるのは無理です。
だから私は、途中から少しずつ、「もっと頑張るためにはどうしたらいいか」ではなく、「何をやめたら、私がすり減らないで済むだろうか」と考えるようになりました。
何かをやめることは、手抜きでも、投げ出すことでもないと思います。
子どもに寄り添い続けるために、自分を大切にしながら、「調整」することだと思います。
母が「耐えて、頑張る」のは長く続かない
付き添い登校がしんどい時って、
「どうしたら早く終わるんだろう」
「どうしたら子どもがひとりで行けるようになるんだろう」
「私の対応、これで合ってるのかな」
と、どうしても“正解”を探したくなります。
でも、子どもの性格も、学校の雰囲気も、先生との相性も、家庭の状況も、それぞれ違う。
だから、わが家のやり方が、“絶対の正解”になるとは思っていません。
でも、ひとつ言えるとしたら、母がただただ「耐えて、頑張る」形は、たぶん長く続かない。
子どもに寄り添いたいなら、母の心も守る必要がある。
そのために、「もっと頑張る」のではなくて、「何をやめるか」を考えてもいいと思っています。
「やめてよかったこと」をまとめています
このあたりをもう少し具体的に、付き添い登校の中で私が「やめてよかったこと」を有料記事にまとめました。
付き添い登校の中で、
「これは手放してよかったんだ」
「子どもに寄り添うことと、自分を後回しにすることは違うんだ」
と、私が少しラクになった方法を、7つに分けて書いています。
しんどいまま、ただ耐えてもっと頑張るのではなくて。
子どもに寄り添いながら、母の心も守るために、何をやめていいのか。
そんなことを一緒に考えたいママさんに届けばいいなと思っています。
👇こちらから読めます。
もっと読みたい方へ
今回の話とつながる記事として、付き添い登校の卒業が少しずつ見えてきて感じたことや、「付き添いは甘え」という先生の言葉に対して思ったことなど書いています。
よければあわせてどうぞ。👇
Xでは、noteになる前の気づきや日々のぼやきも書いています。
付き添い登校や不登校、自分の機嫌の取り方あたりに興味ある方は、よかったら覗いてみてください。
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