付き添い登校の卒業が見えてきて、今思うこと。
こんにちは、サチです。
次男の付き添い登校を始めてから2ヶ月が経ち、最近はだいぶ状況が変わってきて「付き添い卒業」もだんだん見えてきました。
今は1日のどこかで1〜2時間いれば大丈夫な感じで、正直「私がいないと無理」な教科はもうほとんどありません。
でも、「まだ、少しはいてほしい」らしいです。
最初は不安の材料が山盛りだったんですよね。
知らない子ばかり、先生との信頼関係もゼロ、先生は怖い、給食はおいしくない、逃げ場もない。
刺激の多い教室の中に、安心できるものがほとんどなかった。
それが少しずつ「知ってる場所」「逃げ場もある」になってきた感じ。
付き添い登校って、自立を促すとか、なんか特別なことをしていたわけじゃなくて、ただそばにいて、安心を積み重ねていただけだったんだなと思います。
長男の時の私と、今の私はちがう
正直、私は最初から、「学校に絶対行ってほしい」とは思っていませんでした。
行けるなら行けた方がいい。
でも、合わないなら不登校でもいい。
長男が不登校→転校を経験していたからっていうのもあるんですが、それより大きいのは、私自身がだいぶ変わっていたから。
長男の時の私は、怖さでいっぱいでした。
学校に行けない子の母親になるのが怖かった。
先生に面倒な親だと思われるのが怖かった。
子どもの将来が不安だった。
夫や親に母親失格と責められる気がしていた。
そして何より、私自身が「価値なし」と見下されるようで怖かった。
だから不登校にすごく恐怖感を持っていたし、「学校に戻さないと」って焦ってたんですよね。
でも自己理解を通して、「私は何が怖いのか」を少しずつ言語化して、自分を受け止めて、信頼できるようになってきてから、その怖さはほとんどなくなりました。
だから、一部の先生から「付き添いは甘え」「やりすぎ」みたいな空気を感じても、私はその先生からの視線より次男との信頼関係を優先したいと思ったし、それが正解だったと今は思っています。
そして他の子どもたちから「なんでいるの?」「いつまでいるの?」って無邪気に聞かれたら、昔の私ならなんだか責められているように感じていたはず。
今は何も気まずくないし、なんならクラスの子たちとも関係ができてきました(境界線は必要ですけどね)。
自分責めをやめたら、見え方が変わった
付き添い登校の卒業が見えてきた今、一番感じているのは、
私、前とは違うなってこと。
他人軸で正解ばかり求めていた頃の私なら、付き添い登校は苦しさ以外の何物でもなかったと思います。
「なんでうちだけ?」
「何が間違ってた?」
「周りの目がつらい…」
きっとそんなふうに、自分責めと恥ずかしさでいっぱいになっていたはずです。
でも今は、「次男は付き添いが必要な子だから、付き添ってる」。
本当に、それだけです。
体力的にはしんどいです。
週5で、高さの合わない固い椅子に何時間も座る。
子どもたちの手前、スマホもいじれない。
でも、こうやってnoteに書いたら、たくさんスキをもらって、共感コメントや「新しい気づきもらえました」って言ってもらえて、経験って本当に無駄なことひとつもないなと思います。
小学生、二度目の疑似体験中
あと、ちょっと意外な話をすると、私自身、付き添いながら小学生時代を追体験してました。
「あ」の書き方を先生にならって空に書く。
掃除を一緒にやる。
朝顔の水やりして観察して絵に描く。
4時間目の終わりのチャイムが鳴ると「給食だー!」って盛り上がる。
私は朝顔の絵を描いたり給食も食べられませんが、それでも、次男やクラスの子たちと一緒に、小さな私がまた楽しんでいる感じがあって。
小学生ってもう二度と送れないはずなのに、疑似体験している。
これ、けっこう特権?って思いました。
他のママさんたちはどうなのかわかりませんが、私は、ちょっとラッキーかもって感じていました。
「子どものためだけ」だと付き添いはしんどくなる
拘束時間が長くてエネルギーも使う分、「子どものためだけ」ってなるとしんどいから、私は意識的に自分のための時間も取るようにしていました。
付き添いしない時間に、散歩に行くとか、図書館に行くとか、公園のベンチに座って保育園児を眺めるとか、パン屋さんでパン買ってスタンプ貯めるとか。
「今日もよくやってるね」って、私が私をなでなでする時間を、ちゃんと作っていました。
ママの機嫌が家庭の空気になるって、ほんとにそう。
昔の私は毎日「どうしよう、私のせいだ、消えたい」「どうしたらいいかわからない、誰か正解教えて」って思っていました。
長男との衝突も激しかったし、部屋を片付ける気力もなくてごちゃごちゃ、夫との関係も良くなかった。
些細なことにもイライラして「なんでやってくれないの」「なんでわかってくれないの」でいっぱいで、「世界で一番かわいそうな私」に毎日浸っていました。
それが、自分の快・不快を言語化して、自分の機嫌を自分で取れるようになってから、家の空気がほんとに変わりました。
長男の不登校もだいぶ解消しました。
今も休む日はあるけれど、それでも以前とは全然違う。
長男の口癖も変わりました。
「僕って最高!」
「僕って天才!」
「そう思うでしょ!?」
ちょっとうざいくらい自己肯定感が高くなった。笑
断捨離が爆速で進んで、10年以上できなかった「部屋にお花を飾る」もできるようになりました。
自分に許可が出せると、人にも許可が出せる。
私が私を責めなくなったら、子どもを責めることも減りました。
付き添い登校の卒業が見えてきて、思うこと
次男が入学式後に「学校行きたくない、ママも一緒じゃなきゃ行かない」ってなった時も、「そうかそうか、じゃあ付き添うか」くらいの感じでいられました。
昔の私なら、絶対にできなかったと思います。
長男の時は、「不登校なんて絶対に認めない」「人間のクズになるよ」「行かないとゲーム一生禁止」とまで言って、無理やり連れていって先生に押し付けて帰るみたいなこともしていました。
もし今も、他人軸で、正解ばかり探して、自分を責めていたら。
今回の付き添い登校も、毎日をただ「耐える」しかなかっただろうし、苦しさしか残らなかったと思います。
でも今は、しんどさの中にも意味があった。
面白さも、特権みたいな感覚も、感謝もあった。
それはたぶん、次男だけじゃなく、私自身も前とは違う場所に来たからなんだと思います。
次男は、付き添い登校を通して安心を積み重ねました。
私は、自分への信頼を積み重ねました。
付き添い登校は、子どものためだけの時間じゃなかった。
私が、私の変化に気づくための時間でもありました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今の私の見え方や受け取り方は、最初からこうだったわけではありません。
自己理解を通して、自分の怖さや他人軸を少しずつ見直してきた過程があります。
どうやって変わっていったのか、そのプロセスを記録した無料マガジンを置いておきます。
よければ、こちらも読んでみてください。👇
もっと読みたい方へ
この続きとして、付き添い登校の中で私が「やめてよかったこと」を有料記事にまとめています。
👇こちらから読めます。
また、教室で付き添っている中で、私が思わず「イラッ」としてしまった時のことや、進んだと思ったら戻る日もあるし昨日できたことが今日はできない日もあると思った時の話も書いています。
よければあわせてどうぞ。
👇付き添い登校が長くなると、別の難しさも出てくる話
👇揺れながら進む。子育てと一緒だなと思った話
Xでは、noteになる前の気づきや日々のぼやきも書いています。
付き添い登校や不登校、自分の機嫌の取り方あたりに興味ある方は、よかったら覗いてみてください。
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