【行き渋り・不登校】学校がしんどそうな子ほど、親が現場を見た方がいいと思った
こんにちは、サチです。
小1次男の付き添い登校を始めて三週間ほど経ちました。
この三週間で、家で見ているだけではわからなかったことが、本当にたくさん見えてきました。
そして強く思ったのは、学校がしんどそうな子ほど、親が現場を見た方がいいのではないか、ということです。
今日は、そのことを書いてみます。
付き添う前の私は、少し見誤っていた
4月、次男が学校を嫌がり始めた頃、本人が言っていたのは、「給食が嫌だ」「授業がつまらない」みたいなことでした。
👇4月の先生との面談で、「給食を嫌がっている」と判断した私
だから最初の私は、そこまで深刻には見ていなかったんです。
もちろん本人は嫌なんだろうけど、どこか幼稚園感覚がまだ抜けていなくて、少し甘えもあるのかな、くらいに思っていました。
今振り返ると、昔の私なら、3年前の長男の不登校の時と同じように、別の方向に頑張っていたと思います。
ご褒美で釣るとか、行けたら褒めるとか、行かないと困ることを伝えるとか。
とにかく「どうやって行かせるか」を考えていたはずです。
でも実際に付き添ってみたら、次男がしんどいと感じていた理由は、私が想像していたものとはかなり違いました。
「知らない子ばかり」のしんどさ
付き添ってまず見えてきたのは、次男にとって、教室がまだ「知らない子ばかりの場所」だったことです。
幼稚園から知っている子が同じクラスに2人いたとしても、それだけで安心できるわけじゃない。
30人以上いるクラス全体としては、まだ圧倒的に「知らない子ばかり」なんですよね。
その中で座る。
話を聞く。
集団で動く。
次男がしんどかったのは、給食や授業内容そのものというより、まずこの環境だったんだなとわかりました。
実際、次男が自分の席を離れて、教室の後ろで座っている私のところに来たり、手をぎゅっと握ってくる時は、決まって音楽や体育みたいな、音も人の動きも多いわちゃわちゃした時間でした。(逆に、ひらがなの書き取り練習や図工の粘土制作など、静かで集中できる時間は、私の方を一切見ずに取り組める)
そういう場面を見ると、次男にとってしんどかったのは「授業がつまらない」ことより、安心できないまま刺激の多い空間にい続けることだったんだな、とわかります。
「給食が嫌」「授業がつまらない」という言葉だけでは、私はそこまで見えていませんでした。
私が一緒にいることで、安心の条件も見えてきた
付き添いをしていると、何がつらいかだけじゃなく、何があれば安心できるのかも見えてきます。
クラスメートの顔と名前が少しずつ一致してきて、「知らない子ばかり」ではなくなってくると、そばにいなくても大丈夫な時間が少しずつ増えてきました。
隣の机の子と教科書を共有したり、班で何か協力して作業したりして、話せる子が増えてきたことも大きかったです。
前はただ緊張して固まっていた場面でも、少しふざけられたりして、次男の中の緊張がゆるんでいるのがわかります。
付き添っていなかったら、私は「何が嫌なのか」をもっとぼんやりとしか捉えられなかったと思います。
でも実際に現場を見ると、何がしんどいのか、何があれば少し安心できるのか、この両方がかなり見えてきました。
たぶんこのことも、次男が自分の言葉で伝えるのは難しかったんじゃないかな、と思います。
現場を見たことで、私の関わり方も変わった
付き添いをして一番大きかったのは、次男の見え方だけじゃなくて、私自身の関わり方も変わったことでした。
前なら、「どうやって行かせるか」を考えていたと思います。
でも今は、「どうしたら安心して通えるか」を見るようになりました。
実際、付き添いを始めてからは、先生との話し合いもかなり具体的でスムーズになりました。
ただ「学校に行きたがらないんです」ではなく、
どういう時にしんどそうか
どういう時なら少し落ち着けるか
何があれば通いやすくなるか
を、現場ベースで話せるようになったからです。
しかも、その場でリアルタイムに相談できるのも大きかったです。
たとえば全校集会の時、すぐ隣で付き添った方がいいのか、端で見ている方がいいのか。
給食後、このまま5時間目まで受けるのか、今日は早退した方がいいのか。
そういうことを、その時の次男の様子を見ながら、先生と一緒に判断しやすくなりました。
現場にいると、本人の「しんどい瞬間」を、私も先生も同じものとして見られるんですよね。
だから、「これは、しんどいみたいです」「さっきのは、大丈夫だそうです」とすぐに共有しやすいし、もっと細かな対応もしやすい。
先生側も、必要な配慮をかなり具体的にしてくれます。
正直、付き添いは大変です。
もう3週間くらい続いていて、ラクとは全然言えない。
でも、見えたものの濃度はかなり高かったです。
どうすれば次男が安心して学校に通えるのか。
そこが、付き添う前よりずっと見えてきた。
付き添いが必要なくなるまでまだ時間はかかると思いますが、「こうすれば良い方向に向かうだろう」というのが見えてきました。
そして、「この先どうなってしまうんだろう?」という私自身の不安は、ものすごく減ったと思います。
現場を見なかったら、長期化していたかもしれない
行き渋りがあったり、本人も「なんで嫌なのか」がよく分かっていない時って、親もつい想像で補ってしまうんですよね。
授業が嫌なのかな。
先生が苦手なのかな。
友達関係かな。
甘えかな。
でも、その想像って、当たることもあれば、全然違うこともある。
もし私が現場を見ないままだったら、次男のしんどさを別のものとして処理していたかもしれません。
そして、そうなるとたぶん、長男の時みたいに、ご褒美や罰で何とか行かせようとして、ズレた対応をしたまま長期化していたと思います。
でも、次男に必要だったのは、そういうことではなかった。
現場を見たからこそ、次男のしんどさの正体をかなり具体的につかむことができました。
しかも、何がダメなのかだけじゃなく、何があれば大丈夫なのかも見えてくる。
この違いはとても大きいと思います。
親が想像だけで判断している時って、子ども本人が言っていることも、親の中で勝手に意味づけされやすい気がします。
だから、我が子が少しでも学校がしんどそうなら、もし可能であればですが、一度現場を見ると、見え方も対応もグッと変わると思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今まさに付き添い登校をしているママさん、いつもお疲れ様です。
後日談として、私が付き添い登校を2ヶ月続けた中で、母が消耗しすぎないために「やめてよかったこと」は、有料記事にまとめました。
付き添い登校を早く終わらせる方法ではなく、子どもに寄り添いながら、自分を全部後回しにしないための記録です。
👇こちらから読めます。
また、今回の話とつながる記事として、教室の中に入って初めて見えてきた「ちゃんとする」で回る世界のしんどさや、長男の頃と今とで、私の関わり方がどう変わったのかも書いています。
気になる方は、こちらもどうぞ。👇
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