行き渋りや不登校で見えてくる、母親に偏る家庭の負荷
こんにちは、サチです。
子どもが「学校に行きたくない」と言う時、母親はただ心配する人ではいられません。
気持ちを聞いて、学校と連携して、きょうだいの動きも見て、仕事の予定を組み替えて、昼ごはんをどうするか考える。
家庭の中で、誰に負荷が集まるのか。
それを一気に見せられる出来事でもあるんですよね。
今日は、そのことを書いてみます。
子どもの「行きたくない」は、その子だけの問題では終わらない
今朝、小1の次男は通常通り学校へ行きました。
一方で小6の長男は、「9時に出る」と言って次男と一緒に家を出ませんでした。
私は「遅れて行くなら一人で登校してね。ママは送らないよ」と伝えて、次男と学校へ向かいました。
次男を始業ぎりぎりに送り届けて帰宅していた途中、長男の担任の先生から電話がありました。
1時間目から、欠席者向けの検診があるとのこと。
ちょうどその日に長男は休んでいたので、今回逃すと自費で病院に受けに行かないといけないらしい。
しかも以前、次男が検診を逃して自費で診断書をもらいに行ったことがあったので、なおさら今回は行った方がいいと思いました。
そう思って急いで帰宅し、長男に伝えました。
でも長男は頑なでした。
「9時に行くって言った!!」
長男は「学校に行きたくない」と言っていたわけではありません。
ただ、自分で決めた時間や段取りを、こちらの都合で急に変えられることに強い抵抗があったんだと思います。
一方でこちらには、学校側の事情もある。
今このタイミングで行かないと検診を逃す。
でも長男にとっては、「自分が決めたこと」が大事で、その変更は簡単には飲み込めない。
分かる、分かるけども…!
たった20分、早く行ってくれれば、診断書もらうためだけに病院行って順番待って、さらに2000円出さなくて済むんだよ???
母親の負荷は、「心配すること」だけじゃない
こういう時、しんどいのは、子どもの気持ちを受け止めることだけではありません。
学校からの連絡を受けて、状況を把握して、子どもに伝えて、本人の反応を受け止めて、どう動くかをその場で判断する。
さらにその判断を、きょうだいの登校、自分の仕事、その後の予定と並行してやることになる。
今日もそうでした。
しかも夫は基本ノータッチ。
それだけならまだしも、一瞬出てきて「今日行かないなら今週はゲーム禁止」と言う。
その一言で長男はさらに荒れ、結局、気持ちを受け止めることも、学校との調整も、家庭ルールを守ることも、全部こちらに来る。
状況を悪化させた夫本人は部屋に戻り、後処理だけが私に残る。。。
なんの試練なんだろう…😇
それでも、話し合いに意味がなかったわけじゃない
午前中、長男との話し合いに2時間かかりました。
仕事は全くできませんでした。
午後には自分の病院と、学校の先生との話し合いもあるのに…と思いながら。
でも、今回のやりとりの中で、少しだけ長男の成長を感じる瞬間もありました。
人に頼み事をするときは、人の立場に立って考える、ということを図を書いて説明したんです。
そうしたら腑に落ちたことがあったらしく、
「なるほどね。ぼく、ひとつ天才に近づいた☺️拍手して」
と言っていました。笑
時間はかかる。
めちゃくちゃ疲れる。
予定は崩れまくり。
でも、もがいたその中でしか見えないものもある。
だからこそ、母親の負荷はさらに見えにくくなるのかもしれません。
問いは大事。でも母親の負荷が減るわけではない
こういう日、私は先日書いた「親の不安を切り分ける問い」を思い出します。
私はこの問いを持てるようになってから、昔よりは少し立ち止まれるようになったと思っています。
自分に問いかけながら、自分の反応を見られるようになった。
それは本当に大きいです。
でも、問いを持てるようになったからといって、学校からの電話がなくなるわけじゃない。
仕事が進むわけでもない。
給食があるはずだった日の昼ごはんが、勝手に出てくるわけでもない。
それは当たり前なんですけど、ね。。。
次男の行き渋りも、結局「運営」は全部母親に来る
夕方には、次男の行き渋りについて、担任の先生と3人で話をしました。
何が嫌なのか、どうすれば通いやすくなるのかを一つずつ話していって、次男の行き渋りの一番大きな原因は、どうやら給食らしい、ということがわかってきました。
幼稚園の時の給食はおいしかったけれど、小学校の給食は好きじゃない。
本人の中では、それがかなり大きいらしい。
ただ、ここでも改めて思ったのは、ネックが見えたからといって、それで母親の負荷が減るわけではない、ということでした。
お弁当対応にするにも、担任の先生だけでは決められず、校長や養護教諭など複数の確認が必要らしく、結局、今週は「私が隣にいて給食を食べる」か、「給食は食べずに帰る(私がお迎えに来る)」のどちらかで対応することになりました。
ここでも思うんですよね。
話し合いの場に出るのも私。
どうしたらいいか考えるのも私。
実際に付き添うのも私。
お弁当OKが出たとしても、お弁当を作るのも私。
全部、私。。。😇
だからこそ、「私が頑張ればいい話」ではない
子どもの感情ケア。
学校との連携。
仕事の中断。
予定の組み替え。
お昼ごはん。
一つひとつは小さく見えても、全部まとめて母親側に乗ってくると、本当に重いです。
私は在宅でフリーランスだから、まだなんとか融通がききます。
でも、毎日出社前提の会社員だったら、かなり厳しいと思う。
こういうことの積み重ねで、働き方を変えたり、離職に追い込まれたりする人も多いはずです。
子どもの感情ケアも、キャリアで割を食うのも、昼ごはんを作るのも、学校との連携も、家庭ルールを考えるのも、全部母親がやる。
それ、やっぱり無理な話だよなと思います。
行き渋りや不登校って、子ども自身の困りごとではありますが、それだけでは終わらない。
家庭の中にあるいろんな負荷を一気に揺らして、しかもその調整役が母親に集まりやすい。
だから、母親が消耗するのは当然なんですよね。
愛情が足りないからでも、要領が悪いからでもない。
そもそも、抱えているものが多すぎる。
母親が頑張れば回る話ではなく、家庭内の負荷配分そのものに偏りがあるんだと思います。(我が家だけの話ではなく…)
問いは大事。
でも、問いだけでは回らない現実もある。
今日は、その両方をかなり思い知らされた一日でした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今まさに付き添い登校をしているママさん、お疲れ様です。
後日談として、私が付き添い登校を2ヶ月続けた中で、母が消耗しすぎないために「やめてよかったこと」は、有料記事にまとめました。
付き添い登校を早く終わらせる方法ではなく、子どもに寄り添いながら、自分を全部後回しにしないための記録です。
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