「人間はインターネットの誤差になる」― Cloudflare CEOが語るAIエージェント経済の現実
ネットワークインフラ企業Cloudflareは、AIエージェントの普及によるインターネットの構造変化に正面から向き合っている。同社CEOのマシュー・プリンス氏は、Cannesでのインタビューで、広告モデルの崩壊、人員削減の背景、そして、中小企業が直面する存続の危機について語った。本記事では、その発言内容を整理し、投資家として押さえておくべき構造変化を解説する。
1. 28年続いた広告モデルの終わり
プリンス氏はまず、インターネットのビジネスモデルそのものが転換点を迎えていると指摘する。
「Googleは、この28年間、インターネットのビジネスモデルを定義してきた。次の28年は、それとは違うものになる」
この変化の核心は、消費者の情報取得方法が変わったことにある。プリンス氏によれば、生成AIツールは、わずか3年半で世界人口の3分の1に普及しており、これはモバイルの普及スピードの2倍にあたるという。
1-1. 「エージェントは広告をクリックしない」
情報がAIプラットフォーム自体で消費される時代になると、従来の「広告表示」や「サブスクリプション販売」というビジネスモデルは機能しなくなる。プリンス氏はこう端的に表現している。
「あなたのエージェントは広告をクリックしない」
メディアやパブリッシャーにとって、これは深刻な収益構造の見直しを迫られる変化だ。Cloudflareは、この課題に対し、マイクロペイメント(少額決済)の仕組みを構築する方向で動いている。
2. ボットトラフィックが人間を超えた日
今回のインタビューで最も印象的な発言の一つが、インターネット上のトラフィック構成の変化に関するものだ。
「2ヶ月前、歴史上初めて、自動化トラフィック(ボット・エージェントのトラフィック)が人間のトラフィックを超えた」
プリンス氏は、さらに、この傾向が今のペースで加速し続けた場合、5年後には人間のトラフィックの1,000倍の自動化トラフィックが発生すると予測している。
「つまり、人間はインターネット上の誤差の範囲になるということだ」
2-1. 1秒あたり1億件の決済処理を目指す
この変化に対応するため、Cloudflareは、新たな決済インフラの構築を進めている。同社は、現在、1秒あたり約5億件のインターネットリクエストを処理しているといい、そのうち1~10%がマイクロトランザクションの対象になり得ると見込んでいる。
目標として挙げられた数字は印象的だ。
「初日に1秒あたり1,000万件の処理能力を持たせ、それを1秒あたり1億件までスケールさせる必要がある。世界最大の決済網であるVisaでも、1秒あたり処理しているのは約18,000件だ」
この数字の比較からも、Cloudflareが見据えている変化の規模の大きさが伝わってくる。
3. 人員の20%削減、その理由
数ヶ月前にCloudflareが発表した人員削減について、プリンス氏は率直に「AIが主な要因だった」と認めている。
「今これを言うのは流行りではないが、本当にAIが理由だった」
3-1. 「測定する仕事」が機械に置き換わった
プリンス氏は、組織内の機能を「製品を作る人」「製品を売る人」、そして、「物事を測定する人」(監査担当者、財務担当者、マーケティングやオペレーションの一部)に分類し、後者の業務がAIツールによって大きく効率化されたと説明している。
具体例として、同社の内部監査機能を挙げている。従来は100以上のリスク領域のうち四半期ごとに6つを選んで監査していたが、人手による制約があったという。これが現在は、すべてのリスク領域を継続的に監査できる体制に移行しているとのことだ。
加えて、マネージャー1人あたりの直属部下数も、AIツールの活用によって6人から最大12人へと拡大可能になったという。組織のフラット化が進んだ結果、ミドルマネジメント層に人員削減の影響が及んだ形だ。
3-2. 「早期の決断が最も親切な対応」
プリンス氏は、同業の経営者の多くが、「他社が動いたら自分も動く」という姿勢を取っていることに対し、批判的な見方を示している。
「6~12ヶ月後にもっと多くのレイオフが起きるだろう。その時点で解雇された人々が次の仕事を見つけるのは、今よりずっと難しくなる」
同社としては、できるだけ早い段階で決断することが、対象となった従業員にとって最も誠実な対応だったと振り返っている。
4. 中小企業が直面する「絶滅イベント」
プリンス氏が今回最も強い警鐘を鳴らしたのが、中小企業へのAIエージェントの影響だ。
4-1. エージェントは「思い入れ」を持たない
従来、消費者が地元の中小企業を選ぶ理由には、利便性や感情的な結びつきがあった。しかし、AIエージェントによる購買代行が広がると、この構造が崩れる可能性があるという。
「あなたのエージェントは、そうした要素を一切気にしない。単純に『世界中で最も良い条件の商品を探す』と言うだけだ」
数千のウェブページを瞬時に比較できるエージェントの存在は、新規参入企業にとって「ブランドの確立」という従来の成長プロセスそのものを困難にする可能性がある。
4-2. 「5社しか残らない未来」への警戒
プリンス氏は、ある業界関係者からこんな懸念を聞いたと紹介している。
「将来、残る企業は5社だけになるかもしれない。不動産を持つ会社、資金を持つ会社、物を作る会社、物を配送する会社、そして、AI企業だ」
この見立てが実現するとは考えていないとしつつも、プリンス氏はAIが持つ「巨大な集約力」への警戒感を強調している。同氏は、Visa、American Express、Shopify、Salesforceといった企業のリーダーと意見交換を重ねながら、中小企業がAI時代でも生存できる仕組みづくりに取り組んでいるという。
「AI企業が2社から5社しかない世界ではなく、50万社のAI企業がある世界を目指すべきだ」

