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Scale Venture Partners Rory O'Driscoll氏「ソフトウェアは死んでいない」 ― ハイパースケーラー年間6880億ドルのAI投資が突きつける現実

「ソフトウェアは死んだのか?」――この一年、ベンチャーキャピタル業界で最も頻繁に投げかけられている問いだという。Scale Venture Partnersでソフトウェア投資を30年以上手がけてきたRory O'Driscoll氏は、あるカンファレンスの場でこの問いに正面から向き合い、自身の投資フレームワークと具体的な数字を交えながら独自の見解を語った。

同氏は、自らの立場をユーモラスに「30年間ソフトウェアで食ってきた人間に、ソフトウェアは死んだのかと聞かれるのは、ある種の個人攻撃のように感じる」と表現しつつも、AI時代における投資判断のロジックを冷静に解き明かした。本稿では、O'Driscoll氏が示した具体的な数字とフレームワークをもとに、AI設備投資の構造、ソフトウェア企業の生存戦略、そして、今後のベンチャー投資の焦点について整理する。


1. AI投資の全体像:支出6,880億ドル、収益1,100億ドルという現実


1-1. 「インベストモード」にあるAI業界

O'Driscoll氏は、まず、AI業界全体が現在「インベストモード」――つまり、収入を上回る支出を続けている状態にあると位置づけた。同氏が示した数字によれば、ハイパースケーラー各社によるAI関連の設備投資(capex)は、今年だけで6,880億ドルに達するという。

一方で、この投資から生み出されている実際の収益は、全体で約1,100億ドルにとどまる。その内訳は、OpenAIとAnthropicという2大基盤モデル企業からのGAAP基準の推定収益が890億ドル、それ以外の企業を合計した収益が2,000億〜3,000億ドル程度と見積もられている。同氏は、「多少の誤差、プラスマイナス100億ドルはあるかもしれないが、誰も気にしていない」としつつ、「要するに、収入より半兆ドル近く多く支出している。これは重要な事実だ」と強調した。

1-2. 損益分岐点は2031〜2032年

さらに、同氏は、OpenAIとAnthropicの収益予測を合算したグラフを示し、「この2社の収益が、累計設備投資額を上回るのは、早くとも2031年から2032年にかけて」との見通しを示した。「その頃には1兆ドル規模の実質的なお金が動いていることになる」としつつ、「一部の設備投資はMeta社が言うように他の用途にも使われているし、Microsoftにとっても有用な部分がある」と留保をつけながらも、「大部分の設備投資は、AIの構築を支えるためのものであり、その構築とはほぼ基盤モデル企業のことを指す」と述べた。

この試算をもとに、O'Driscoll氏は、「インベストモードを脱するまでには、おそらくあと5〜6年かかるだろう」と見積もった。そして「長期的なストーリーが素晴らしいものであったとしても、その間のどこかで誰かが目を覚まして『我々は半兆ドルを使って2億ドルしか稼いでいない、少しペースを落とすべきではないか』と言い出しても驚かない」と、投資モードが続く過程でのボラティリティの可能性にも言及した。

2. AI投資は本当に回収可能なのか


O'Driscoll氏は、AI業界が目標とする「1兆ドル規模」の収益を実現するために必要な条件についても具体的な試算を示した。同氏によれば、米国の知識労働者(ナレッジワーカー)の賃金総額のうち、15〜17%程度をAIが代替する必要があるという。

さらに、ソフトウェア開発者に限定すれば、この比率は25%を優に超える水準になると指摘。「わかりやすく言えば、20万ドルの給与を得ているソフトウェアエンジニアがいるとすれば、その企業は5万ドル分をトークン(AI利用料)に費やしていることになる」と述べ、これは「無視できない規模のシフトだ」と評価した。

同氏は、この数字を踏まえ、「これだけの規模を実現するには、多くのことが起きなければならない。基盤モデル企業は、現在ナレッジワーカーに支払われているドルの相当部分を奪い取る必要がある」とし、「可能性は十分にあるし、実現するかもしれないが、途中でつまずきなく進むとは考えにくい」との見方を示した。

3. バリューチェーンの構造:誰が価値を獲得するのか


3-1. 「AIを作る」層と「AIを使う」層

O'Driscoll氏は、AIバリューチェーンをNVIDIA創業者ジェンスン・フアン氏が語るモデルになぞらえ、大きく4つの階層に分けて説明した。下から順に、①エネルギー、②チップ、③インフラ、④モデル・アプリという構成である。

このうち下位3層(エネルギー・チップ・インフラ)は「AIを作る」ための支出であり、O'Driscoll氏によれば、その80%程度はベンチャーキャピタルの投資対象にはなりにくい領域だという。「そのうちの半分は、チップで、資金の大部分は、NVIDIAに流れている。この4年間で設備投資は、2000億ドルから6000億ドルに増加した。つまり、誰かが年間4000億ドルを懐に入れていることになる。主にジェンスンだ」と述べた。

3-2. 基盤モデル企業は「頂点の捕食者」

一段上の「基盤モデル」層について、O'Driscoll氏は、「OpenAIとAnthropicという2つの、ベンチャーバックの生き残り企業が存在する」とし、「彼らは、このディストリビューションにおける頂点の捕食者であり、価値のデルタ(差分)を獲得してきた存在だ。そして、その予測によれば、今後もそうあり続ける可能性が高い」と表現した。

そして、最上位の「AIを使う」層――つまり、ソフトウェア企業が、AIを活用して企業顧客に価値を届ける領域について、「1兆ドルという金額が、モデル企業とそれを使うソフトウェア企業の間でどう配分されるか。これが100万ドルの問い(the million-dollar question)だ」と述べた。

4. 「ソフトウェアは死んだか」という問いの3つの意味


O'Driscoll氏は、「ソフトウェアは死んだのか」という問いには実際には複数の異なる意味が混在していると整理した。

4-1. 基盤モデルとポストGPT世代のソフトウェア企業の間の価値配分

一つ目は、基盤モデル企業と、2022年以降に設立された新興ソフトウェア企業(同氏はSierraを例に挙げ、直近で150億ドルの評価額での資金調達を行ったと紹介)との間で、経済的価値がどう配分されるかという問いである。同氏はこれについて「誰も答えを知らない」とした上で、「多くのVCは両方に賭けている。Anthropicに3,000億〜6,000億ドルという評価額で資金を投じつつ、同時にそれとは別に生き残る余地があると仮定しなければ意味をなさない投資も数多く行っている」と、業界全体が「両張り」の姿勢を取っている実情を明かした。

4-2. 旧世代SaaS企業の生存率

二つ目の意味は、2022年以前から存在していた既存ソフトウェア企業への影響である。O'Driscoll氏は自社の投資実績を振り返り、「ChatGPTが登場した時点で、我々のポートフォリオの約10%は事実上『詰み』の状態だった」と明かした。「あるAI課題を解決するために3000万ドルをかけて作った製品が、相手は100万トークンあたり5ドルで同じことができるようになった。それでおしまいだ」というのが実例だという。

残る90%については、おおむね3等分できると説明した。

  • 約3分の1は、「生成AIの影響をほぼ受けない」領域。データの効果や予測型AIなど異なる種類のAIを用いており、「この事業は影響を受けない、議論する必要すらない」と言えるカテゴリー。

  • 約3分の1は、「AIによって付加価値が増す」領域。同氏は、ポートフォリオ企業のDrone Deployed(ドローン管理・飛行調整プラットフォーム)を例に挙げ、「AIによって安全性レビューや進捗レビューといった機能を上乗せでき、製品価値が向上する。AIがこの価値を代替することはあり得ない」と述べた。

  • 残る約3分の1は、「明確に脅威にさらされている」領域。O'Driscoll氏は、これを「プレーンバニラSaaS」と呼び、「単純なワークフローを自動化しているだけの企業は、動いて生き残るか、死ぬかのどちらかだ」と表現した。ただし、同氏は「この比率は多少楽観的に見積もっている可能性もある」とも付け加えている。

4-3. 自社モデルを持つ必要はあるか

三つ目の問いとして、O'Driscoll氏は「ソフトウェア企業が独自の基盤モデルを持つ必要があるか」という論点にも触れた。ある投資家がまとめた65のニューラルネットワーク系企業のリストを、同社では10〜15のカテゴリーに分類したという。

代表例として、次世代LLM開発企業(Thinking Machines、Safe Superintelligenceなど)のほか、音声モデルに特化して事業を構築したElevenLabsを挙げ、「基盤モデルほど計算資源と資本を必要としないAIモデルも存在し、そうしたモデルを軸にビジネスを構築できる余地がある」と説明した。

5. 生き残るソフトウェア企業の条件


5-1. 技術的な防御可能性の6分類

O'Driscoll氏は、基盤モデル企業に「置き換えられにくい」ソフトウェア企業の特徴を、技術・ビジネスモデルの両面から整理した。技術面では以下のような分類を示している。

  • センサー連携型:視覚センサーや触覚センサーなど、物理的なハードウェアと組み合わさった事業。「OpenAIが、センサーの出荷を始めることはない。それは彼らのやることではない」と述べ、こうした「深く垂直統合された現実世界ベースのアプリ」は防御可能性が高いとした。

  • マーケットプレイス型:同社が最近投資したParform(採用担当者が最適な候補者を見つけるのを支援するプラットフォーム)を例に挙げ、「プラットフォームに参加する全ての当事者にインセンティブが生まれ、ネットワーク効果が働く事業は、単独のAIコーディングアプリに奪われるものではない」と説明した。

  • プロプライエタリデータ型:非公開の独自LLMデータを保有し、それを事業基盤としている企業。「モデル単体では、あなたがやっていることを実行できない」ため、防御可能性が高いという。

  • フルスタック型:ソフトウェアを企業に販売するのではなく、自らがその事業そのものになるケース。同社のポートフォリオ企業の一つがLLMを用いた資産運用(ウェルスマネジメント)事業を展開している例を挙げ、「OpenAIが資産運用業に参入することはない」と述べた(ただし「彼らの全エンジニアのために資産運用担当者を雇う、というビジネスには進出するだろうが」とも付け加えている)。

一方で、「データフライホイール」(利用データの蓄積によって徐々に差別化が進むタイプ)や、現場に人員を要する「FDE(Forward Deployed Engineer)」型の事業については、「基盤モデル企業に最も近い、判断が難しい領域」と位置づけた。

5-2. Intercom社の事例:旧世代SaaSの転身

O'Driscoll氏は、旧世代SaaS企業がAI時代に適応した具体例として、自社が約1年前に投資したIntercom社のケースを紹介した。同社は、事業再生(ターンアラウンド)の一環としてO'Driscoll氏が出資し、その後、カスタマーサポート製品を「Fin」としてリブランド。「率直に言えば開胸手術のようなことを行い、エージェントファースト・成果ベース課金型のカスタマーサポート企業に作り変えた」と説明した。同氏は、「これは間違いなく実現可能だが、相当な覚悟が必要だということは理解しておくべきだ」と付け加え、VC側もそれに見合った成長トラクションを求めるだろうとの見方を示した。

6. 成長率の評価軸:T2D3モデルとその限界


会場からの質問に対し、O'Driscoll氏は、SaaS企業の成長評価についても持論を語った。従来のSaaS業界で目安とされてきた「T2D3(Triple, Triple, Double, Double, Double)」モデルについて問われた同氏は、「全ての条件が同じであれば、より速く成長している企業を選びたいというのは当然のロジック(IQテスト的な話)」としつつも、一定の留保を示した。

「一部の企業は、AI導入への異常な圧力がかかっている領域にいるために急成長している可能性がある。例えば、コーディングツールの一部では、ユーザーがトークンをもっと使わなければクビになるかもしれない、という状況すらある。だから当然みんなトークンを使う。このシグナルは本当に実態を表しているのか、疑問に思うこともある」と述べた。

一方で、同氏は、自身のポートフォリオ企業の中に「地味だが着実に3倍成長している」企業があることにも触れ、「法務分野のように、これまでソフトウェアがほとんど存在しなかった領域でAI導入への強い企業的な要請(コーポレート・インペラティブ)がある場合は爆発的な成長が見られる。一方で、AI対応アプリが『次世代として優れている』というだけで、企業のボードメンバーを動かすほどの切迫感がない領域では、爆発的成長はないが、多くのSaaS企業がそうしてきたように10年単位で複利的に成長する可能性がある」との見方を示した。そして「資本効率が良く、着実に成長しているカテゴリーリーダーであれば、そうした企業にも投資する」と述べた。

7. コンピュート(計算資源)コストの配分格差


質疑応答では、資金調達において創業者がコンピュート費用にどれだけの割合を配分すべきかという質問も出た。O'Driscoll氏は、「正直なところ、ばらつきが大きすぎて一概には言えない」としつつ、次のような目安を示した。

  • モデル企業であれば、コストの70〜80%程度をコンピュートに配分することもある

  • コーディング系企業であれば50〜60%程度

  • 一方で、多くのアプリケーション企業は売上原価のわずか10%程度しかLLM関連コストに充てていない

同氏は、「これは、彼らがコモディティ化したLLM競争の中で戦っているのではなく、LLMコストを10%に抑えつつ、残り90%で独自の付加価値を積み上げるという戦い方をしていることを意味する」と分析した。

さらに、同氏は、独自の経験則として、「もし製品がAIによって圧倒的に優れたものになり、営業・マーケティングの役割さえも果たすようなら、コンピュートに60%かけても構わない。ただし、その場合は製品自体が“売れる”レベルでなければならない」とし、「AIは新しい営業・マーケティングだと言えるが、それが真実である場合に限る。もしそれが真実でないのに、700人の営業・マーケティング部隊を抱えたままコンピュートにも50%かけているなら、それは危険信号だ」と警鐘を鳴らした。

8. まとめ:「ソフトウェアは死んでいない、ただ難しくなっただけ」


O'Driscoll氏は、講演の締めくくりとして、過去のテクノロジーサイクルとの比較を示した。「Microsoftが、クライアント・サーバー/PC時代のOSを支配していたように、その上には何百ものクライアント・サーバー型アプリ企業が存在し、公開市場で優れた成果を上げた。同様に、AWSが、クラウドコンピューティングを支配していた上には、数多くのSaaS企業が公開市場で大きな成果を上げてきた」と振り返り、「今回も同じことが起きるだろうと考えている」と述べた。

基盤モデルの領域については、「OpenAI、Anthropic、Geminiによる2〜3社体制の寡占が続き、彼らは寡占的な利益を得るだろう」としつつも、「過去2回のサイクルと同様、その上にはソフトウェアの機会が数多く存在するはずだ」との見通しを示した。

そして、最後に、「だからこそ、私はソフトウェアは死んでいないと考えている。間違いなく難しくなったし、一筋縄ではいかないが、死んではいない。だから私はここにいて、良い投資案件を探している」と締めくくった。

688億ドルという巨額のAI設備投資と、それに見合わない110億ドルの現在収益というギャップは、今後数年にわたって投資家・経営者双方にとって重要な判断材料であり続けるだろう。基盤モデル企業とソフトウェア企業の間で「1兆ドル」がどのように配分されるのか――この問いへの答えは、依然としてオープンなままである。

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