ARK Investが答えたSpaceX IPOの疑問——軌道上データセンター・Starship・28兆ドルTAMを投資家目線で整理する
SpaceXのIPOが現実味を帯びる中、ARK Investのアナリスト、ターシャ・キーニー氏とダニエル・マクガイヤー氏が、SpaceXのS-1(上場申請書)を読み込み、投資家からの質問に答える形でその見解を公開した。
本記事では、そのセッションのエッセンスを整理し、SpaceXのビジネスモデル・競争優位・リスク・長期的な投資機会を解説する。
1. S-1が示す28兆ドルの市場機会
1-1. AIが最大の市場と位置づけられている
ARKの分析によれば、SpaceXがS-1に記載した総取引可能市場(TAM)は28.5兆ドルに上る。このうち26.5兆ドルがAI関連の機会だ。
「軌道上データセンター」がその中核に位置づけられており、地上でコンピュートをレンタルするよりも、自社モデルを持って推論サービスを提供する方が2〜3倍の収益性があるとARKは試算している。これがSpaceXによるXAI(イーロン・マスクのAI企業)の買収の背景にある論理でもある。
1-2. Starlinkの現在地——「バックアップ」から「メインストリーム」へ
Starlinkは、すでに1,000万人以上のアクティブ加入者を抱え、2023年からキャッシュフロー黒字の事業となっている。ARKは、Starlinkの接続性市場TAMを約1.6兆ドルと試算している。
現状では、Starlinkは、「地上のインフラが届かない場所での代替手段」という位置づけだが、ブルケースでは主要なインターネットトラフィックを担うメインストリームのインフラになる可能性があるとARKは見ている。山火事や緊急事態での実績が、その信頼性を裏付けている。
2. Starshipの重要性とライツの法則
2-1. 打ち上げコストを95%削減したFalcon 9
ARKが投資分析に活用する「ライツの法則(Wright's Law)」は、累積生産量が倍増するたびにコストが一定割合低下するという法則だ。ロケットの場合、軌道への投入質量(kg)の累積倍増に対して約17%のコスト低下が観測されてきた。
Falcon 9は、この法則に沿って2008年比で打ち上げコストを約95%削減し、現在は1kgあたり約1,000ドルとなっている。これがStarlinkの経済的成立を支えた基盤だ。
2-2. Starshipが実現する「次のコスト革命」
SpaceXが開発中の次世代ロケット・Starshipは、上段・下段ともに完全再利用を目指す世界初の試みだ。ARKの試算では、Starshipが完全再利用を実現した場合、打ち上げコストは現在の1kgあたり約1,000ドルから100ドル以下へと大幅に低下する可能性がある。
この約10倍のコスト低下こそが、軌道上データセンターを地上のデータセンターと経済的に競争可能にする前提条件だとARKは説明している。ARKの調査によれば、軌道コンピュートが地上に対してコスト競争力を持つ転換点は1kgあたり約300ドルとされており、さらにコストが100ドル以下まで低下した段階では地上比25%安になる可能性があるという。
3. SpaceXのリスク要因
3-1. Starshipの完全再利用は未達成
Starshipの最大のリスクは、上段ステージの再利用がまだ実証されていない点だ。大気圏再突入時の熱に対応するためのヒートタイルの開発が続いており、直近のフライトテストでは改善が確認されているが、商業運用に耐えられる再利用性の実証はこれからの課題だ。
3-2. チップ調達の問題
SpaceXは、独自チップ開発プロジェクト「Terafab」を進めているが、AIチップの需要逼迫の中で調達は容易ではない。同社はSpaceXとテスラを合わせて年間約1テラワット相当のコンピュートを必要とすると見ており、チップの内製化・調達確保は長期的な競争力を左右する要素だ。
3-3. 宇宙空間の放熱問題
地上でのGPU冷却に使われる水冷は、真空の宇宙空間では機能しない。宇宙では放熱板(ラジエーター)を使う必要があるが、これは重量(マスバジェット)を圧迫する。SpaceXは、高温でも動作できる独自チップの開発によってラジエーターの質量削減を図るとみられているが、現時点では詳細は明らかにされていない。
4. 競争優位——業界に対する10年のリード
4-1. 部分再利用で10年先行
SpaceXが軌道級ブースターの着陸・回収に初めて成功したのは2015年のことだ。最も近い競合のBlue Originが同等の技術を実現したのは2025年であり、ARKはSpaceXが業界に対して10年のリードを持つと見ている。
さらに重要なのは、SpaceXがこの部分再利用の段階でリードを持ちながら、完全再利用(Starship)へと進んでいるという点だ。Blue Originは、その「部分再利用」の段階でようやく追いついてきたところに、爆発事故が発生した。
4-2. 宇宙の機動物体の75%以上を支配
S-1において、SpaceXは宇宙における機動可能な物体の約75%以上を自社が占めていると開示している。昨年の軌道への投入質量(アップマス)においても、SpaceXは、全体の80%以上を占めており、中国を含む他のプレイヤーの多くは再利用不可能なロケットを使用しているため、コスト競争力に大きな差がある。
5. Blue Origin爆発の業界への波及効果
5-1. SpaceXへの依存がさらに高まる
Blue OriginのNew Glenn爆発は、宇宙産業全体に影響を及ぼした。New Glennは、NASAのアルテミス計画に関連する月面探査車輸送契約(約4億7,000万ドル)も抱えており、その打ち上げ能力の喪失はNASAのSpaceXへの依存度をさらに高める結果になりうる。
ARKは、「今後、他の衛星事業者の多くが打ち上げ能力と製造能力のミスマッチに直面しており、垂直統合型のSpaceXの価値が相対的に高まった」と分析している。
5-2. 打ち上げ台爆発が特に深刻な理由
「ロケットが宇宙で爆発するのと、打ち上げ台で爆発するのでは話が全然違う。打ち上げ台が機能しなければ、代替手段がない限りロケットを飛ばすことができない」とARKは説明する。Blue Originは、ケープカナベラルに現時点でNew Glenn専用の発射台を1基しか持っておらず、第2発射台の建設はまだ初期段階にある。
6. 長期的な展望——月・火星・小惑星採掘
6-1. 月面拠点と1テラワットの可能性
SpaceXは軌道上で年間100ギガワットのAIコンピュートを展開することを目標としているが、ARKはさらにその先を見据えている。月面上では重力が小さいため、地球から打ち上げる必要がなく、月の「マスドライバー」(電磁カタパルト)を使えば年間1テラワット規模の展開が理論上可能だという。
6-2. 火星・小惑星採掘はより長期的な話
火星への到達窓(約26ヶ月ごと)の観点では、2026年末が次のチャンスだが、ARKは軌道上AIの収益機会への集中を優先するため、実際の有人・貨物飛行は2030年代以降になる可能性が高いと見ている。小惑星採掘もARKは「中長期的には現実的なビジネス」と位置づけているが、具体的なタイムラインはまだ不透明だ。
まとめ:SpaceX IPOをどう見るか
ARK Investの分析を整理すると、SpaceXへの投資テーゼは以下の3層構造で理解できる。
近中期(〜2027年):Starlinkによる安定したキャッシュフロー創出とStarship V3の商業化。
中期(2028〜2030年代前半):軌道上データセンターの本格展開と、それを支えるStarshipの完全再利用実現。1ギガワットあたり150億ドル以上の収益ポテンシャルがある。
長期(2030年代以降):月面拠点、火星探査、小惑星採掘という宇宙経済の本格的な幕開け。
「IPOを一つのマイルストーンとして見つつ、5〜10年の時間軸で事業価値を評価する」というARKのスタンスは、SpaceXのような長期的な技術開発サイクルを持つ企業を評価する上での一つの指針となる。

