ASMLという「再現不可能な独占」——半導体の源流を押さえた企業のCEOが語る、AI時代の現実
あなたがAIを使うたびに、オランダの一社に依存している。
社名はASML。設立42年、従業員4万4,000人、年間研究開発費45億ユーロ(約7,000億円)。同社は、世界で最も先端的な半導体を製造するために不可欠な唯一の装置——EUV(極紫外線)露光装置——を作る企業だ。
この装置なくして、最先端のAIチップは存在しない。そしてこの装置を作れる企業は、地球上でASMLしかない。
2024年にCEOに就任したChristophe Fouquet氏が、ミルケン・インスティテュート・グローバル・カンファレンスに登壇する前日、メディアの取材に応じた。中国との地政学的リスク、ピーター・ティールが出資するライバルスタートアップ、輸出規制、そして「自分たちを脅かすものは何もない」という強い自信——その発言の全貌を整理する。
1. ASMLとは何か——「チップを作る機械を作る唯一の企業」
1-1. 時価総額5,300億ドルの欧州最大企業
ASMLは、オランダに本社を置き、半導体露光装置を専門に製造する企業だ。その中核技術がEUV(Extreme Ultraviolet Lithography:極紫外線リソグラフィ)であり、シリコンウェーハ上に数ナノメートル単位の微細パターンを刻み込む工程を可能にする。
この技術なくして、TSMC、Samsung、Intelのような企業が最先端チップを量産することはできない。そして、このEUV装置を製造できるのは、世界でASML一社だけだ。
その独占的地位が、ASMLを欧州で最も時価総額の高い企業へと押し上げている。現在の企業価値は、5,300億ドル(約80兆円)を超える。
1-2. 1台が学校の校舎ほど大きく、価格は400億円超
ASMLのEUV露光装置は、1台が「スクールバス程度の大きさ」と表現される。組み立てには数ヶ月を要し、数百社のサプライヤーが関与する。
価格は世代によって異なるが、標準的なEUV装置で約2億ドル(約300億円)、最新世代の「ハイNA EUV」では、3億5,000万ドル(約530億円)以上とされる。
「この価格は、最大の顧客でさえ時に躊躇させる」とFouquet氏は認めつつ、後述するように長期的なコスト効率の観点から正当性を主張している。
2. AI爆発でASMLに何が起きたか
2-1. 「AIの爆発的普及は予見していなかった」
Fouquet氏はインタビューの冒頭で率直に述べた。
「いいえ、全く予見していませんでした。ChatGPTは、AIが何をできるかを示した最初の優れた事例でした。そして、今、私たちはAIを産業的な革命だけでなく、社会的な革命として見ています。毎朝目が覚めると、これが本当に起きているのかを確認してしまうほどです」
この率直さは、ASMLの事業の特性を示している。同社は顧客の需要に応じて設備投資を行い、顧客が求めるものを作る——つまり、半導体業界の「下流」ではなく「上流」に位置している。
2-2. チップ不足は2〜5年続く可能性
AI需要の急拡大を受け、Microsoft、Meta、Amazon、Googleの4社だけで今年度のAIインフラ投資額は6,000億ドルを超えると報じられている。
この需要急増の最大のボトルネックは、チップの製造能力だ。Fouquet氏はこう説明する。
「現時点で最大のボトルネックはチップ製造にあります。ハイパースケーラーに聞けば、今後2〜3年、あるいは5年間でさえ、十分なチップが確保できないと答えるでしょう」
ASMLは顧客の需要を追う形で供給を増やそうとしているが、同社自身もサプライチェーン全体の能力増強が必要な局面にあると認識している。
3. ハイNA EUVとコスト論争——TSMCとの価格交渉の舞台裏
3-1. 「高い装置でも、ウェーハあたりのコストは下がる」
TSMC(台湾積体電路製造)は、近年、ASMLの最新世代「ハイNA EUV」装置の価格について懸念を示してきた。これに対し、Fouquet氏は明確に反論している。
「EUVシステムの価格を見れば、低NAシステムより高いのは事実です。しかし、このツールで先端層を製造するコストは20〜30%削減できます」
ここで重要なのは、「装置の価格」と「ウェーハ1枚あたりの製造コスト」を区別することだ。ハイNA EUV装置は1台あたり3億5,000万ドル以上と高価だが、より微細なパターンを一度に形成できるため、同等の機能を実現するのに必要な工程数が減り、1チップあたりの製造コストが下がるという論理だ。
3-2. 「2016年も同じ議論があった」
Fouquet氏は、今の議論が過去の繰り返しであることを強調した。
「2016〜2017年のプレスを見れば、同じ引用があります——低NA EUVは高すぎると。その後どうなったかは周知の通りです。ハイNA EUVでも同じことが起きると考えています」
事実、低NA EUV装置は当初「高すぎる」と批判されながら、現在では半導体製造の標準的なツールとなっており、価格も普及とともに受け入れられるようになった。
また、Fouquet氏は「今月か来月か」という短期的な議論には興味がないとも述べた。ハイNA EUVは10〜20年単位で設計された技術だという認識が根底にある。
4. ライバルの脅威——スタートアップと中国の動向
4-1. Substrate(ピーター・ティール出資)への見解
サンフランシスコを拠点とするスタートアップSubstrateは、ピーター・ティールの元側近が創業し、1億ドル超の調達と10億ドル超の評価額を掲げ、「対抗できるリソグラフィ装置を作る」と主張している。
Fouquet氏はこれに対して、冷静かつ論理的な反論を展開した。
「作りたいという意思と、実際に作ることとの間には、まだ大きな隔たりがあります。画像を作れることは出発点に過ぎない。それを高速・低コスト・大量・ナノメートル精度で行う必要があります」
ASMLがEUV装置を作れた理由として、Fouquet氏は、「80%はすでに存在していた技術に依存している」と述べる。そのうえで解決すべきだった「EUV光を作る問題」だけで20年かかったという。
「最初のEUV画像を撮ったのは30年前です。そこから製造システムに変えるのに、さらに20年の努力が必要でした」
4-2. xLight(政府支援レーザー企業)との関係
米国政府が一部支援するレーザー企業xLightは、ASMLのEUV装置のコア部品「光源(ソース)」に特化した代替技術を開発している。
Fouquet氏は、この企業については競合ではなく「可能性の一つ」として位置づけている。
「xLightは、私たちの装置の一要素に集中しています。私たちの光源は何年も拡張可能です。xLightの技術が性能またはコスト面で優位性を持つかどうかは、まだ結論が出ていません。私たちは彼らと協力して技術実証を支援しています。ただし、まだ非常に長い道のりが残っています」
4-3. 「中国にEUV装置は1台も存在しない」
中国の元ASML社員が、EUV技術を部分的に逆工学化したという報道について、Fouquet氏は明確に否定した。
「逆工学には、まず装置が必要です。中国にはEUV装置が1台もありません——私たちは一切輸出していない。輸出したすべての装置の所在は把握しています。稼働中のものは顧客のもとで追跡しており、廃棄されたものは回収しています」
さらに、輸出規制が導入された当初からASML社内でアクセス管理を徹底してきたと説明した。
「非常に早い段階で、EUV技術・文書・研修にアクセスできる人とできない人を完全に分離しました。中国チームはアクセス不可の側に位置しています」
Fouquet氏は、「中国でのEUV技術進展はほとんどない、あるいはまったくない」と断言した。ただし、「この事実を受け入れることが難しいのは、この技術へのアクセスがいかに重要かを人々が理解しているからだ」とも述べており、地政学的圧力が生む「誤認の拡散」に対して冷静な目線を持っている。
5. 輸出規制とJensen Huangの哲学——「世代差」という答え
5-1. Nvidia方式をASMLも採用
輸出規制に関して、Fouquet氏は、NvidiaのJensen Huang氏の主張に同意しつつ、具体的な比較を示した。
Huang氏は「企業は世界に販売すべきで、自国への税収を増やすべきだ。重要なのは最新技術を国内に近く置くことだ」と主張している。
Fouquet氏はこれについて、「彼はまったく正しい。そして、Nvidiaが実践していること——数世代前の製品を販売することで、ビジネスを継続しながら競争優位を渡さないバランスを見つける——は私たちも同様のアプローチを取るべきだと考えています」と述べた。
具体的な比較として:
Nvidiaは約8世代分のギャップを保って中国に販売
ASMLは現在、2〜3世代分のギャップ(中国に輸出できるのは2015年に初めて出荷した装置)
「ビジネスを全くしないことも、重大な機会損失も避けながら、適切なバランスを見つける余地がある」とFouquet氏は述べ、現状の輸出規制の設計に対して一定の改善余地があるという立場を示した。
5-2. 現政権との対話
Fouquet氏は、米国政府との対話については前向きに評価しつつも、課題の複雑さを率直に認めた。
「良い対話があります。ビジネスが何を必要とするかに対する真剣な理解があります。しかし、さまざまな声と利害のバランスを取る難しさは依然として存在します。少なくとも議論が行われていることは評価しています」
6. 独占の本質——「時間と知識の蓄積こそが最大の参入障壁」
6-1. 技術の再現は不可能に近い
Fouquet氏は、インタビューの最後を、自社の競争優位の本質についての言葉で締めくくった。
「人々は最高の技術を欲しがりますが、それを作るのに何が必要だったかを忘れがちです。ASMLだけでなく、サプライヤーを含めた何十年もの作業、さまざまな人たちが非常に難しい問題を解いてきた歴史——それが一社に集約されてリソグラフィの専門知識と結びつき、ようやく製造システムになりました。これは決して簡単ではない。そして、それが私たちの最大の防衛でもあります」
この言葉は、単なる自信の表れではなく、半導体産業の特性を正確に表している。
EUVリソグラフィは「知れば作れる」技術ではない。光学系、真空システム、精密アライメント、熱管理、ソフトウェア制御、数百社のサプライヤーとの連携——そのすべてを高い精度で組み合わせ、量産可能な製造システムに仕上げる能力が必要だ。そしてその能力は、数十年の実績と失敗の蓄積の上に成り立っている。

