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Wix CEOアヴィシャイ氏、時価総額28億ドルに私見 ― 「Base 44単体なら80億ドル規模の価値」

SaaS企業の株価が総じて伸び悩む、いわゆる「SaaSアポカリプス」が語られる中、Webサイト作成サービスを展開するWix(ウィックス)は、その渦中にある企業の一つだ。時価総額は、約28億ドルにとどまる一方、年間売上高は、21億ドルに達し、傘下のバイブコーディング(AIによる自然言語でのアプリ・業務システム開発)サービス「Base 44」は、年間経常収益(ARR)が1億5000万ドルを大きく上回るペースで急成長しているという。

この評価のギャップについて、Wix創業者でCEOのアヴィシャイ・アブラハミ氏が、ポッドキャストに出演し、率直に語った。同氏は、自ら「深夜5〜6時に就寝し、11時半に起床する」という独特な生活リズムを明かしつつ、限られた思考時間を経営判断に充てていると述べている。本稿では、その内容を基に、株式市場のAI評価軸や、Wix・Base 44の経営戦略、そして、経営者としての考え方について詳しく整理する。


1. 「市場はSaaS企業のAIリスクを正しく織り込めていない」


アブラハミ氏は、まず、SaaS企業全般の株価低迷について、市場がAIによる破壊的リスクを適切に評価できていない可能性を指摘した。同氏によれば、SaaS企業の株価下落の一部はすでに回復している。CrowdStrikeは、下落していない、Palo Alto Networksは上昇している、Boxも上昇しているといった例を挙げる一方で、Salesforce、ServiceNow、Figmaなどは依然として下落したままだと整理した。

1-1. Atlassianへの複雑な視線

興味深いのは、株価が回復した銘柄の一つとして挙げられたAtlassianに対する同氏自身の見方だ。アブラハミ氏は、Atlassianの長期株主でもあるが、同社の顧客の多くは、エンジニア・開発者であるため、いずれ自分たちでコードを書いて同社のチケット管理・ワークフローツールを代替してしまうのではないかという懸念を、今も拭いきれていないと明かした。実際には株価は回復しているにもかかわらず懸念が消えない、という自己矛盾めいた感覚を率直に語った形だ。同氏は、これを「両方向で見立てを外した」と自嘲気味に振り返っている。

2. Base 44単体なら「80億ドル規模の価値」との見立て


番組内で特に強調されたのが、バイブコーディングサービスBase 44の評価だ。Base 44は、前回発表時点でARRが1億4000万〜1億5000万ドルに達しており、同業のバイブコーディング企業と比較すると、市場が付ける倍率(マルチプル)は、はるかに高いとアブラハミ氏は指摘する。同氏は、Base 44を単独の企業として評価すれば、「80億ドル規模になってもおかしくない」という趣旨の見方を示した。しかし、現状のWix全体の時価総額はそれを下回っており、株式市場がこの価値をほとんど織り込めていない状態だという認識を示している。

もっとも同氏は、株式市場の値付けロジックを完全に否定しているわけではない。長期間にわたって企業を見続ければ、市場が「完全に間違っている時期」と「完全に正しい時期」を繰り返すサイクルがあることは理解しており、現在のサイクルがどこから来ているのかも把握しているとした上で、それでもなお一部の銘柄については強く異論があると述べている。

2-1. Salesforceの強みは「データへの信頼」

一方で、アブラハミ氏は、すべてのSaaS企業がAIによって代替されるわけではないとも強調した。例として、Salesforceを挙げ、同社の本質的な価値は、CRM機能そのものではなく、大手銀行や大企業が自社の顧客データを預けられるという「信頼」にあると説明する。JPモルガンのような企業が、自社の閉域環境(クローズドガーデン)の外で信頼を置く先はSalesforce以外にほぼ存在しないとし、この種の信頼関係は容易には代替されないとの見方を示した。マーケットプレイスなどの付随機能はあるものの、CRM機能自体が生み出す価値はごく一部にすぎず、単純なコード生成ツールでこの信頼を置き換えることは想像しにくいという。

3. バイブコーディングの限界 ― 「美容室の予約管理」実験


Wixは、自社のバイブコーディング技術がどこまで複雑な業務ロジックに対応できるかを検証するため、社内で実験を行ったという。まず、プロの開発者チームに1週間、美容室経営に必要な業務ロジックをBase 44で構築させたが、十分な成果は出なかった。その後、Wix本体の開発を担った、より経験豊富なチームに交代させて再挑戦したものの、2週間経っても完成には至らなかったとアブラハミ氏は明かした。

この経験を踏まえ、同氏は、近所のピザ店や美容室、建設業者のような小規模事業者が、自らコードを書いて配送管理やスケジューリング、スタッフ管理まですべてを構築する未来は、少なくとも当面は現実的ではないとの見立てを示した。

3-1. 顧客の「3つの選択肢」というフレームワーク

アブラハミ氏は、今後の顧客動向を3つのパターンに整理して説明している。

1つ目は、事業運営そのものに集中したいため、これまで通りWixのようなノーコード型サービスを使い続ける層。ピザ店の経営者は、ピザを作ることに集中したいのであって、システム構築に労力を割きたいわけではない、というのがその理由だ。

2つ目は、Base 44のようなバイブコーディングツールが自分の要望に合わせてカスタマイズしやすいと気づき、積極的に乗り換える層。

3つ目は、その中間で、案件によって、WixとBase 44を使い分ける層だ。アブラハミ氏は、今後5〜6年で最も現実的なシナリオはこの「中間」パターンだとの見通しを示している。仮に既存事業者の2割程度がバイブコーディングへ移行したとしても、市場全体(TAM)が縮小するわけではなく、その受け皿としてBase 44を自社で保有している点こそがWixにとっての強みだと位置づけている。

4. 自社開発のAIモデル ― コスト削減率は「1〜30%」


Base 44とWix本体のサイト生成機能では、汎用のフロンティアモデルではなく、自社でファインチューニングしたAIモデルを組み合わせて利用しているという。理由の一つは、学習データの質だ。ユーザーが、Base 44上でどこにつまずき、何を意図してどんな(誤った)プロンプトを書いているかという大量のデータを蓄積できるため、汎用モデルよりもBase 44の用途に特化した精度を出しやすいとアブラハミ氏は説明する。中国の詩に関する知識のような汎用モデルが持つ幅広い知識は必ずしも必要ではなく、「タスク管理アプリを作りたい」といった具体的な意図を正確に汲み取る能力にこそ強みを絞り込めるという。

Wix本体のサイト生成機能でも、すでに自社学習モデルを稼働させており、フロンティアモデルよりも高速・低コストでありながら、エラー率も低いとしている。顧客の反応を継続的にフィードバックとして取り込み、毎週のように再学習を回しているという。

4-1. コスト削減幅は「思ったより小さい」

コスト面については、他の起業家が、「オープンソースモデルを使えば14〜16倍安くなる」と発言していることに触れつつ、それは比較的シンプルなタスクの場合であり、Base 44のような複雑な用途では、自社モデルによるコスト削減率は、「1%から30%程度」にとどまるとの実数を明かした。複雑なタスクでは、5〜10%程度の削減にとどまるケースが多いという。この数字は聞き手の想定よりも小さかったようで、番組内でも驚きをもって受け止められている。

4-2. コスト最適化より「品質」優先の段階

現時点では、コスト最適化よりも品質向上を優先する段階にあるとアブラハミ氏は述べた。品質を20%向上できるならコストが20%増えても構わないという考え方だ。同氏は、この市場がまだ立ち上がったばかりであり、今はまず品質を高めるべき時期だとの認識を示している。なお、Base 44の数値については四半期決算のタイミングなど、資金調達時以外にも比較的頻繁に開示しているとした。

5. 資本配分の考え方 ― 自社株買いとM&A


Wixは、年間約4億ドルのフリーキャッシュフローを生み出しており、そのうち約2億ドルをBase 44への投資に充てているという。同社は直近で15億ドル規模の自社株買いを実施したが、アブラハミ氏は、そのタイミングについて「決して良いタイミングだったとは言えない」と率直に認めつつ、株式市場の短期的な反応よりも、3年後にこの判断が正しかったかどうかで評価されるべきだと述べた。同社は当時、大型買収を予定しておらず、手元資金を株価が低迷している局面で自社株買いに充てる判断をしたという経緯を説明している。

同氏は、自社株買いという手法自体について、企業が活用すべき優れたツールであり、多くの企業がむしろ活用不足だとの持論を展開した。従業員への株式報酬によって株式の希薄化が進みがちな中、自社株買いは株主全体への一種の還元策になるという考え方だ。

5-1. M&Aの障壁は資金ではなく「実行力」

M&Aについては、資金的な制約よりも実行面の難しさが課題だと説明した。Base 44は、もともと1人の創業者が立ち上げた会社で、Wixは、これを8000万ドルで買収した経緯がある。アブラハミ氏によれば、買収時点からすでに売上高はおおむね倍増し、現在は1億6000万ドル規模に達しているという。

買収の意思決定にあたっては取締役会からも多くの質問が寄せられたが、「なぜ1人の会社にそれほど高い金額を払うのか」という問いは出なかったとし、むしろ社内でのマーケティング体制の構築方法や、競合サービスとの差別化について踏み込んだ議論が交わされたと振り返った。同氏は、1人の創業者を中心とした会社を組織に統合する作業自体が想像以上に複雑であり、同様の買収を短期間で連続して実行することは容易ではないとも述べている。Wixは、来月、Base 44とは別の新製品を投入する予定もあるといい、現時点での経営課題は資金調達力ではなく実行力にあるとの認識を示した。

5-2. 株式報酬(SBC)への考え方

投資家の懸念として近年語られることが多い、株式報酬(ストックベースドコンペンセーション)の水準についても質問が及んだ。アブラハミ氏は、優秀な人材を獲得・維持するためには株式報酬という選択肢を避けて通れないとした上で、こうした株式インセンティブがテクノロジー企業に偏っている現状にはむしろ違和感を持っており、他業種の企業でも同様の仕組みが広がるべきだとの持論を述べた。

6. 組織と人材 ― カスタマーサポートAIの現実


Wix全体の従業員数は、約3500人で、最大部門は、カスタマーサポートだという。同社は、外部の対応AIサービスを複数試したが、いずれも十分な成果が出ず、最終的に自社開発のAIによる対応システムを構築するに至った。それでもなお完全な自動化には至っておらず、現状のサポート体制を数人規模まで縮小できる状況ではないとアブラハミ氏は述べている。同社は、192カ国でサービスを提供しており、対応言語・地域の広さがハードルの一因になっているという。同様の課題は他の企業でも見られ、外部の対応AIサービスを謳う企業の多くが、実際には裏側で人手による対応チームを厚く抱えているのではないかとの見方も語られた。

Base 44の従業員数は、現在約400人で、2年後には800人から1000人規模になり、その大半がエンジニアになるとの見通しを示した。

6-1. 人材流出への向き合い方

株価低迷に苦しむ他のSaaS企業のCEOたちから、優秀な人材の離職や社内の士気低下についての相談を受けることがあるとアブラハミ氏は明かした。同氏は、人材流出を完全に防ぐ「魔法の解決策」は存在せず、どの企業も一定の人材流出を経験するものだと述べた上で、重要なのは離職を防ぐことそのものではなく、残ってもらう人材の質を維持し続けることだと説明する。長年在籍する優秀な人材に慣れきってしまうと、それが「当たり前」ではないことを忘れがちになるとし、次の世代の優秀な人材を継続的に迎え入れる姿勢の重要性を強調した。

7. AIによる代替範囲についての見立て


7-1. 「今大学で学んでいたら怖い」

キャリアに関する質問に対し、アブラハミ氏は、もし自分が今大学生としてコンピューターサイエンスを学んでいたら、恐怖を感じるだろうと率直に語った。カリキュラムの改訂には、数年単位の時間がかかる一方で、AIの進化はそれよりもはるかに速いためだ。

一方で、この1年で自身の考え方が変わった点として、AIが人間の仕事を置き換えるスピードについて、当初想定していたよりも時間がかかりそうだという見方を挙げた。同氏は、汎用人工知能(AGI)の定義自体が、実際に大きな課題を解けないまま、都合よく緩められているのではないかという疑問も呈している。現状のAIモデルは推論そのものよりも、データの収集と再構成を得意とする段階にとどまっているとの見立てだ。

7-2. 法律分野と医療リサーチでの明暗

同氏は、テキスト中心の業務であるほどAIの活用余地が大きいとの考えを示し、法律分野を好例として挙げた。膨大な量の判例・法的文書が存在する法律分野は、AIが力を発揮しやすい領域だという。同氏が出資する法律AIサービス「Lagora」にも言及しつつ、コーディング分野で見られたような生産性の急拡大が、法律のような隣接分野でも同様に起きるかどうかが重要な論点になるとの見方を示した。

一方で、医師がリサーチ目的でLLM(大規模言語モデル)を使う場面には強い懸念を示した。AIモデルは出典を十分に検証しないまま回答を生成することがあり、Reddit上の書き込みと、権威ある学術誌「Nature」に掲載された研究が、モデルの中では同等の重みで扱われかねないと指摘する。他方で、診断そのものに関しては、AIが人間の医師を上回る精度を示す事例もあるとし、自身が出資するヘルステック企業「K Health」が多くの医師よりも高い診断精度を実証している点にも触れた。リサーチと診断とでは、AIの適性が大きく異なるという整理だ。

7-3. フロンティアモデルの適用範囲

天体物理学や分子生物学のような極めて複雑な科学分野の研究について、アブラハミ氏は、現行の大規模言語モデル単体でシミュレーションを実行する能力は備えていないとの見方を示した。この領域では、DeepMindのように専用のモデル・アーキテクチャを組み合わせる必要があり、汎用モデルの提供企業がそのまま参入するのは容易ではないとしつつ、Isomorphic LabsやLatent Labs、Chai Discoveryのように高度に特化した企業が今後この領域を担っていく可能性には同意を示した。

8. 経営哲学 ― 「選んでここにいる」という力


番組後半では、経営者としての心構えについても語られた。アブラハミ氏は、株価や市場からの評価に一喜一憂しない理由として、「自分がここにいるのは自ら選んだ結果であり、他の誰かに強制されているわけではない」という感覚を挙げている。コスタリカのビーチで過ごす人生も選べたはずなのに、あえてこの状況を選んでいるという自覚こそが、大きな力の源になるという考え方だ。

8-1. 逆境への向き合い方

市場の混乱や逆風にどう向き合うべきかという問いに対しては、まず「いずれ何かしらの困難は必ず訪れる」という前提を受け入れることが重要だと述べた。新型コロナウイルスの流行や戦争、株式市場の暴落のように、予兆なく訪れる出来事は避けられないという。その上で重要なのは、「自分は今できる最善を尽くしているか」という自問に対して、正直にイエスと答えられるかどうかだとし、瞑想やNLP(神経言語プログラミング)を実践している点も明かした。

8-2. 最大の関心事は「実行力」

現在最も懸念している経営課題を問われると、アブラハミ氏は、迷わず「実行力」を挙げた。良い計画やアイデアがあっても、それをチームとして高い効率で実行し、より大きな目標に向けて組織をどう動かすかが常に最大の課題だという。

8-3. 最も尊敬する競合はFigma

競合企業の中で最も評価しているのはどこかという質問に対し、アブラハミ氏は、Figmaの名を挙げた。デザインツールとして市場を深く理解し、高い製品品質を実現している点に強い敬意を示し、社内デザイナーたちがFigmaに熱狂している様子にも触れた。直接の競合関係にはないものの、プロダクトそのものへの称賛という文脈での発言だ。

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