見出し画像

みんなをほめて幸せになってもらう。その後で自分も幸せになりたい。|Twitterスペースやってみた

どうも、プロレスとか役者さんポートレートを撮っているたかはしです。

先日、Twitterスペースを使って愚痴った話を記事にしました。

この時は比較的無計画で、かつネガティブな話題を取り上げてしまい、私の中にしこりを残したまま、1週間過ごしておりました。
そのままではアカン、というわけで泣きの一回、企画を立ててスペースを開催しました。

プロレス写真をほめる会
略して #プ写ほめ

今回は、スペースで話した内容とその補足、企画の背景について。

企画の背景

冒頭で述べた「ネガティブに終わった」という後悔もあったのですが、もう一個このテーマを選んだ理由がありまして。
note記事にもした、「写真を褒める会」の体験を、プロレス写真界隈にも輸入したいという思いです。

この会に参加した当時、自分のポートレートが見てもらえないことで悩んでいまして。
直前で取れた物語性のある写真をピックアップしてもらって、私の意図を汲んでくださった上で褒めてもらったのが凄くうれしかったのです。

話を現在に戻して。
スペースを開催するうえで、2回目は企画を練って、構成を組んで、コンセプト込みでやろうと決めていました。
いくつかテーマの候補はあったのですが、褒める会での体験を提供できる参加型の企画がいいだろうと思い、輸入することに。

ちなみに許可は取ってないので、密輸入です…

バリバリに緊張した本番

企画を発表して、実際に写真を募集しました。
今回は事前にハッシュタグを付けて投稿してもらって、当日紹介をする形式にしてました。

当初の想定では、1投稿3分の紹介で20投稿拾えば、だいたい1時間になるかなと思ってました。
発表直後は投稿が少なく中止も考えていましたが、だんだんと増えていき…
最終的に、スペース開始後にも追加で来る量も考えると20投稿を超えるペースで集まっていました。

あとはどれくらいの人が聞きに来てくれるか分からなかった点も不安材料でした。
しかし、いつもお世話になっている方々は多くのフォロワーさんを抱えていらっしゃるので、そこそこ集まるだろうという目算、そのプレッシャー、という狭間にいました。

開始5分前。
もはや祈りを捧げてしまうほどバキバキに緊張。
発する言葉は動揺。
震える手は大暴走。

しかし救世主登場。
ダイソンさんいなかったら失敗に終わっていたかも…
お陰様で滞りなく進行でき、計23投稿を紹介しきりました。
何より私が想定していたよりもご好評いただき、やってよかったなと。

あとは会を終えてスッキリしてました。
自分の殻に閉じこもっていた人間が、苦手とする声出しをして、計画に沿って事を終えられたこと。
クリエイターの端くれとして、100人超を巻き込んだ企画をできたこと。
2日後の朝まで続く疲労感と共に、圧倒的な充実感を味わっていました。

そして私のモットーである、「外から見た時にはシンプルに見えるけど、裏ではシンプルに見せる工夫を見えないように施す」が少し達成できたことが個人的に大きかったです。
楽しむときはシンプルに、見える人には深く映ってくれたら、それがベストです。

ほめる会の今後

今後ですが、そこそこ好評いただいたので、第2回の開催を考えております。
しかしタイトルはちょっと変えて。

プロレス写真を”ほめ合う"会2
#プ写ほめ2

みなさんにも参加してもらいたいもので。
でも継続だからナンバリングはして。

開催日程は未定ですが、少しだけ間をあけて行う予定です。
早くて6月10日(金)、もうすこし間をあけるかも。
高頻度でやってもガス欠するので。

あとは、写真に限らず色々考えているので、どこかで挟みたいなと。
たとえば
・プロレスイラストをほめ合う会(プ絵ほめ)
・推しを2ツイートで語れ
・試合外フォト自慢(売店とかセコンドとかイベントとか)
みたいな。

プ絵ほめは、私にイラストの知識が無いしコネも無いもんで、誰かに託すか、ゲストスピーカーとして来てもらうかしないと…
アイデアだけ先行する人間ですので、ツッコミ入れてくれる方いると助かるなと日々思ってます。

本編はここまで。
以下はおまけです。
とてもクサい話が長々続くので、苦手な方は戻るボタンを…



―――――――――――

紹介終了後の一人語りと補足

会の終了後に一人語りをしました。
しかし時間が押していて、頭が暴走していたこともあり、台本をカットしながら喋ってました。
ここで補足をば。

孤独感へのフォロー

ポートレート撮影で、孤独感を味わうことが多くて。
友達ではないとは分かっていつつ、モデルさんとは撮って撮られての関係で終わることばかりで。
自分から誘ったり声を掛けないと何も始まらなくて。
そしてカメラマン仲間も作れてなくて、ずっとぼっちで独学なのです。

プロレスも金銭的な問題で行けておらず、疎外感を覚えることが増えています。
脳内の自分が(頻度高く行けてない人間が何言っても説得力ないで)と語りかけてきて、ちょっと寂しいなと。

本心を言えば。
自分の下手さに打ちひしがれて、周囲がとんでもない早さで評価を獲得して行って焦り、常に孤独を味わって、毎日〇にたいなんて考える。
たかが趣味のはずなのに、強烈な義務感と焦燥感に駆られる日々。
止まったらお終いだ、常に何か始めて継続して、そして戦略的に行動せねば、なんて普通の人は思わないんですよ。

味わなくてもいい孤独、程度の著しい自己否定、それらは回避した方がいいと思って。
もしほめる会を通じて、見てもらえないとか、1人で頑張ってるとか、孤独感を覚えている人、自分のやり方に疑問を抱いている人を救う手助けになるなら、と思ってます。

写真という趣味

写真って、基本的に一人で楽しむ趣味です。
人によってはカメラ仲間を作っていますが、どうしてもコミュ力に依存する面が大きいです。
うまくなりたいなら、メンターや師匠の獲得、仲間を増やすなど、コミュ力が必要という構造が存在しています。

また、中級者になった時に頼れる教材というのが、誰かからフィードバックをもらうことだと思っています。
「○○をしたら上級者になれる」みたいな普遍的な要素が見つかっておらず、個別に指導するのが一番手っ取り早いので、どうしても大枚はたいてコネつくって教えを乞うしかない。

でも今この瞬間を楽しめるようにしたらええんちゃうん?と。
互助的にフィードバックしあうとかイイね。
そんなかんじ。

プロレス写真の速報性と作品性

プロレス写真って、そのコンテンツの価値の大部分が速報性で構成されています。
作品性はもちろんありますが、どこか付加価値的な位置づけで、速報性が失われた過去の写真が評価されづらい環境です。

つまるところ、その写真の”情報”が第一に見られるわけで。
撮った方の思いや、作品の作為性が伝わりにくいんじゃないかなと。

そこで、写真を撮っている”人”が評価される場の必要性を感じていました。
んで、無ければ自分で作るしかないと。

名声を欠くのは、単に無名という事であり、現実に何かが失われるわけではない

ショーペンハウアー「幸福について」 鈴木芳子・訳 光文社古典新訳文庫
p.108 より引用

知られていないだけの、評価されるべき人にスポットライトを当てる場を作ろうじゃないか。
そう思い立ち、密輸入を企みました。

波及を楽しみたい

結果として、Twitterスペースのはしりの一端を担えたかなと。
次は他の人にもアクションを起こしてもらうほどの刺激を与えたいですね。

何より、褒める会は私のアイデアではないです。
しかし著作権とか商標とか、そういうのもない。
だから他の人も軽率に褒めて欲しいのです。

私自身は、この1年半で「とりあえず始めてみる」を繰り返した結果、そのハードルに対する頭のネジがぶっ飛んだので、うまく見積もれないですが。
他の誰かの頭のネジぶっ飛ばしたい。
むしろ飛べ。

コミュニティのビジネス化について

Twitterでもサークル機能が出てきたり、有料スペース機能が実装されたり。
はたまた、サロン的な著名人を囲むビジネスから、みんなで繋がろうというコミュニティビジネスへブームが移っていたり。

プロこじさんのヒット具合を見るに、どこかのタイミングでプロレス界隈にもコミュニティビジネスが来るのではと予想しています。
個人事業主だったり、営利団体であったりの主宰で。

選手間でもフリーの方が力を付けて自主興行してたりしますし。
今までの「団体のファンクラブ」を縦とするなら、団体の垣根を超えた横の繋がりを提供するビジネスも、選手の流れと同様に出来上がると思うのです。
しかしそれだと会費がかかる。
褒め合うだけなら無料だし、ファン同士楽しめればええやんのスタンスでやりたい気持ちがあります。

救ってほしい人が、救われやすい人とは限らない

関東圏にお住まいの方、特に都内へ出かける方。
赤いベストを着て雑誌を売っているおじさんを見かけたことはありますでしょうか。
私は一昨年あたりまで認知しておりませんでした。

彼らが売っているのは雑誌「The Big Issue」。
ビッグイシュー基金という団体がホームレスの自立支援を目的に、販売をホームレスの方へ依頼、販売金額の50%を販売者のマージンにしています。
ホームレスから就労する上での最大の難点である”住所がない”という課題を解決する取り組みです。

しかし彼らから雑誌を買う方は僅か。
隣で募金を呼び掛けている他の団体に持っていかれてしまいます。
他の団体が悪だとは思っていませんが、姿の見えない誰かへの支援と、目の前にいる助けが必要な人への支援、とを考えて前者が優先されてしまうのが現実です。

ホームレスと聞くと、汚いとか怖いとか、私含めどこかで思ってしまうものです。
ほかの誰かが優先されるのは、彼らは助けを求めたとしても、助けられやすい人ではないから。
そんな人はホームレスに限らず、日常やSNSにもいるのかもしれない、そう思っています。

自分を赦すための行動

上述しましたが、何か行動を起こし続けていないと自我を保てないのです。
自分が赦せないというか。

写真を撮って評価を貰うことも可能なのですが、いかんせんトップを目指せる人間ではありません。
ましてや撮った写真の評価は、私自身の評価ではありませんし。

だからこそ、誰かに胸張って誇れる活動をして、結果的に自分を赦せるようになりたいと思っています。
その活動自体は誰かのために、そのアクションを起こしたことは自分の評価に。

歌手のadoさんがおっしゃってました。
「みんなが幸せになってから、私は幸せになりたいなって思いますね」
暗い女ね~とマツコさんに突っ込まれてましたが、私もそういう生き方をする人間なのかもしれないと。

今年で齢30を迎えます。
これまでの人生で、誰かに誇れることをしてきたのか、見直すためにも今は走り続けようとおもう5月なのでした。


―――――――――――


それでは!

こちらもどうぞ


いいなと思ったら応援しよう!

たかはしあさぎ ご覧いただきありがとうございます! サポート頂きましたら、役者さんのコーヒー代、撮影機材への投資、資料購入費として使わせていただきます🙏

この記事が参加している募集