【聖なる経済学】 お金の力
訳者コメント:
情け容赦ない地球の破壊を、裏で操っている者たちがいる。この世界を支配する陰謀と見えるものが、実は利子に基づく「お金の力」であるということを、ここでは主張します。陰謀論が間違いだというのは半面の真実で、そこには神話としての真実が含まれているのだと、チャールズは別のエッセイで書いています。
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お金の力
今日存在する無数の形の財産には、共通する決定的な特徴が一つあります。それは、すべてお金で売買できるものだということです。すべてがお金と同等なのは、お金を所有する者が、他のあらゆる形の資本とそれに伴う生産力を所有できるからです。そして、これらの形はすべて、共有地から生まれ、かつては誰にも所有されていなかったものが、最終的には共有地から剥奪されて財産となったことを、忘れてはなりません。土地に起こったのと同じことが他のあらゆるものにも起こり、富と権力が所有者の手に集中する結果となりました。初期キリスト教の教父や、プルードン、マルクス、ジョージが知っていたように、他人の財産を奪い、その使用料を支払わせることは不道徳です。しかし、土地の賃料やお金の利息を請求するたび、まさにそのようなことが起こっているのです。したがって、世界のほぼすべての宗教が高利貸しを禁じているのは偶然ではありません。所有以前に存在していたものを、誰かが所有するだけで利益を得るべきではありません。そして、今日のお金は、所有以前に存在していたすべてのものの具現化であり、財産の本質を凝縮したものです。
しかし、本書で私が提唱し説明する反利子貨幣制度は、単なる道徳観に基づくものではありません。利子は単なる犯罪の収益ではなく、ましてや既に犯した犯罪から得られる継続的な収入以上のものです。それはまた、継続的な略奪の原動力であり、私たちの意図がどれほど善意に満ちていようとも、地球の資源を搾取する行為に、望むと望まざるに関わらず、私たち全員を巻き込む力なのです。
私のこれまでの旅の中で、まずは内省の旅、そして講演家や作家としての活動を通して、私がしばしば遭遇したのは、世界を食い尽くすマシーンがあらゆるところに存在することと、そこへの参加を避けるのはほとんど不可能であることから生じる、深い苦悩と無力感でした。何百万もの例から一つを挙げれば、ウォルマートやアマゾンに憤慨する人々も、そこで買うことを止めず、あるいは同じようにグローバルな略奪の連鎖の一部である他の店で買い物を続けます。その理由は、彼らには倍の値段を払う余裕も、それなしで済ます余裕もないと感じているからです。私の家の電力は、山頂を切り崩して掘り出された石炭で作られるのではないですか。私が今使っているコンピュータは大地から容赦なく奪い取られた鉱物とプラスチックからできているのではないですか。私は世界を食い尽くすマシーンへの参加を最小限に抑えることはできますが、完全に避けることはできません。人々は社会に生きること自体が世界の悪に加担することだと気づくと、完全に孤立し自給自足のインテンショナル・コミュニティ(目的共同体)を求める時期を経ることがよくあります。しかしローマが燃えている時に、そんなことをして何の役に立つでしょうか。地球を圧倒している汚染にあなたが少しでも加担していないとして、だからどうだというのでしょう。汚染は急速に進行します。森に住んで根菜やベリーを食べようと、郊外に住んでカリフォルニアからトラックで運ばれてきた食べ物を食べようと、それは同じです[9]。社会の罪から個人的に免責されたいという願望は、4千平方フィート〔約370平米〕の家にソーラーパネルを設置するような、一種の呪物崇拝です。
その衝動自体は称賛に値するものの、ウォルマートのボイコット運動や医療、教育、政治などあらゆる分野の改革運動が、すぐに無駄な努力に終わるのは、お金の力に阻まれるからです。何か影響を与えることだけでも、まるで流れに逆らって泳ぐような苦痛に満ちていて、ようやく一息ついたと思ったら、また新たな憤りや恐怖が私たちを襲い、自然やコミュニティ、健康、魂が次から次へと、お金のために奪われていくのです。
では、この「お金の力」とは一体何なのでしょうか。時々そう思うかもしれませんが、銀行家たちの邪悪な陰謀団が、ビルダーバーグ会議や三極委員会など、「イルミナティ」の手先を通じて世界を支配しているのではありません。私は旅や書簡のやり取りの中で、デビッド・アイクなどの著書を読んだ人に出会うことがあります。それらの本は、「新世界秩序」を目指す古代からの全世界的陰謀を説得力をもって主張していて、ピラミッドの頂上にある「万物を見通す目」を象徴とし、あらゆる政府や機関を支配し、裏で操っているのは権力欲に飢えた少数の秘密の怪物たちで、ロスチャイルド家やロックフェラー家さえも操り人形にしているというのです。この問題の本質を理解できないとしたら、私はよほど世間知らずか、無知なのに違いありません。
確かに私は世間知らずだと自覚していますが、無知ではありません。この手の資料を数多く読んできましたが、満足のいく結論には至っていません。間違いなく、アメリカ同時多発テロ事件やケネディ暗殺事件のような出来事には、これまで語られてきた以上に多くの側面があり、金融業界、組織犯罪、そして政治権力が密接に結びついていることは明らかですが、私に分かったのは、一般的に言って、陰謀論は人間が複雑なシステムをうまく管理・制御できる能力について過大評価しすぎていることです。確かに何か不可解なことが起こっており、アイクのような人々が引用する「偶然の一致」は従来の解釈では説明できませんが、少し形而上学的な考察を許していただければ、ここで起こっていることは、突き詰めれば私たちの根深いイデオロギーや信念体系と、それらが作る無意識の影が、共時性のマトリックスを生み出し、それが陰謀のように見えるということだと私は考えています。実際には、これは首謀者なき陰謀なのです。誰もが操り人形ですが、人形遣いはどこにもいないのです。
さらに、通常は反証不可能な陰謀論がもつ魅力は、経験的なのと同じくらい心理的なものです。陰謀論に暗い魅力があるのは、私たちの根源的な怒りに訴えかけ、それを向けるべき対象、非難すべき対象、憎むべき対象を名指しにするからです。残念ながら、多くの革命家が寡頭政治家を倒したときに気づいたように、私たちの憎しみは的外れなのです。真の犯人は、はるかに深く、はるかに広範囲に及んでいます。それは人間の意識的な営みを超越しており、銀行家や寡頭政治家でさえその支配下にあります。真の犯人は、空飛ぶ円盤から世界を支配する異星人の支配者だ。というのは冗談です[10]。真の犯人、舞台裏からエリートを操る真の人形遣いは、貨幣制度そのものです。それは、信用に基づき利子を原動力とする制度であり、古代から高まる分断の潮流から生まれ、競争、二極化、強欲を生み出し、それが際限ない指数関数的成長を強いているのです。そして最も重要なのは、その成長の燃料となる社会、自然、文化、魂の資本が枯渇するにつれ、私たちの時代に終焉を迎えつつあるということです。
次の数章では、この過程と利子の力学について説明し、現在の経済危機を数世紀にわたる潮流の集大成として捉え直します。この理解をもとに、私たちは単に新たな貨幣制度をどうすれば作れるかということではなく、今日私たちが目にしている貨幣システムとは正反対の効果を持つ、新しい「種類」の貨幣制度をどのように構築できるかを、より深く理解できるようになります。それは、強欲ではなく分かち合い、二極化ではなく平等、共有財の略奪ではなく豊かさ、そして成長ではなく持続可能性をもたらす貨幣制度です。さらに、この新しい種類の貨幣制度が具体化するものは、は、今ここに起こりつつある深い変化、つまり、つながり合う自己へと向かう、贈与の輪の中で全ての存在と結びついた、人間の自己観の変化です。貨幣がこの〈再合一〉、この〈大転換〉の一部となるなら、「聖なる」貨幣と呼ばれるに値することは間違いありません。
注:
9. それでも、人々が世界の破壊への加担を減らそうと努力していることは、儀式というレベルで非常に重要です。儀式とは、現実世界に影響を与えるために象徴を操作することであり、お金でさえ儀式の道具なので、大きな実際的な力を持っています。なので、私の言葉によってウォルマートのボイコットを思いとどまらないでください。より深い議論については、できれば本書の第8章を読んだ後、私のエッセイ「愛する地球への儀式」をオンラインでご覧ください。
10. まあ、完全にそうとも言えません。悪意ある支配の根源を地球外生命体や悪魔的存在に転嫁することは、妥当な洞察を内包しています。つまり、私たちの世界の悪の根源は人間の意識的な営みを超えているということです。人形使いはいますが、それは人間ではなく、システムやイデオロギーです。地球外生命体については、「それを信じるか」という質問に答えるのは難しいと感じています。それが「存在する」かどうかという質問には、間違った存在論的な前提が密かに持ち込まれているかもしれず、特に物事が客観的に存在するか否かという客観的な背景が存在することを前提としているかもしれません。なので、私はたいてい「信じます」と答えます。
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原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-5-the-corpse-of-the-commons/
