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3歳の息子に教えられた、「人が動く瞬間」について|こどもの教え①

これまで、組織で人が動かない理由を、
「能力がないから」や「意識が低いから」などと言われる度に、強い違和感が残りました。

今朝、3歳の息子とのやり取りの中で、
その違和感の正体が、少し見えた気がします。



朝の出来事

今朝、その日記を書いていると、
律人(りと、3歳の息子)が聞いてきました。

「それなに?」

少し考えて、こう答えました。

「パパって元気ないときあるでしょ?
だから、毎日“今日は何点”って書いてるの。
で、元気なくなったときに読み返すと、
“あ、この日にこういうことがあったから、元気なかったんだ”ってわかることがあるの。
だから、元気のヒント集めみたいな感じ」

律人は、少し考えて、

「りともパパみたいの書く!」

と笑顔で言いました。


ここで、少し引っかかりを覚えました。

僕が日記を書いているのは、律人も前から見ています。
むしろ一緒に、「りとの分」と言って、妄想日記のようなものを書いたこともあります。

つまり、知らなかったわけではないんです。
だけど、今日初めて「やりたい」になりました。


実際に起きていたこと

この違いは何なのか。
たぶん、それまで律人にとって日記は、

「パパがやっている、よくわからないこと」

だったんだと思います。

つまり、律人にとって、
あの日記には「意味」がなかった

でも今朝は、

・なぜそれをやっているのか
・それによって何がわかるのか
・それが自分にどう役立つのか

という、「意味」を共有できました。
その瞬間、

なるほど(腹落ち)
→いいじゃん(内発化)
→やりたい(行動変容)

に変わったように見えました。


考えてみると

律人は「日記を書く」という行為自体は、すでに知っていました。

ただ、それは「意味がない」行動でした。

そこに、「自分を知るヒントになる」という意味が乗った。

すると、バラバラだった理解がつながって、自分の「やりたいこと」になった。


これは、仕事でも起き得ることのように思います。

みんな何をやるべきか、なんとなくわかっている。
やり方を知らないわけじゃない。
それでも、動かない。

そんなとき、
組織に必要なのは、知識やスキルよりも、

「その仕事には、どんな意味があるのか」

を語り合うことなのかも。

もちろん現実はより複雑ですが、僕はそう思っています。



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