3歳の息子に教わった、人は「理由」があって動いていること|こどもの教え④
仕事をしていると、ときどき人の行動がわからなくなります。
なぜ、同じミスを繰り返すのか
なぜ、同じやり方にこだわるのか。
なぜ、そんな強気なのか。
外から見ていると、つい簡単に思ってしまいます。
「この人はわかってない」「他人の話を聞く気がない」「やる気がない」
けど、今日3歳の息子とのやり取りの中で、その違和感の正体が少し見えたような気がしました。
今日の出来事
GWを使って、家族で名古屋へ行きました。
一日遊んだ日の夕方、ホテルに向かって歩いていると、律人(りと、3歳の息子)がふいに言いました。
「急行だったから、あの駅にはとまらないと思ったから、すごく通りすぎちゃったの」
一瞬、何の話かわからなかったけど、すぐに思い当たりました。
その日の午前中、「リニア・鉄道館」でやった、電車の運転シミュレーターの話でした。
その運転シミュレーターは、いかに駅の停車位置にピッタリ止められるか、というゲームでした。
最初の駅は、ママも一緒に操作して、なんとか停車位置の近くで止まることができました。
次に出てきた駅は、律人に操作してもらいました。
すると、電車はそのまま駅を通り過ぎてしまいました。
そのとき、僕は単純にこう思っていました。
まだルールがわかってなかったんだろう。
ブレーキのタイミングが難しかったのかな。
3歳だし、そりゃそうか。
ところが夕方になって、律人はその「通り過ぎた駅」の話をしたのです。
「急行だったから、あの駅にはとまらないと思ったから、すごく通りすぎちゃったの」
僕には失敗に見えていたことが、本人の中で「正しい理由」がありました。
実際に起きていたこと
僕が見ていたのは、「駅を通り過ぎた」という結果だけでした。
でも、律人の中では違いました。
あの電車は急行だった。
→だから、2つめの駅には止まらないはず。
→だから、ブレーキをかけなかった。
僕は、「止まれなかった」のだと思っていました。
でも律人は、「止まるべきじゃない」と判断して、選んでいました。
考えてみると
人の行動について、僕たちは結果だけを見ているのかもしれません。
同じやり方にこだわる。
同じミスを繰り返す。
その場しのぎで済ます。
でも、相手は別の景色を見ていることがあります。
このやり方が一番安全だと思っている。
そもそも、ミスをしていないと思っている。
むしろ、こちらの発言が場当たり的に見えている。
外から見れば不思議に思える行動でも、本人には「正しい理由」がある。
もちろん今日の出来事は、本当にその瞬間に、律人がそう考えたかはわかりません。
それでも、仮に後付けの言い訳だったとしても、本人が納得さえすれば、彼の中では充分「正しい理由」になるのだと思います。
人は、その人が見ている景色の中で、正しく走っています。
だから、なにかチグハグに感じた時は、相手が「止まれなかった」と決めつけず、
相手はどんな「止まるべきじゃない」景色を走っているのか、
すこし想像したいと思いました。
