周辺は落ちるし、ピントも自分で合わせる。それでも夏はこのレンズになる
週末は、Zfにフォクトレンダーのノクトン クラシック 40mm F1.4、そのシングルコートを付けたまま過ごしていた。
正確に言うと、付け替えるつもりがなかった。朝に付けて、そのまま夜まで。撮影の予定があったわけでもなくて、ただ夏の土日を、このレンズ一本で歩いていた。
冷静に考えると、便利なレンズではない。
周辺は落ちる。開放で撮れば四隅がすっと暗くなる。ピントは自分で合わせるので、子どもがこちらに走ってくるような場面ではまず間に合わない。純正のZ 40mm f/2と比べると、ほんの少しだけずしっとする。軽さと確実さで選ぶなら、迷わず純正のほうだ。
それなのに、この夏はこのレンズばかり付けている。

便利ではないほうを、選んでいる
Zfについては、少し前に使い込むほど好きになる、という話を書いた。傷や擦れが増えるほど手に馴染んでくる感覚のことで、あれを書いたあたりから、道具をスペックで見る癖が少し抜けた気がしている。
このレンズも、たぶん同じ側にある。速くないし、便利でもない。それでも手放す理由が見つからない。
このレンズ単体については、別の角度からも書いている。
そのときは「長く使えて、安い」という話をした。今回書きたいのはもう少し手前の、なぜ夏になるとこれを付けてしまうのか、という話だ。

夏の光と、シングルコート
シングルコートは、強い光に弱い。逆光気味の場面ではコントラストがすっと下がって、画面全体が白っぽく滲む。現代のレンズの基準で言えば、これは欠点になる。
でも夏の日中は、そもそも光が強すぎる。アスファルトの照り返し、木漏れ日、夕方の逆光。マルチコートのレンズできっちり抑え込むと、目で見た印象より整理された絵になることがある。
このレンズは、その強すぎる光を素直に受け止めて、少し滲ませて返してくる。ノスタルジックというか、フィルムライクというか。まさに、そういう絵が出る。
周辺減光も同じで、欠点として数えれば欠点なのだけれど、夏の光の下だと真ん中だけがふわっと明るく残る。写真の中に、視線の行き先ができる。
欠点を我慢しているというより、夏はその欠点のほうが合っている、という感覚に近い。
開放でバシバシ撮って、少し外す
夏は開放で撮るのが楽しい。
しかも、きっちり合わせにいかないほうが楽しい。少しアウトフォーカス気味に、ピントの山をわざと外し気味に置いて、バシバシ撮っていく。マニュアルフォーカスだから「外れた」のではなく、自分で外している。この感覚は、AFのレンズでは味わえない。
この夏は、暑さのせいで撮る回数そのものが減っている。それなのに、このレンズを付けている週末だけは、なぜか外に出ている。
暑いのが平気になったのではなくて、撮りたい絵のほうが先に頭に浮かんでいる、ということなんだと思う。

一仕事ある、というところ
とはいえ、マニュアルフォーカスはやっぱり一仕事だ。
構えて、リングを回して、ピントの山を探す。慣れていても数秒はかかる。その数秒で、目の前の場面が終わってしまうこともある。AFなら確実に撮れていた写真というのは、間違いなく何枚もある。
それでも、あまり悔しく思っていない。
理由を考えてみると、たぶん、その数秒のあいだに「自分はいま何を撮ろうとしているのか」を一度通っているからだと思う。押せば写るカメラだと、その工程が省略される。省略できるのは本来ありがたいことなのだけれど、休みの日にまでそこを効率化したいかというと、そうでもない。
仕事のほうは、細かい判断を速く積み上げていく毎日だ。だから週末くらいは、遅い動作がひとつ挟まっているほうが、かえって落ち着く。
手間があるレンズを「味がある」と言ってしまうのは少しずるいのだけれど、手間そのものが目的になっている部分は、正直ある。
少し重い、というところ
もうひとつのコストが重さだ。
純正のZ 40mm f/2は、本当に軽い。あの軽さは正義だと思っている。それに比べると、このレンズはアダプターも挟むぶん、構えたときにわずかに前へ持っていかれる感じがある。一日持ち歩けば、腕はそのぶん疲れる。
夏に汗だくで気づいた、重いカメラの正体という話を書いたばかりで、あのとき考えていたことと、これはたぶん地続きになっている。
重さというのは、グラム数の問題であると同時に、持ち出す気になるかどうかの問題でもある。その基準で見ると、このレンズは重くない。少し重いのに、朝いちばんに手が伸びる。だから体感としては、むしろ軽いほうに入っている。
矛盾しているようだけれど、道具との付き合いって、だいたいこういう感じではないだろうか。
F1.2もあるのに、こっちを付けている
うちには、同じフォクトレンダーのノクトン40mm F1.2もある。憧れのレンズが、ついに相棒になった日と書いたくらいで、あれは間違いなくいいレンズだ。写りも、持ったときの満足感も。
それでも、いま「自分のイメージにいちばん近いレンズは?」と聞かれたら、F1.4のシングルコートのほうを挙げてしまう。
明るさでもない。新しさでもない。出てくる絵が、自分の頭の中にある絵に近い、というだけの理由で。
この差は、うまく説明できない。スペックを並べたら、たぶんF1.2のほうが上に見える。それでも手が伸びるのは、こっちだ。
「自分のイメージに近い」とは、何なのか
レンズを選ぶとき、たいていは焦点距離と明るさと重さで考える。数字で比べられるからだ。
でも、実際に手元に残っているレンズは、数字では説明できない理由で残っている気がする。
40mmで撮ると、あの頃の記憶が戻ってくる気がするということを前に書いたけれど、あれも結局、数字の話ではなかった。焦点距離の話をしているようで、していない。
自分のイメージに近い、というのはたぶん、撮る前から仕上がりが見えている、ということなんだと思う。
ファインダーを覗いた時点で、あとで現像した画面がなんとなく想像できる。だから迷わない。周辺が落ちることも、滲むことも、その想像に最初から含まれている。想像どおりに写ってくれるレンズは、撮っていて疲れない。
逆に、性能が高くて何でもきれいに写るレンズは、選択肢が多すぎて迷うことがある。贅沢な悩みなのだけれど。
見た目もいいから、余計に長く付けている
金属の鏡胴と、絞りリングのクリック感。Zfに付けたときの見た目。フードを変えるだけでも印象が変わって、ドレスアップしながら楽しめる。
写りがよくて、持ち運びやすくて、見た目もいい。そのうえ安い。
安い、というのはけっこう大事なところで、この価格でこの絵が出てくるなら、と何度も思っている。もっと高いレンズをいくつも試してきたうえで、そう思う。
こういうレンズに出会えると、単純にうれしい。私にとっては今のところ、唯一無二のマニュアルフォーカスレンズだと思っている。

夏が終わったら、たぶんまた迷う
とはいえ、秋になったらまた別のレンズに戻っているかもしれない。実際、これまでも何度もそうしてきた。
季節が変わると、光が変わる。光が変わると、合うレンズも変わる。それだけの話なのかもしれない。
もっとも、このレンズに関しては夏に限らず1年中いい、というのが本音でもある。冬の低い光でも、夜の街でも、ちゃんと自分の絵になる。ただ、夏がいちばん相性がいいと感じている、というだけで。
そもそも私は、なぜこの絵を「良い」と感じるのか、いまだにうまく説明できない。
自分のイメージに近いレンズが1本あるだけで、夏の週末の過ごし方が変わってしまう。みなさんには、そういう1本ってありますか。
#NikonZf #フォクトレンダー #NOKTON #オールドレンズ #夏の写真
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