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日永の煎餅【鎌倉の隠者36】

【鎌倉の隠者】
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週末から数日間春らしい気温が続き、鎌倉の我が谷戸もようやく春本番だ。

もう避寒桜が咲き出し、ここからはあっという間に春の日々が過ぎ行くだろう。

鎌倉では古くから評判の煎餅屋が数軒あり、コンビニやスーパーでも煎餅類の種類は豊富で今だに人気で、小町通りの店は連日観光客で大混雑している。

煎茶に煎餅は日本の茶事の王道なのだが、どうも一般的には年寄りじみたイメージで優雅さにも欠けると思われている。

そこで我が探神院ではこの春から煎茶と煎餅のイメージの高級化に努め、その様式美を古の茶の湯の域まで深めようと思う。

古萩茶器 食篭 木皿 明治時代
寄木盆 清朝時代

まず余寒や花冷の日にはやや大振りな古萩の筒形湯呑と、定番の海苔巻煎餅の取合わせで温もりたい。

古い煎茶碗はみな30ccほどしか入らず小さ過ぎるので、今の茶には汲み出しや湯呑の方が使い易い。

煎餅類には古びた一木刳貫きの菓子器や素朴な木皿などが良く似合う。

古い木皿は生産数も少なくなかなか見つからないが、漆塗りの菓子皿を使うなら鮮やかな朱色より古代朱か焦茶色や黒が良いだろう。

写真は小町の煎餅屋の小さ目で食べ易い三種詰合せだ。

近くにあった隠者御用達の和菓子屋が数年前に店仕舞してしまい楽しみが減った分、もっと早く煎餅に注目すべきだったのだ。

この小さめの煎餅なら糖質制限の人でも食べられるし、甘い菓子類より日保ちするのも長所だろう。

また観光客にも人気の大型の丸い海苔煎餅は煎餅の定番とも言うべきで、かぶり付かず皿上で一口サイズに割ってから食べるのが品の良い食べ方だが、煎餅は必要以上に作法を気にする必要も無いだろう。

写真の煎餅と煎茶に合わせた清朝寄木盆と古萩茶器の古色の滲み込んだ取合わせは、洋菓子と珈琲や和菓子と抹茶の盆設えより枯淡幽玄な雰囲気が出し易い気がする。

煎餅に付き纏う年寄りじみたイメージと言うのは、見方を変えれば多くの先達が試行の末にそこに到達したと言う事でもあり、古の侘茶の精神美に通じる所も多いのだ。

煎餅の音する家に初音かな (自詠)

鎌倉では3月に入り我が荒庭の杏が咲き出す頃に、毎年鶯の初音が聴こえて来る。

そんな我家の四季の茶器揃えは、春は志野、秋は萩、夏は青磁緑釉、冬は黒織部あたりが主力となっていて、春も弥生の花時は薄紅志野の茶器各種が大活躍だ。

桜志野湯呑 現代作家物
堆朱菓子皿 清朝時代
信楽蹲る小壺 室町時代

この時期の隠者の好みは山椒霰と甘納豆の取合せで、好対象の味と見た目の彩りが賑やかで春らしい。

菓子皿は古色を纏った清朝時代の堆朱を使っているが、鎌倉彫や漆塗の菓子皿の方がはるかに入手し易くお薦めだ。

またこの古信楽の蹲小壺は盆上の椿の一輪挿しに丁度良い色と大きさで、毎年春には必ず活躍している。

たかがいっときの茶と言えど盆上に理想の小世界を創出する気で取組めば、結構やり甲斐も出て来てつい時を忘れて凝りだしてしまう。

春の永き日にたっぷり時間をかけて己が離俗の浄域を築き上げたい。

こんな麗らかで楽しい茶時を日々重ねるなら、晩生には自然と温顔も身に付く気がする。

干せし後も温もり残る志野碗の
うす紅の肌花冷の古都
(自詠)

我が谷戸の避寒桜は今週の暖かさで急に満開となってしまい、慌てて愛用のオールドライカを持ち出したが少し遅かったようだ。

我が谷戸の避寒桜

桜は七分咲きで多少蕾の濃い赤が残っている方が絵になるのだ。

因みに梅の撮影は三分咲きくらいが見頃で、寒さの中で他に先駆けて咲く感じが出る。

気候変動で夏が長くなった分春と秋が短くなり、特に麗らかな春の好日はここ数年片手で数えるほどしか無くなった。

年々残り少なくなって行く春の愛おしさは、誰も馬齢を重ねるごとにひしひしと強まって来るだろう。

そんな稀少な春のひと日の悦楽が、良き茶器や煎餅一つでより深い物になるのだ。

諸賢も平素の衣食住にもう一工夫を加えるなどして、この春を一段と高雅に味わって頂きたい。

春の陽に移ろふ猫の寝言かな (自詠)

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