【読書】My読書年表
企画趣旨
お見掛けしたので全力でお邪魔します!
前提として、僕は大学以前の記憶がほとんどない(最近の記憶もあまりないけれど)。けれど読んだ本のデータは頭の中に残っていたりするので、その内容と付随した小さな記憶の断片から読んだ時期を類推しています。そんなわけで時系列に全く信用がおけないので、一応の年代は記載してみたものの、年表というよりは項目別になってしまいました。なお今の本は資料として以外はほとんど読んでないので、わりと有名な本で構成してみました。
このように極めてフワッとした内容で、僕にどのような影響を与えたかというご趣旨から想像して、影響が与えられてそうな僕の話を張り付けてみることにしました。いつも通り読んでほしいという趣旨では全然ないです。
定型注意書き。
「Thinking Time」は深夜にだらだら連ねたどうでもいい駄文をまとめたり謎の企画をやってみようなシリーズで、僕の頭に浮かんだことですから根拠とかは有りませんし、おおよそは妄言です。それに多くが結論があるわけでもない投げっぱなしです。また、テーマにかかわらず政治的主張や何かの陣営に与することを意図するものでは全くなく、そう解釈される場合は僕が歴史上の事実(思想ではない)をそのように認識しているだけか、僕の書き方が悪いということです。異論はとてもみとめるし、だいたいはすごく回りくどい。
思えば人格形成のもと
保育園くらいと思う:おしいれのぼうけん(ふるたたるひ)
幼稚園の罰で押入れの上下段に閉じ込められた悪友。押入れの奥に洞窟の入り口を見つけ、冒険を始める。
めっちゃ怖かった記憶がある。でも多分こんな風にどこかにいきたくて、何度も読んだような。でもこれ家にあったのかな。そこが定かじゃないな。保育園で読んだような記憶になってきたけど、家かもしれないし、正直信用がおけない。
保育園くらいと思う:めっきらもっきらどおんどん(長谷川 摂子)
かんたはめっきらもっきらどぉんどんという奇妙な音を辿って木の洞におち、三匹の化物に出会う。
これはおととしくらい(ひょっとしたら5年くらい前かもしれないけれど)に書店でみかけて、昔読んだことを思い出した本。これも狭いところを通って異界に行く本だけど、エンディングで現実に戻ってくるときにいつも悲しい気分になった。僕なら帰ってこない、多分帰ってこなくてひょっとしたら洞の先の何かに食われる結末でも。
まとめてだけど、僕はきっと昔からここではないどこかにいきたかったんだ。現実逃避だろうか。でも記憶は全くないから今からそう類推してるのか、当時何かに悩んでたのかはわからないんだけど。でもどこかに行ったら帰らないといけないのがテンプレートなわけで、何故だかそんな呪縛が僕の中にある気がする。不自由だ。
これは上記の話と同じような構造で異界にいって戻って来る話。
思えば世界観のもと
小学校くらいと思う:パンタクルシリーズ(鈴木直人)
追放されたメスロン王子の旅路をクリエイト。
小学校のころはゲームブックが僕の中で流行っていた。なお僕の周りにやってそうな人はいなかった気はする。パンタクル以外だと火吹き山の魔法使いとかで、数年前にアプリになって懐かしかった。認識では僕には友達はいなかったと思うので、TRPG勢に発展したりはしなかった。ひたすらページの隅のサイコロふって行ったり帰ったりするとかなんて暗い子どもな気配があるけれど、正直何も覚えていないのでよくわからない。ひょっとしたら僕の認識と違って陽キャで友達いっぱいいたりしたのかもしれないけど、多分違うような。
成人後と思う:クリムゾンの迷宮(貴志祐介)
芳彦はこの世のものと思えない光景で目を覚まし、傍らのゲーム機には「火星の迷宮へようこそ」と表示される。
貴志祐介にハマったのはどこからだったかわすれたけれど、これはとてもゲームブック感があったんだ。今でいうとリプレイ感か。
再びまとめてだが、多分一定の世界の中で行動するという行為が好きなのかもしれない。今はやりのチート無双は主人公視点だけれど、僕の考える話はだいたい行った先もたいして幸せだったりもしないし油断するとすぐ死ぬ気がする。そういう意味で未来が全く約束されていない主人公は現地の人にくらべても機会という意味で特別ではなく、様々な要因や選択や幸運不運によってあっさり死んだり冒険の末に勇者になれたりするという不確かさが好きだ。うちの主人公はチートをつけると同じくらいのチートマイナスもつけてるな。そんな世界を死にかけながら超えていく話も好きで書いているのだが、超長編だし売れなさそうな話だから今のところNoteに持って来る予定はない。そういえばやってたRPGもドラクエやFFのストーリーがあるゲームじゃなくて、Wizardryとかマイトアンドマジックとか登場人物がモブ感あふれるのが好きだな。
これはつくり途中のうちの街wiki。世界を作るのが好きなのだ。
この間noteの企画で中途半端にUPしちゃったからどうしたものかと思っている。歴史や都市計画のあたりとか、書いてないことが多い。でもUPしちゃうと認識から外れるからもう更新しないかもしれない。まあいいか。とりあえず雑にまとめたけれど各地の再開発状況とかわりと細かく設定してあったりするんだ。
思えば歴史好きのもと
中学生くらいと思う:重耳(宮城谷昌光)
内乱を避けて19年の放浪の末君主となる後の春秋五覇、晋の文公の話。
重耳に限らず楽毅とか孟嘗君とか宮城谷昌光にハマり、その結果春秋戦国の糞暑苦しい野郎どもにハマった結果、伍子胥の虜になる。というより春秋戦国が好き。この著者の本はとても読みやすい。
高校生くらいかも:中国の歴史(陳舜臣)
三皇五帝から現代にいたる中国の歴史エッセイ。
主人公がいる物語ではないけれど、おおむね著者の一人語り。陳舜臣の本はエッセイみがあって話も時代も次々と飛ぶのでとても面白いんだ。確か一章一話は現代アメリカの都市部から始まってた気がする。文庫だと全7巻なのかな。時代ごとに書いてはあるんだけどぴょんぴょん飛ぶので横断的な感じがする。そしてまた伍子胥が好きになる。
三度まとめてだが、僕の中で歴史小説と時代小説は全然違うカテゴリで、時代小説は一定の時代をベースに構築する現代ドラマに近く、歴史小説は様々な文献の隙間をついてありうる過去を構築するファンタジーに近い。ファンタジー寄りなのは伍子胥だかあの時代の人々が男塾か北斗の拳かよというぐらいアグレッシブに人外感があるからかもしれない。原泰久のキングダムの登場人物のように、僕にとって歴史小説というのはそのおおよその史実に基づくならばファンタジックでよいジャンル。一方で時代小説というのは時代だけ借りてきたオリジナル世界なんだろうけれど、僕的に時代というのは人が作ると言う認識なので、史実にまつわらない世界はあまり魅力的に映らない。そんなわけで史実に基づく魔法的な人の出てくる(例えば織田信長とか、史実でも魔法的な人はたくさんいる)歴史小説が書きたいんだけど資料集めは結構大変。それで書いたのが恒久の月(もともとはBLではなく短編歴史小説だった)なわけだが、長編化するに当たり場が持たないので当時の道教系資料も織り交ぜたので空気にファンタジー感が結構ある。無理やりBLによせたから変な感じになった。とはいいつつ漢代はあんまり詳しくないんだよな。古代中国で今書きたいとずっと言ってるのは紂王と干将莫邪。……ファンタジーだな。
手前味噌でごめんなさいな僕の本です。僕は別に漢代が好きなわけでもないが、この時代に生きていた司馬遷のアグレッシブさはとても好きではある(本にはでてこない)ので、司馬遷書きたいなぁと思いつつずっと牢にいる人だからエアみが出そうで書き方が難しいっていう。司馬遷は史記の中でもタイトルの位置付けによって事実を変えてくるところも好きだったりする。
思えば僕の文章の目標
中学生くらいと思う:高野聖(泉鏡花)
帰省の旅の途中、旅僧に出会い、不思議な話を聞く。
えっ今表紙は天野喜孝なんですか? 萌え。それはそれとして、泉鏡花の文章はめちゃめちゃ好き。今ここにいないような不可思議な筆致は決して真似はできないとは思うけれど、好き。本人妖怪好きなんだよな、そういえば。
いつかわからないけど高校以前と思う:夢十夜(夏目漱石)
いつかどこかでみた夢の話。
全体的に好きではあるが、特筆したいのは第三夜だけだ。第三夜では夜の田んぼで子供の声のようなものに話しかけられる話で、例えば「鷺が鳴くじゃないか」と言われた後に鷺の声がする。この時制と感覚の狂いがとても好きだ。例えば異世界転生など、世界があまりに異なりすぎるとそれは現実とは感じられない。けれども少しの感覚の狂いが全てを異なるように思わせ、それがここではないどこか、つまり想像しうる異界を頭の中で構築する。その感覚がとても好き。
成人した前後かなあ:アンドロイドは電気羊の夢を見るか?(フィリップ・K・ディック)
第三次大戦後、賞金稼ぎリックは火星から逃亡してきた8体のアンドロイドを始末する。
淡々とした文章に繰り広げられる緻密に練り上げられた世界の中で、一つ一つの要素に数少ない言葉で膨大なイメージを付与する本。
四度まとめて、江戸川乱歩の胡乱さとかも好き。古典が特に好きなわけでは全然ないんだけれど、昔の小説は読むことで日常の隣にある異世界を感じることができる。なぜなら明治や大正はすでに、現代と比べて価値観や考え方が大きく異なる異界で、しかも確実に現代に繋がっているからだ。その世界をリアルに感じられるかは現実世界との距離感と、その書き方と補足説明の量による。こういうのは考えるな感じろは通じないんだよな、だって書かれた時代には当時当然のことだから、文中に補足もないし。一般的に子供が課題図書として現代で読んでもつまらないのは、おそらく現代文として読まれるからだろうと思う。現代と思うと意味が分からない文脈(文化)が多くある上に、その差異自体を知識として習ったりしないからだ。大戦より前は全部古文と扱った方がいいと思うんだけどな。一方であそこが明確に異世界だと意識すれば、それはもうカラフルに楽しい。アンドロイドは近未来という世界だからこそ膨大に言葉を定義して世界を作っている。ハイデガーが言葉は存在の家であると述べたように、言語を前提として社会を構築する僕らにとっては、最初に言葉を作り意味を付与する行為がその後の未来と世界の全てを規定する。現代ものでも話の中で言葉の意味を少し変えるだけで異なる世界が形作ることはできるはずだ。僕は現実な今と架空な話の中を接続したような不思議な世界を書きたいなぁ又は望遠鏡をのぞくみたいに疑似体験できればいいなぁと思って話を書いているんだけど、なかなか難しい。
これは明治時代を舞台にしているけれど視点は現代に設定していて、テーマはわりに差別的な話だけれど、これを差別ととらえるのは現代視点だからだと思う。リアル明治時代視点だと、この話は悩みにもならないはずで、今だからこそ共感できるように価値観とたくさんの補足説明を設定してみた。このシリーズはそういうのが多いかも。
思えば僕の話の傾向をゆがめた輩
大学以降くらいかなあ:天使の囀り(貴志祐介)
病的な死恐怖症の恋人がアマゾン調査に参加して以降人格が変わり、死に魅せられたように自殺する。
僕は似非宗教の話が大好きなんですっ。宗教や思想が人をゆがめる話がっ。これはその歪め方も大好きなんだけど、ネタバレになるから言えない~。
大学以降くらいかなあ:理由(宮部みゆき)
高層マンションで発見された4人の死体についてのドキュメンタリー風小説。
この本で群像劇が好きになった気がする。僕は基本的に一応の主人公がいたとしても、どれも群像劇のつもりで書いている。それぞれに行動動機があり、絶対的正義などないという感じの価値相対主義な話が好きです。
五度まとめて、自分が正しいわけではない、という概念はここ50年ほどという比較的最近日本で醸造されている不思議な概念で、世界で一般的ではない。いいかえればこの自己否定にもなりうる考え方をするのは面倒くさいので、というかたいていの場合それを主観的にやるとつまらないので、複数の他人の視点によって物事を多角的にみるということで問題(人含む)の理解を深める。例えば一人称でずっと勇者を描いていくと没入感の高い英雄像が得られるかもしれないが、洗脳者である王にとっては使い勝手の良いコマだし魔王(他国)側からみるとただの暴虐な侵略者だったり、市民からみれば勝手に家の中に入って壺や箪笥を漁っていく略奪者でたまったものではないのだ。バタイユは人は存在するだけで暴力であるというけれど、実際に人はそこに面積を占めるだけで他にあるいは相互に影響を与える。僕は特定誰かを語るより世界を作るのが好きなので、傾向としては圧倒的に群像劇好みなんだけど、その辺はこれらの作品からきている気がする。
群像劇はどうしても長くなるからnoteにあまりもってきてないんだよな。仕方がないので他のサイトをはりつけてみる。止まってるけど続き書きたい奴。多分キャラとしては今のところ各勢力合計12人分くらいの一人称が出てきてると思う。重ねて述べるが読めと言う趣旨ではない。
おまけ:本を探しています(誰かわかったら教えてください)
高校生ぐらいと思う:名前がわからない。
〇ジャンル:ホラーかSF
〇年代:実家にあった本なのでおそらく90年代以前だと思いますが、厳密にはわかりません。
〇厚さ:文庫本サイズで1センチ程度の本と記憶しています。
〇内容:研究施設の人間がどこか僻地の洞窟の探検にいく。 最初に調査に向かった人間が返ってこないため、主人公たちのグループが赴く。 洞窟の中で色々あるが、宇宙人か妖怪かはわからないけれどそれが人に頭部にとりつき何らかの方法で人を食べようとする。化物はおそらくヘルメット的なサイズで、洞窟の上から降ってきて主人公たちが驚く描写がありました。そして何体もいて、集団生活をしているようです。 主人公はそれに一度とりつかれ、命からがら外に逃げ出すものの、一度とりつかれた時に脳をいじられたか何かされたらしく、翌日、駄目だとわかっていても洞窟に戻りたい気持ちが止められない旨の書置きをのこして洞窟に戻るところでエンド。 その他 登場人物名はカタカナだった記憶がありますが、定かではありません。 描写はほとんど洞窟内だと思います。
知恵袋でもXでもみつかりません。助けて。
そんなわけで本日は企画に参加させていただきました。ありがとうございますっ。ついでのマガジン。
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