3年目の春に見えてきたもの【島学#01】/離島の小学校三年目の学び編 01
島の学校での勤務も、いよいよ3年目となった。
これまでの2年間は、「離島の小学校編」として、島での暮らしや学校の日常を中心に書いてきた。
3年目となる今回は、島で起きた出来事はもちろんのこと、情報教育や総合的な学習、そして自分自身の学びへとつながっていく話を中心に書いていこうと思う。
もちろん、島での生活と実践は切り離せるものではない。
実際には、その境界はかなり曖昧である。
ただ、この頃から、自分の実践が少しずつ学校の外ともつながり始めていったのは確かだった。
なお、総合的な学習の実践については、「総合編」としてこの年の単元として独立してまとめていく予定である。
1.春休み、島の外で動き始めたもの
春休みのある日、年休を取って久しぶりにゴルフコンペへ出かけた。
朝は少し肌寒いくらいだったが、空はよく晴れていた。
スコアは相変わらずだったものの、1年ぶりに顔を合わせる仲間たちと笑いながら回る時間は悪くなかった。
離島勤務が続くと、こういう「以前の日常」とつながる時間が、妙にありがたく感じられる。
ただ、その日は最後まで参加することはできなかった。
コンペルームでの表彰やミーティングには出ず、途中で切り上げてJ社の会議室へ向かったのである。

「2005年の教室を考える会 特別地方大会」の第2回スタッフ会議だった。
15分ほど遅れて会議室に入ると、すでにメンバーは揃っていた。
前回から進んだ状況を報告し合い、それぞれの担当について確認していく。
自分の担当は、島での調整や各所との交渉が中心だった。
まだ詰め切れていない部分も多い。
宿泊や移動、会場の動線、島という場所だからこその課題もある。
簡単にはいかないが、逆に言えば「島でやる意味」を形にできる機会でもあった。
会議後は、近くのイタリア料理店でメンバーと夕食を取った。
パスタを食べながら次々と話が広がっていく。
教育の話をしているはずなのに、気がつけば雑談になり、また急に実践論へ戻る。
そんな時間が心地よかった。
しかし翌日は、日直として再び島へ渡らなければならない。
船の時間を気にしながら、もうすぐ始まる3年目の新学期のことを考えていた。
2.3年目に見えていた景色
始業式前日、自分なりにこの1年のことを整理していた。
もちろん、今年も島のよさを生かした総合的な学習に取り組みたいという思いはあった。
離島という環境には、教科書だけでは得られない学びが確かにある。
それをどう子どもたちにつないでいくか。
それは赴任以来、ずっと考え続けてきたことだった。
同時に、その頃の自分は「人とつながる力」をどう育てるかにも強く関心を持っていた。
そこで考えていたのが、BLOGの活用だった。
まだ学校現場では珍しかった時代である。
けれど、島という閉じた環境だからこそ、外とつながる窓が必要だと思っていた。
文章を書くこと、人に伝えること、反応をもらうこと。
そうした経験が、子どもたちの世界を少しずつ広げていく気がしていた。
もちろん、子どもたちに直接人と関わる経験、何よりも島という閉じられた世界だけにとどまらず、大きな自信を持たせたかった。
ただ、新年度はそれだけでは終わりそうになかった。
H先生との学校CMSプロジェクト。
2005年を考える会の特別地方大会の準備。
新しく始まる特別支援教育コーディネーター研修への参加。
さらに県小教研総合部会の事業部長にもなった。
自分の実践だけをやっていればよかった頃とは、少し状況が変わり始めていた。
5月には県南の研究発表校へ行く予定も入っていたし、11月に行われる県初の総合的な学習の研究発表会についても、学年実践のサポートを依頼されていた。
県事務局長のFさんへメールを送りながら、「これは忙しくなるな」と思った。
ただ、不思議と嫌な感覚はなかった。
むしろ、自分の実践が少しずつ外へつながり始めている感覚があったのである。
だからこそ、浮つかずにやらなければならないとも思っていた。
忙しくなるほど、足元が大事になる。
島での毎日をきちんと積み重ねること。
その感覚だけは失いたくなかった。
3.新学期初日、放課後の仕事は終わらない
着任式と始業式を終えた日の放課後、ようやく新年度が動き始めたという空気が学校に広がっていた。
だが、こちらは余韻に浸っている暇はない。
昼には、「2005年を考える地方特別大会」で宿泊をお願いする予定の旅館へ話をしに行った。
実は、その旅館は担任している子どもの家でもあった。
島では、学校と地域がきれいに分かれているわけではない。
保護者であり、地域の人であり、時には学校を支えてくれる協力者でもある。
そういう距離感の中で、いろいろなことが動いていく。
少しずつ概要が見えてきたので、戻ってからスタッフMLへ計画案を投稿した。
その後は、中学校で行うBLOGオリエンテーションの資料づくり。
以前作成していたCMS資料の修正。
さらに学校の日課表作成など、新年度恒例の事務仕事が次々に積み上がっていく。
加えて、新しく赴任してきた先生方のネットワークプリンタ設定も担当した。
設定作業をしながら、ふと思った。
「これ、自分が異動したら誰も分からなくなるな・・・」
校内LANもサーバも、その場その場で整えながら作ってきた部分が多い。
だからこそ、どこかでちゃんと文書化しておかなければならないと思った。
夕方には、H先生から誘われていた学会発表合宿への参加メールを送った。
送信ボタンを押した瞬間、「賽は投げられた」という言葉が頭に浮かんだ。
もう、やるしかないのである。
4.放課後の学校に流れていた時間
別の日の放課後、子どもたちは自主的に「キーボー島」に取り組んでいた。
特に3年生の子は熱心だった。
「見える指」が終わったら次へ進めると言っていたので、一生懸命キーボードを打っている。
あの頃は、まだ家庭にパソコンが十分ある時代ではない。
だから学校で触れる時間そのものが貴重だった。
タイピングが速くなること以上に、「自分で使える」という感覚を持ってほしかった。
その後は日直の仕事で、ウコッケイの水替えとエサやりへ向かった。
鳥インフルエンザ騒動以来、その世話は教師の仕事になっていたのである。

ついでに、グラウンドで陸上練習をしていた中学生たちとも話をした。以前担任していた子どもたちである。
たまにこうして話をするのも悪くない。
小学校を卒業しても、同じ島の中では関係が完全に切れるわけではない。
むしろ、成長していく姿を続けて見られるのが島の学校のおもしろさだった。
その後も、実践報告文書の作成、MLへのメール送信、学会関係の準備と仕事は続いた。
翌日の小中合同BLOGオリエンテーションに向け、中学校のBJDへのIP登録、URLショートカット作成、サイト準備なども進めていく。
静かになった校舎で、パソコンの画面だけが光っていた。
気がつけば、島での3年目が、もう始まっていたのである。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回に続く👇
3年目の島の学校編(Season3)第1話👇
◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)👇👇
約25年前の2002年、船が生活のすべてを左右する離島の小学校に赴任しました。
予定通りにいかないことが当たり前の中で、学校と暮らしが地続きの毎日を過ごしていました。
そんな環境の中でも、子どもたちに自信をもたせたいと考え、総合的な学習の時間に取り組んでいました。
この話は、離島の小学校勤務2004年度当時の日記をもとに、島の学校編では収まらないプロジェクトや情報教育、外部との関わり等について描いていきます。
※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。
今回本シリーズ創設について考えたこと👇
研修編ともつながってきています。👇👇
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