冬の港は、探究の研究室。【島小#19】/離島の小学校編 19
風が冷たい夜でした。
港の波止に立つと、海面から吹き上げる風が顔を刺します。
「寒いですねえ」と声をかけても、隣の校長先生は黙って竿をしゃくっています。
海面に映るヘッドライトの光が、波にゆらめいていました。
この冬の港こそ、私たちにとってもうひとつの“研究室”でした。
離島で勤務することとなった1教師の奮闘記です。 今から約20年以上前の2002年(平成14年)冬のお話です。
※注:本文中の一部地名や固有名詞等は仮名(かめい)にしています。
これまでの島での釣り関係の話👇
赴任したのは。こんな島です。👇👇
【目次挿入】
1.スランプという名の、もうひとつの学び。
あの日、自己最高のイカを釣り上げてから、私のスランプは始まりました。
次に竿を出した夜は、まったくのボウズ。
その隣で校長先生は、巨大なイカを2ハイ、標準サイズを2ハイ。
まさに完敗でした。
「釣れてないわけじゃないんですよ」と自分に言い訳をしながらも、心は沈みます。
確かに一度は“クックックッ”と引き込んだのです。
しかし、次の瞬間、糸がプツリ。
餌木ごと消えました。
もう一度チャンスがありました。
足元まで寄せたその瞬間・・・またもプツリ。
見えていたイカの姿が、波間に消えていきました。
私は原因を考えました。ラインが細いのかもしれない。
以前はこの太さで十分だったけれど、イカも季節とともに成長しているのかもしれません。
「大きくなりすぎたんだ」と、前向きに解釈しました。
週末、本土に帰ると釣具屋に直行。
ラインには,ナイロンとフロロカーボンとがあり,どちらもそれぞれの長所短所があります。
ラインを2種類の太いものに替え、餌木を補充,さらに秘密兵器も。
もちろん,餌木もいろいろと試してみます・・・形,色,値段?
スランプは、私の探究心をかえってあおりました。
・・・まさに“アオリ”イカだけに、です(笑)。
リベンジを心に誓いました。
2.太い糸と新しい武器で挑む。
特別勤務の日、いつもより早い便で島に戻れました。
この「特別勤務」というのは、冬の荒天で連絡船が欠航することを想定した勤務体制のことです。
ふだんは日曜の3便(午後の船)で島に渡るのですが、この当番の日は一便早い2便に乗って島へ入ります。
その分、本土へ帰るときは土曜の朝1便ではなく、金曜の3便で帰るしくみです。
船が止まっても学校に支障が出ないよう、職員が交代でこのローテーションを組んでいました。
夕方から、満を持して港へ。
「底に引っかかったかな」と思ったその瞬間、竿先が動きました。
今までにない重み。
慎重にリールを巻きながら、私は静かに息を整えました。
前回の失敗を思い出します。
今回は、秘密兵器「ギャフ」を持参していました。
とはいえ、使うのは初めてです。
足元を照らすヘッドライトの光の中、ゆらゆらと白い影が浮かびました。
慎重に狙いを定め、ギャフを差し出します。
重みが伝わった瞬間、心の中で「やった」とつぶやきました。

海面から持ち上げたその姿は、まさに大物でした。
体を震わせるような喜びに包まれ、「でけー!」と叫んでいました。
量ってみると、約1.7キログラム。
これまで見たことのないサイズでした。
宿舎に戻って教頭先生に報告すると、「これはすごい!」と驚きの声。
思わず笑ってしまうほどの達成感でした。
3.並んだ竿が語る、師弟の時間。
それからというもの、私はすっかり“研究熱心な釣り教師”になっていきました。
仕事が一段落ついた夜に港へ出て、条件を観察し、道具を試す。
ラインは,ナイロンとフロロカーボン、2本の竿を使い分けて比較する。
釣れなくても、試行錯誤の時間が楽しいのです。
ある夜、校長先生と並んで竿を出しました。
月は満月の一日前。
条件はまずまず。
校長先生は、私が来たとたんに良型を釣り上げました。
その横で、私は餌木を根掛かりさせてひとつ失い、さらに沈黙。
校長先生が帰ったあと、ようやく1パイを釣り上げました。
小ぶりでしたが、港の静けさの中でひとりガッツポーズ。
別の日は、風が強くて休戦協定。
「こんな日に波にさらわれたら笑いものですよ」と言い合って笑いました。
別の日にはタコが釣れ、また別の日にはオレンジ色の餌木を拾う“収穫”も。
釣果以上に、校長先生との港の時間が心に残りました。
学校では語れない会話が、ここでは自然に交わされます。
4.釣りも授業も、試行錯誤の連続。
仕事が忙しい日も、原稿を書き終えた夜にふと港へ向かいました。
2本の竿を交互に操り、しゃくり方を変えてみる。
根掛かりで餌木を失っても、「次はどうすれば」と考える。
いつしか私は、実験ノートのように釣り記録をつけ始めていました。
「アタリがない」「足一本」「根掛かり」「風強し」。
ひとつひとつの小さなメモが、積み重なっていく。
それは、まるで子どもたちの学びの足跡のようでした。

「条件がよければ、また行こう」と思いながら、私は竿を片づけました。
イカがいなくなったわけではありません。
ただ、季節が変わっただけ。
釣りの腕も、授業づくりも、焦らず、タイミングを待つことも大事です。
5.釣果より、探究の余韻。
港に立つと、潮の匂いがいつもより遠く感じました。
釣り客の姿もまばらになり、風だけが波止を抜けていきます。
「そろそろシーズンも終わりかな」と思いつつ、 私は心の中で次のシーズンを想像していました。
またイカが戻るころ、 また校長先生と並んで竿を出す日が来るでしょう。
あの冷たい風の中にあったのは、ただの釣りではありません。
仮説を立て、失敗し、また挑む・・・
あれはまさしく、教師としての“探究”そのものでした。
▶離島の小学校編20へ続く
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