BL×ゾンビな小説はあり?なし?
小説の企画は休みだよ〜と言い放ち、歴代お題を投げ出し、こんなんやろかしらぁ〜って投げかけてだらだらしてたら、いつの間にかリビング・デッドに包囲されてました。
解放しているお題で書いてくださったBL小説、5本です。
うち3本はゾンビを題材にしたBL小説、3本。残りは全く違うお題で書いたBL小説、2本。
詳細を知りたい人はこの記事に書いてます↓
ゾンビとは?起源はブードゥー教のアレです。
宗教や世相、風刺に流行病と色んな視点から見れる自由度の高いモンスター。
と、さらりと言える人と言えない人がいる。
なぜなら、ゾンビ映画はスプラッターに分類されるため、飛び散る血飛沫や内臓の描写を鮮明に描くもの、しかも奴らははさらに生きた人間を食い散らかす。
如何に斬新かつ鋭利な発想で生き物の中の水分を飛散させるか?
そこを美学にしてるんだから苦手な人は多い。
でも見方を変えたら、銃を乱射して大量のゾンビを飛散させる殺戮シーンは、水風船を破裂させた飛沫のような爽快さも与える。
爪先まで人体から出る飛沫を浴びながら極限に晒される生き残り達の精神を試す、人間臭い命の駆け引きも見どころかもしれない。
そんな中でも興味を目を引くのは、生きることを連想する食事シーン。
ゾンビから逃れて空き家やショッピングモールに立て篭もり、生きるために地下の貯蔵庫や無人のスーパーから奪った食べ物を取り合うシーン。
ゾンビの兵糧攻めに合い最後の缶詰を分け合う老夫婦の最後の晩餐。
それでも我が子だと言い張り庇い続けていた母親を食い尽くす、子供のゾンビの理性が喪失した無心の咀嚼音。
ゾンビは人の理性を食い尽くすために脳を貪るのかもしれない。
この本能剥き出しの凄惨たるシーンに、ボーイズラブのロマンを入れるとどうなるだろう?
「食事風景を入れる」「失恋」「ゾンビ」お題で書いてくれたブロマンス〜BL小説3本です。
最近のゾンビは走る。
でも元々は走らない。
主流だったゴシックホラーをぶっ壊し、革新的な恐怖映画を手がけたジョージ・A・ロメロの「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」のゾンビは、ただうごうごとのそのそ足を引きずって歩いる背景に過ぎなかった。
元々、奴らはそこまでの脅威ではない。
でもそれが自分の生活圏や、家族や恋人などの大切な人の中に混ざってくる、ゆっくり混ざってパンデミックを起こすシーンは分かっていても恐ろしい。
そんなロメロの映画のようなドキュメンタリー風の書き口で、この小説は誰かのために好物のグラタンを淡々と作るシーンから始まる。
途中までこれがゾンビのBLと忘れるほどのリアルな調理シーンに、人物の回想や背景が映り出した後から畳み掛けるように精神を試すような失恋がやってくる。
余談だが、作者も調理シーンに没頭し「食事風景」がお題である事を忘れていた。でも、視点を変えれば、あれはそこまで完璧なレシピになるほど作ってあげたグラタンなのか…。
ところ変わってこちらは同じお題でも全く違う展開で話が始まる。
戦時中のどこかの時代のどこかで、婚礼の報告をする男2人の会話から始まる。
設定も展開も2人の会話も全てがうつろで、まるで降り頻る雪の中でぼんやりと考え事をしているようでもある。
2人の会話は不意に異国のゾンビーの話になる。
それは、人を喰らうものだとぼんやりとした情報を共有し、2人は別れていく。
互いの関係もはっきりさせていないし、ゾンビーも分からない、他愛のない会話の裏でズルズルと後ろ髪だけが引かれていき、失恋していく自分だけが明白な夜。
こちらは、ゾンビ映画を見たことがない作者が書いた小説です。
最近のゾンビはハイスクールに通って恋愛もする知能の高い個体も発見されている。
ワンチャンある。
そしてラストゾンビでBLは、まさかの先の2話の間をとったような話が偶然現れた。
そんなことがあっていいのだろうか、私が知らないところで3人が連絡を取ったのかと思ったが、こちらの作家さんはお初の方でした。
お題があることを知らずに読むと、実話怪談のような様子がおかしさに背筋が曲がる。
何かがおかしい?
小説の文章を覗き込んでも何も見えてこないのは分かりきっているのに、どうも背筋を丸めて読み進めては少し戻ってまた進める。
細く分けられた章が崩れた日常をじわじわと伝え、淡々と展開されていく先にあるラストの一言。
読み終わった後、ゾンビでなくてもいいのでは?とも思ったが、ウイルス感染のように少しずつ蝕まれていくゾンビだからこそあった、失恋までの猶予が切ない。
1番ホラーだったのは、先にも書いたけどちょうど間をとったような話だったからです、ドキッとした。
ホラー映画の先駆者が作り出した普遍の人気モンスター・ゾンビ。
個人的に出征が似ている道教のキョンシーの方が日本人には親しみやすいかな?と思ったけど、ゾンビの方が制約が少なく扱いやすい題材。
そのせいかゾンビ映画は繁栄を極めて現存し続けている。
ついにはただ歩いて食うだけの知能4歳児が、走り、飛び、恋までする存在になったのかもしれない。
企画で使った歴代お題「コミケ」「ビックリマンチョコ」「スマホ」で書いたBL1本
どれもメイン題材にできそうでありながら、情報が渋滞しかねない。
3つのお題の怖いところは、2つまでは相性がいいが、ラスト一つがぷかっと浮いてしまうこと。そこをいかに柔軟に発想するか、力技で入れるかで作家の筆力が試される。
お題をぶち込むだけでなく、読者の読解力に委ねてお題から発想する事に着目したら、あるある展開の話でも少し風変わりな話になって面白みが増す。
おじさんと大学生。
設定がもうすでに背徳感を感じる。
昨今の風潮だと、おじさん辛い思いするんじゃない?って心配することなかれ、ここのおじさんは、強い。
大人の魅力と包容力に翻弄されつつ読み終わって気付く、思ったより短い話だったと。
だけどスッキリしている、続きはいらないなぁと思う、だってこのおじさんは絶対に幸せを大学生に与えるし、大学生は優しさに戸惑いながらもどんどん好きになるだろうから。
ハラハラさせてドンデン返しで相手をいかに欺くか?な話が多いけど、何かとストレスの多い1日終わりの布団の中で読む話はこのくらい優しい方がいいと私は思う、眠る前に1本つけたい話。
ラストは『雨の日の恋』『ルマンド』『ダンボール』
ルマンドには唯一の吸引力がある、彼のダイソンをもしのぐほどの。
雨の日の恋、ダンボール、BLと聞くと捨て猫をどうもイメージしてしまう、そこを裏切らない話はとても多く、物語の先にある書き手の包容力が試される。
雨の日の恋は人の優しさを再確認するような話が多い、孤独を抱えた主人公を唯一理解してくれる人が現れて自分の傘になってくれる。
こんなのは何回読んでもいい。
なんなら、必要じゃない日なんか無くても読みたい。
無闇矢鱈にポジティブな音楽より疲れた心を励ます曲や、痛みに寄り添うバラードが根強い人気なのと同じで。
ルマンドは強い。とっても日常的なお菓子なのにぷかぷかする。
雨上がりの空を2人で見上げたらUFOが?のような、スーパーナチュラルな文に作者を陥れる。
永遠のテーマです、みんなだからルマンドで小説を書く、納得いかないから。
みなさん、楽しく遊んでくれてありがとう。
作家にとって、読者はゾンビです。
私たちの脳みそを狙って取り囲んでくる。
でも私達は、そんな読者さんの脳の隙をついて侵略していく。
今年も一年、やったろうやないかい!
