Rainbow➀【創作大賞2024/オールカテゴリ部門】
あらすじ
カリフォルニアにあるBarでは、ドラァグクイーンの女王エリーシャが今夜のステージに立つ。彼女のパフォーマンスに会場は熱狂し、誰もがその美しさと歌声に魅了される。一方、石垣島の高校生新城真里は、ダンスに情熱を注ぐ日々を送っているが、漠然とした未来に不安を抱えていた。ある日、真里は海岸で見知らぬ男に出会い、恐怖を感じる。母親の千夏は、真里の将来を案じつつ、自らの過去を語り始める。母娘の絆と夢に向かう勇気が描かれた物語。
第1章 オープニング
Barは微細な光に包まれていた。シーリングスポットライトから放たれた光は、カウンター上にある飲み干されたグラスに当たり乱反射している。カウンターの内側の壁を見ると、今宵の主役がポスター越しに全身で真っ直ぐこちらを見つめている。思わず吐露したくなる溜息。これこそ完全なる美! ダビデ像をカービングしたミケランジェロでさえ、その完璧な姿に、嫉妬してしまうのではないかと思うほど、ただただ美しい。
カウンターの向かい側にはステージがある。ここは、カリフォルニアにあるショーとBarが一体化したオーソドックスな店だ。時にはジャズBarであり、また時には若手バンドのステージであったりと店のオーナーが多種多様なアーティストのライブやショーに足を運び、ステージへの出演契約を取ってくる。
今宵のステージは、アメリカ全土から観客が集まる異例の盛況だ。それもそのはず、ショーで踊り歌うのは、ドラァグクイーンの女王であり、ハスキーボイスの歌声と完璧な美貌から、「悪魔な天使」と称されている。いま世界から注目されているアーティストの一人、エリーシャだからだ。
ステージ上には、まだ静寂だけが立っていた。まるで今宵のショーを待ち望んでいるように、恍惚とした空気が充満している。
それは、ステージとカウンターの間を細波のように騒めいている観客も同様だろう。それぞれが内なる心に、期待と興奮を膨らませながら、時折ステージに目を向けている――。例えば、いま一枚の羽がふわりと舞台に落ちたとして、その微細な音にも今宵の観客は、主役の登場かと、振り向いてしまうに違いない。会場の緊張は、既に絶頂に達している。
ツ――。不意にスピーカーからマイク音が流れた。ステージ袖から現れたのは、マイクを持ったオーナーだった。彼は溢れ返る会場の全体を舐め回すように見て、満面の笑みを拵えた。
「Ladies and Gentlemen! 今宵のカリフォルニアは、夜明けを知らない。なぜなら、ここに悪魔な天使が舞い降りたのだから! さあ、皆さん! 盛大な拍手で今宵のスターを迎えましょう! 日本生まれのカリフォルニアが誇る大スター、ハスキーボイスと魅惑的なダンスで今宵も月が彼女に嫉妬する。悪魔な天使、降臨!」
熱を帯びたアナウンスよりもさらに熱く、会場のボルテージは沸点に達していた。拍手と歓声が
上がる会場。先ほどの静寂も影すら見えないステージ上。一筋のスポットライトがステージ中央に光を一点に注いだ。ドラァグクイーン、エリーシャ。
その容姿、出立ち、仕草、何もかもが完璧で。エリーシャを初めて知った人も直接見ることができた人も、一瞬で心を奪われてしまった。
音楽が外界との壁を築き、新たな空間を生み出す。その空間を支配できるのは、そう、エリーシャ。彼女の足下に集まる灯たちが、より一層彼女の輝きを際立たせる。躍動する軀からは、彼女の内なる光が迸る。なんと強く、なんとしなやかな体躯。宙を舞うかのように、彼女は踊る。会場中のあらゆる歓声と拍手が彼女の元へと注がれる。もはや彼女の前では、今宵の月も苦杯を喫するほかなかった。
***
ザー、ザー、ザーと細波はゆりかごのように寄せては引いてを繰り返す。石垣島の白保海岸では、遠くから漁船のエンジン音が聞こえる。高校三年生の新城真里(あらしろ まり)は、満天の星をぶら下げたままの濃紺の空の下で、一日の始まりを迎えることを中学生の頃から日課にしている。
二〇二四年、四月。うりずんの風が、八重の山々に蒼風を吹かせる。風は、肩まで伸びた真里の黒髪を揺らし戯れて駆けていく。真里は、風に囁く。
ふいに、静から動へとスイッチを切り替え、真里は体をしならせ天を仰いだ。それから今度は、縦横無尽に砂浜を駆けて、宙を舞い軽やかに回って見せた。まるで風と戯れる花びらのように。――真里の肌を伝う汗さえも、表現の一部であるかのようにキラキラと彼女を輝かせる。水平線の向こう側では、濃紺の空を割くように、朝陽が頭をもたげ昇り始める。あらゆる自然がもはや真里のダンスの観客となり共演者となる。
古来より「踊り」とは、忘我の境地に自身の精神状態を高め、神との交信をするためのものであったと聞く。そうであるならば、真里のダンスはまさに「踊り」を原点回帰し体現させたもののように思う。
夜明けとともに、真里のダンスは激しく強く美しく、生命を目覚めさせる。孤高のダンサーが、白保海岸に朝をもたらしていた。
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