我が家にご滞在の猫たち すずちゃんと過ごした年末年始
子猫すずと過ごしたのは2016年~2017年の年末年始だった。
我らがマンションの敷地内の森には猫たちが生息している。
彼らは避妊・去勢手術を受けて地域猫としてエサを日に2度もらうけっこう幸せな暮らしをしている。
しかしお外生活は厳しい。猫はおうちが一番。
2016年10月、みるきぃが亡くなり、茶ぶどう一家は悲しみの中にいた。
12月、ちょうど終業式の前日(学校の教員だった)。
クリスマス礼拝も終わり、昼すぎに職員室でガラケーをチェックしたら、
「子猫が来た」と父からメールが!!
一切の落ち着きを失った茶ぶどうは14時過ぎに退勤してしまった。

「あんたたちとは馴れあわないから!」
子猫は私が帰宅したときは絶賛警戒中で、ケージの中で盛んに鳴いていた。
生後3~4カ月のメスのキジトラ。
マンションの地域猫、既に避妊済み。(耳にカットがあるのはそのマーク)
……避妊手術の際に捕獲機を一度体験したはずなのに、エサにつられて2度目も引っかかるという並外れた食い意地を見せたお嬢さん……という話だった。
(のちに、この食い意地がすずを救うのだが、それはまた別の話……)
前足を見ると、懐かしい、黒豆のような肉球……初代猫・ミーヤの手を思い出す。
でも表情がミーヤとは違った。生意気そうな口元。気が強そうな目。

もも姉さんが怖い「ごあいさつ」を何回かしたが、そんなのどこ吹く風。
宗次郎兄さんなどは子猫が怖いようで、ケージのある部屋ではへっぴり腰。臆病者め。

子猫の名前は「すず」と決まった。
家に来て4日目くらいまではかなり警戒度が高く、ケージに入れた手に鋭いネコパンチをくらわせていたが、なでられるようになり、抱っこができるようになり、リラックスするのにそう時間はかからなかった。
母が「ニャンガルーパーカー」なる優秀な服を利用し、長時間の抱っこに成功。あったかいおなかのポケットに包み込まれ、すずはゴロゴロとのどを鳴らした。「この生活も悪くないかも」と思ってくれたようだった。



そこからは一気にうちとけ、年末にはソファで寝そべる父の脇におさまった。それはもう見事な「へそ天」で。

宗次郎もすずに慣れ、2匹は取っ組み合って遊ぶようになった。本当の兄妹のようだった。
もも姉さんは「この私になんの相談もなく!」と最初おかんむりだったが、ほどなくして現状を追認なさった。
茶ぶどう家で4人と3匹の生活が始まった。




我が家に来て約1か月後、血液検査の結果、すずが白血病で、短い命だとわかる。

2019年9月まで、それでもすずは、茶ぶどう家のイエネコとして、私たちと一緒にいてくれた。
元気に遊んで、のんきな顔で寝て、おてんばな末猫の生活を楽しんでくれた。
ちょっといなくなっちゃったときもあってたいへんだったけれども、戻ってきてくれた。
(茶ぶどう家史上最大の事件……この話もいずれしたい)
楽しんでくれた、と思う。
だって、すずは、いつもリンリンと首輪の鈴を鳴らして、
弾むような足取りで、楽しそうに家じゅうを闊歩していたんだから。

①5にゃん
②ミーヤ
③宗次郎
④みるきぃ
⑤もも
