2歳娘が唯一投げ飛ばしたもの。ワーママの「申し訳なさ」を捨てて、便利屋を降りたいけれど
私は、春生まれの娘がほぼ1歳というタイミングで復職しました。
(娘は0歳児クラス・4月入園となります。)
今ではあまり風邪を引かない娘も、最初の1年はよく熱を出していました。特にはじめの数ヶ月、毎月数日は保育園を休んでいた気がします。
最初こそ、娘が熱を出して会社を休んだ日は、PCもスマホも完全に閉じて娘と向き合っていました。
けれど、復職してしばらく経ち、業務が本格化していくにつれて、そうもいかない状況に……
自分の抱えるタスクが増え、周囲から仕事を振られるようになる。
それはありがたいことでもある一方で、私から少しずつ「休む」潔さを奪っていきました。
娘の体調不良で仕事を休んでいるはずなのに、その傍らでPCを開き、スマホでチャットやメールを返す。そんな日が増えていったのです。
さらには、仕事を休んでいない通常の日であっても、保育園で最後の一人二人になるまで待たせてようやく連れ帰った我が子の横で、帰宅後にもかかわらず会社用スマホの通知を気にしているような日すらありました。
それでいて「早く寝なさい」と言うのだから、本当に勝手な母でした。
■ 娘が投げ飛ばしたのは、機械ではなく私の「真顔」
娘が2歳前後のころでしょうか、ある日のことです。
詳しいきっかけは覚えていないのですが、私はまた娘の前で会社用スマホを操作しようとしました。
すると、娘は私の手からスマホを奪い取るようにして、「いらない!」と思い切り放り投げたのです。
最初は、そのときたまたま機嫌が悪かっただけかと思いました。
けれど、その後も一度や二度はあったでしょうか。
娘は会社用スマホだけを嫌い、投げ飛ばしていました。
私用スマホが近くにあっても、標的になるのは決まって会社のものだけ。
おもちゃなどを怒って投げていたような記憶はありません。
最初はこの行動も「何に使うものか理解しているんだな」と、娘の成長なんだと自己都合で前向きに捉えていた部分もあります。
けれど、本当は……?
私用スマホを手にしているとき、私は基本的に笑顔ではなかったか……。
娘が楽しそうに何かをしている瞬間、初めて何かができたときに、写真や動画を撮るためにスマホを娘に向けているからです。
けれど、会社用スマホのときは違う。
娘と目を合わすことはなく、構ってほしい彼女を待たせながら、真顔で画面を睨みつけていたはずです。
娘が怒っていたのは、スマホという機械そのものではなく、大好きなママが自分への関心をシャットアウトし、目を合わせてくれない「笑わない時間」そのものだったのかもしれません。
なかなか構ってもらえない。
ママが笑っていない。
やっと触れ合える時間に、ましてや体調が優れないときに、ママが真顔で別の世界と向き合っていることが、どれほど悲しかったか。
親の意識が完全に画面に吸い取られ、目の前の我が子に対して無表情になってしまうとき、子どもは見た目以上に強い不安やストレスを感じる、という科学的な話があります。
そんなことは、わざわざ専門的な根拠を持ち出さなくとも、分かっていたはずでした。
それなのに、目先のタスクの多さを言い訳にして、目の前の娘を待たせて画面に向かってしまっていた自分を、今振り返っても恥ずかしく思います。
この何回かの娘の訴えがあってからは、せめて娘の前では、仕事のためにPCやスマホに躍起になるのはやめようと決めました。
子どもが寝ている間だけにする。夫に見てもらっている隙にやる。
それがたとえ、ただの欠勤連絡の一通であっても、なるべく娘の目の前を通さないようにしようと決めました。
(そもそも、仕事を休んでいるときに業務をしてはいけないのですけれど)
■ 夫への引け目と、私を縛る「申し訳なさ」
ではなぜ、私はそこまでタスクを抱え込み、我が子の前で会社スマホを手放せなくなっていたのか。
それは私がもともと断るのが苦手で、「何でも引き受ける便利屋、かつ、自分で抱え込むタスクコレクター」になりがちな弱い人間だからです。
仮に、勇気を出して組織の中で仕事を振ってみても、「働かないおじさん」が謎に温めたのちにそのままブーメランで返ってくる。
かといって、若手に頼むと、育成の手間も相まって、結局自分でやったほうが早いという矛盾にぶつかる。
もちろん、案外「そうだよね」と引き取ってもらえることもありますが、自分が本当に楽になるかは運次第という、綱渡りのような状態でした。
夫からは常々、「休みの日は仕事するべきじゃない、サービス残業も絶対だめ。子どもが最優先。時短の給料のなかであまりに理不尽な働きかたになるなら、直接上司に物を申したくなる」と厳しく戒められていました。
夫の言うことは、ぐうの音も出ないほど正しいのです。
でも当時の私は、「正論だけど、出社前提の時短なのに在宅にさせてもらっているし、肩身が狭いんだよ」「結局自分でやったほうがスムーズなんだもん」と、心の中で言い訳ばかりしていました。
一方で、私の倍以上稼ぎ、最小限の時間で仕事を片付け、家事育児も圧倒的にこなしてくれる夫には、どうしたって頭が上がりません。
彼に心配と負担をかけている自分が情けなくて、「自分はもっと家庭を顧みるべきだ」と、いつも申し訳なさでいっぱいでした。
もちろん、こんなダメな母でごめんねと、娘に対しても。
家族に対して負い目を感じていながら、私が職場で「NO」の声を上げられなかったのは、職場に対して「時短勤務や急な休みが多いことへの申し訳なさ」、自信のなさを抱えていたからです。
早く帰らせてもらっているのだから。
急に休んで迷惑をかけているのだから。
働かないおじさんや難のある若手の分の皺寄せが自分にきても、「私がやらなきゃ」とあれこれと抱え込んでしまっていたのです。
時短の罪悪感のせいで、本来なら「声を上げたほうがよい」という当たり前の感覚すら失っていました。
■ 呪縛が解けた日。便利屋の私も、頑張っていた
呪縛が少しだけ解けたのは、限界を迎えていた時期の、上司の動きでした。
当時は、立て続けに大きな契約が走り、トラブルも重なり、ただでさえ多忙を極めているタイミングでした。
そこへ年度末と翌年度の調整が重なり、さらに多忙に拍車がかかる。
1月に退職(転職)で貴重な人材が減って、私が2人目の悪阻のピークだった3月・4月でさえまだ完全な欠員状態。
働かないおじさんと、難ある若手を抱えるチームで、私は2人目の妊娠中。
とても回っているとは言い難い、文字通り日々綱渡りの自転車操業でした。
そんななか、前の上司が裏で画策してくれていた(優秀だと噂の)同世代の社員が、5月にようやく着任。
さらに、新しく赴任してきた上司が、5月・6月にかけて部内のチーム間での業務分担をドラスティックに見直してくれました。
私を苦しめていたやや面倒な案件と若手を、別チームへと引き離してくれたのです。
もちろん、移した案件がすぐに完全手放しになったわけではなく、しばらくは私も手を動かしたりフォローしたりを続け、今後のアクションが見えてきた7月下旬に、ようやく完全移行となりました。
たまに相談に乗ったり、教えたりすることはありましたが、それでも心の荷物は劇的に軽くなりました。
新しい上司や、案件を巻き取ってくれた側の管理職にこう言われました。
「これは大変だったでしょ。よく回ってたね」
「〇〇さん(働かないおじさん)も、近く異動してもらうかたちで調整しようと思う」
その言葉をかけられたとき、張り詰めていた糸がふっと緩むのを感じました。
あぁ、私の感覚は間違っていなかったんだ。
胸の内にしまわずに、もっと早く声を上げてもよかったんだと、思えた瞬間でした。
ちなみにその新しい上司は、どうしてもなときは自ら手も動かしてくれる方でした。
時間的にも体調的にも迷惑をかけているという申し訳なさはありましたが、それ以上に、安心感のほうがずっと大きかったです。
■ 境界線を引くため。本業が母の小さな「NO」
本来、適切なチームビルディングがなされていれば、2,3日程度仕事を休んだところで、大した問題にはならないはずなのです。
(何でも引き受けてしまいがちな自分には、その環境を自分でコントロールすることも、また別の難易度の高さがあるのですが……。)
また、組織から必要とされ、求められる存在であるということに対して、もう少し自信を持ってもいいのかもしれない、とも思います。
(本当の意味で、真に、会社や顧客にとって必要な存在になれたときは、休んだときの申し訳なさも減ったりするものなのでしょうか……。)
その上で、どうしたら仕事をシャットダウンして、家庭に向き合えるのか。
よく「仕事用のスマホは視界に入らない場所に置き、プライベートに持ち込まないようにしましょう」なんて綺麗な解決策を言われても…
隠しておいたところで、電源を切ったところで、あの四角い機械が家の中にある限り、頭の片隅で「何か連絡が入っているのではないか」「あのタスクはどうなったんだろう」と気になってしまう人は多いはずです。
それでも。
時には、形から入るのでもいいから物理的に電源を切り、目の見えないところに置いておくこと。
それ自体が、仕事と家庭の間に無理やりにでも境界線を引くための、育児を(介護等も)抱えながら働く私たちにとって、小さな「NO」の儀式になるかもしれません。
ときには、「今日は一切仕事はできません」という宣言だってあって然るべきなはず。
私の本業は、母親です。
子どもが親を必要としてくれる短い時間を、仕事に向かう真顔で消費してしまわないために、私もしたたかにならないと、と思います。
子どもの未来を、自分の人生を、
会社は保障してはくれないのですから……。
みなさん今日も本当におつかれさまです🍙❁⃘*.゚
