【あがり症|美大受験10】もう11月なのに。デザイン科に向いていないかもしれない|文化祭と蛍石と夕焼け空②|ふるえるままに、すすめ30
あがり症でHSP気質のうにが、美大受験、大学中退、そしてその後も続いていく日々の中で、変わりたくても変われない、どうしようもない自分を抱えたまま世界を泳いでいく『うに』のイラスト付き連載エッセイです。うまくいかない日も多いけど、うにはうにのまま、ふるえるままに進んでいきます。
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なつめ「あ~~、波多野先生~~! ゆきちゃんからLINE行ってませんか?」
波多野先生は「あ?」という顔をしました。「あ~……見てないや。通知切ってたわ」
そう言いながら、つなぎのズボンのポケットからスマホを取り出します。隣にいた女の人があきれたように言いました。
「ほら~。だから、電源入れとかなきゃダメって言ったじゃない」
「いや、サークルの連中うるさいし……あ~、いっぱい来てる……無視無視……」波多野先生はぶつぶつ言いながら、LINEを確認しています。

「はじめまして。波多野君の生徒さんよね? わたし、波多野君と同じサークルの4年で、原です」
「あ、はい」
なつめとうには、ちょこっと会釈をしました。
原さんは「高校生?」と聞きました。
なつめ「えっと、夜間部の高校三年のなつめです」
うに「……同じクラスの、うにです……」
うには、なつめの後ろから小さな声で言いました。
原さん「高校三年生! わかいな~~、かわいいな~~」

原さんは楽しそうに目を細めて、なつめの後ろに隠れがちなうにの顔をのぞきこみました。うには、さらに小さくなって、一歩なつめの後ろへ下がります。昔から、初対面でパーソナルスペースにグイっと踏み込んでくる人が、少し苦手です。
でも原さんは、うにのその一歩後退に気が付いたのか、にこっとして、同じように一歩下がりました。
あれ? この人、こっちに近づいてこない……。
うには、ちょっと驚いて原さんを見返しました。
原さん「あ、それ、宝石、磨いたの?」
なつめ「あ、はい、そーなんです」
なつめは、バッグに下げていたお守り袋に手を添えました。
原さん「いいなあ、見せて見せて」
なつめは、原さんに磨いたフローライトを見せました。
原さん「わ~、きれ~い。地層みたいな模様だね!」
なつめ「はい。石によって色の出方が違って」
なつめが、うにを見ます。
うにはポケットから、自分のフローライトを取り出しました。
「これ、うにちゃんの? 本当だ、色味が淡くて、こっちもきれいだねえ。磨くの大変だったでしょ?」
うに「大変でした……けど、楽しかったです」
原さん「ああ~、わかるぅ。手間暇かければかけるほど、愛着湧くよねえ」
波多野先生「え~と、ゆきから、14時に四号館の中庭で待ってるって」
波多野先生が返信を打とうとしていると、原さんがいいました。
原さん「じゃあ、わたし行くね」
波多野先生「え、あ、先輩、ちょっとまって、送るから」
原さん「いいよ、いいよ。波多野君、生徒さんたち案内しなきゃでしょ。わたしも16時から展示の案内係だし。準備もあるからさ」
波多野先生「先輩、夜の部は? 後夜祭のライブ行きます?」

原さん「波多野君、行くの? 楽しんできて。わたし、ああいうのちょっと苦手なんだよね。音、大きくて、疲れちゃうから」
そう言って、にこっと笑いました。
なつめとうには、ちらっと目を合わせました。
なつめの目が言います。(もしかして、わたしたち、すんごいタイミング悪いんじゃ……。)
うにの目が返します。(でもでもでも、偶然だしっ……。)
なつめ「うちらもゆきちゃんにメッセージしとこっか」
うに「(うんうんうんうん)」
原さんが、ふと思い出したように、なつめとうにを見ました。
原さん「そうだ、四号館のデザイン学部の展示見終わって、時間あったら、六号館の日本画の展示見に来ない? 日本画、興味ないかな?」
なつめ「え、あ、はい! 時間があったら行きたいです!」
原さん「よかった~~! 展示は17時までよ。ぜひぜひ来てね」
なつめ「はい!」
なつめが元気よく返事をする横で、うにも小さくうなずきました。
波多野先生は、まだ少しだけ不満そうな顔で、「じゃあ、先輩、あとで」と言いましたが、原さんは、それを聞いているのかいないのか、にこにこと手を振って「じゃあね」と言って、人込みの中に去っていきました。
波多野先生は、そんな原さんの背中を、しばらく見送っていました。途中で原さんが人にぶつかりそうになると、「あっ、も~」と小さくぶつぶつ言っています。
それから、なつめとうにの視線に気づいたのか、ふっと顔を戻し
「……ん。じゃ、四号館行くか」と言いました。

いつもの先生の声でした。

四号館のデザイン科の建物は、少し不思議な形をしていました。
白い大きなキューブが四つ並んでいて、その間をガラス張りの回廊がつないでいます。遠くから見ると、積み木でつくった建物に、透明な橋をかけたみたいでした。

建物の中にも、水鏡の中庭がありました。枯山水の岩みたいな黒くて艶のあるオブジェが置かれています。水面もオブジェも、きらきらと静かに輝いていました。どこかで水が流れ落ちる音もしています。
さっきまで外で聞こえていた模擬店の呼び込みや、学生たちの笑い声が、少し遠くなった気がしました。

そこに入った人たちは、なぜか自然と小声になります。
「かっこいい……!」
なつめが、思わず声をひそめて言いました。
「だろ~?」
波多野先生が、少し得意そうに笑います。
「リニューアルしたばかりなんだ。俺らが一年の頃は、ボロボロの校舎でさ。一年のデザイン科なんか、廊下に並べた机で製図やらされてたんだから」
「廊下で製図……」
なつめが目を丸くしました。
うにも、思わず建物を見上げます。
「こっちのキューブが展示棟」
波多野先生は、白い建物のひとつを指さしました。
「後ろ側の二つのキューブと、その奥の細長い建物が、アトリエと講義棟。そっちは、今日は入れないけどな。まあ、アトリエの方は、もっとごちゃごちゃっとしてるよ」
波多野先生が笑いながらそう言ったときでした。
中庭のベンチに座っていたふうことゆきちゃんが、こちらに気づきました。
ゆき「あっ!」
ふうこ「え~、よかった、合流できたね~!」

ふうことゆきちゃんが、両手に袋をいっぱい下げて走ってきました。
「波多野先生、こんにちは」
ゆきちゃんがきちんと頭を下げます。
その瞬間、鏡のような水面と、黒く艶のあるオブジェと、ガラス張りの回廊でできた静かな中庭に、なかなか強いソースの匂いが流れこんできました。
波多野先生「……お前ら、何持ってんの。すんごい匂いなんだけど」
波多野先生が、思わず笑いました。
ふうこ「え~、だって、みんなでお昼食べようと思って、いっぱい買っちゃったんです」
ふうこは、うれしそうに袋を持ち上げて、「たこ焼きでしょ、焼きそばでしょ、お好み焼きでしょ」と袋の中身をみせてくれます。
なつめ「いや、粉もんばっかじゃん」
ふうこ「だって、文化祭は粉もんでしょ!」
みんなが笑いました。
波多野先生「いや、やばいって。展示室にそれ持って入ったら」
ゆきちゃん「ですよね~」
ゆきちゃんが、少し困ったように袋を見下ろしました。
「先に食べちゃったほうがいいか」
なつめが言うと、波多野先生も、うなずきました。
「あ~、じゃあ、ちょっとここ出るか。食べやすいところあるから」
波多野先生は、デザイン棟の建物の外をぐるりと回って、あまり人のいない芝生のほうへ案内してくれました。
そこには、ベンチのような、でもベンチと言い切っていいのかわからない、少し変わった形のオブジェがありました。
「ここならまあ、大丈夫だろ」
そう言われて、私たちはそこに腰を下ろしました。
袋を開けると、たこ焼きと焼きそばとお好み焼きの匂いが、一気に広がりました。

ゆきちゃんはうれしそうに割り箸を配り、なつめは「粉もん祭りだね」とわらい、ふうこはもりもり食べていました。

急ぎ気味にお昼を食べたあと、私たちはみんなでデザイン棟の展示を見て回りました。
ポスターや模型、プロダクト、映像作品。いろいろな作品がありました。
印象的だったのは、作品のそばに立っている学生さんたちが、自分の作品について、来場者に質問されると、しっかりと説明していたことです。

なぜその形にしたのか。誰に向けて作ったのか。どういう問題を解決しようとしたのか。デザインにはコンセプトがあって、それを形にして、さらに言葉でも説明できないといけないのだと知りました。
先輩たちの説明は、とても上手で、自分の作品について、堂々と話していました。
でも、そうして発表している人たちを見ていると、
なぜか突然、強い羞恥心がこみ上げてきたのです。
作品そのものが恥ずかしいわけではありません。先輩たちが、何か恥ずかしいことを話しているわけでもありません。
むしろ、説明はとても堂々としているし、誠実に伝えようとする姿はかっこいい。
かっこいいのに、なぜか。
私の心の中に、強いいたたまれなさが……
自分の思いを言葉にして、伝えるとか……
ひええええ!無理~~~!!
って。

心の中がそんな声でいっぱいになって、私は作品をよく見ているふりをしながら、そそくさとその場を離れてしまいました。
はあ……この気持ち、一体何なんだろう。
ポケットに手を入れると、さっき磨いたフローライトが指に触れました。
袋から取り出して、掌の中でつるつるした面を撫でます。
そうしているうちに、少しずつ気持ちが落ち着いてきました。

どうしよう……!まさか、人が発表しているところを見るだけで、アップアップになるってどういうこと?!
こんなことで、自分が人前で発表なんて、できる気がしない。
うに、もしかして。デザイン科は向いていないんじゃないか。
そんな疑念が湧いてきました。

デザイン棟を見学したあと、六号館の日本画棟の展示を見に行きました。
いくつかの展示を見て回りましたが、原さんには会えませんでした。
波多野先生は、スマホであちこち電話したりメッセージを送ったりして、少し忙しそうでした。
日本画棟の1Fで波多野先生と別れ、外に出ると、もう夕方でした。
風が、少し強くなり始めていました。
ガラス張りの日本画棟の壁一面に、真っ赤な夕陽を受けた雲が映りこんでいました。赤と金色と、少しだけ紫が混ざった雲の影が、ガラスの中で大きくうねっています。雲たちは、まるで何かに追われるように、夕陽に向かって群れで駆けていくみたいでした。

もう、十一月です。
これから冬期講習会や、入試直前対策コースが次々と始まっていきます。
……今さらコース変更なんてできないよ。
デザイン科で行くしかない。
うには、そう思いました。

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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。
大切なお知らせ
本作は実体験に着想を得たエッセイですが、プライバシー配慮のため登場人物・団体・時系列・場所等に創作・合成・編集を含みます。特定を意図していません。ただし、うにが感じた気持ちと気づきは本物です。

