【あがり症|美大受験11】海底の岩場の影に隠れるうにに、朝は来るのか|うに、面談室から脱走する|ふるえるままに、すすめ31
あがり症でHSP気質のうにが、美大受験、大学中退、そしてその後も続いていく日々の中で、変わりたくても変われない、どうしようもない自分を抱えたまま世界を泳いでいく『うに』のイラスト付き連載エッセイです。うまくいかない日も多いけど、うにはうにのまま、ふるえるままに進んでいきます。
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うに「え、ゆきちゃんとふうこ、冬期講習、来ないの……?」
冬期講習会の初日。ゆきちゃんとふうこの姿がありませんでした。
なつめは鉛筆を選びながら、ふと顔を上げて、うにを見ました。
なつめ「ふたりは都内の大手予備校の講習会に行くってさ」
うに「え。そうなんだ……」
なつめ「うに、知らなかったんだ?」
うに「全然……知らなかった……」

なつめ「浪人生のクラスでも、結構そういう人多いらしいよ。実際さ、芸大のデザイン科の合格者の半分くらいが、その予備校から出るらしい」
うに「……半分も?すごいね……」
なつめ「そうそう。うには興味ない?」
うに「……う~ん」
うには考えてみました。
ここよりずっと大きくて、生徒数もいっぱいいる、きっとうまい人だらけの予備校の教室に入っていく自分。
知らない人ばかりの中で、たったひとりで制作する自分。
そして、知らない先生の講評を受ける自分……
ゔっ。想像しただけで、心臓がどきどきしてきて、吐き気がしてきそう。
4月から、週6で予備校の夜間部に通って、8か月。
最近になってようやく、大森先生や波多野先生の顔を、時々ちらっと見られるようになってきた、という、相変わらずの重度の人見知り&書痙のうにです。描いているときに、背後に先生が通りかかると、いまだに手の力が抜けそうになってる。
そんな自分が、今から、全国トップクラスの大きな予備校に行って、何ができるというのか。
うに「う~ん……わたしはいいかな……」
なつめ「そっか」
なつめは片腕を伸ばして、石膏像の各パーツの大きさを測りながら言いました。
なつめ「あたし、入直は行こうかなって」
※入直=入試直前講習会
うに「そうなんだ……怖くない?」
なつめ「怖い? う~ん、ちょっと緊張はするけどさ。見てみたいんだよね。全国から集まってくる人たちのレベル。自分の今の実力がどのくらいなのか、よくわからないじゃん」
うに「……そっか」
そっか。全国か。
そうだよな…全国の受験生とたたかうんだよな。
あたりまえだけど。
うにはうつむいて、手の中の練り消しをもみもみしました。
なんでこんな試験なんてあるんだろうな。
みんな、学びたいだけなのに。
大学って学びたい人を育てるための場所なのに、なぜ入り口でこんなに多くの人をふるい落とすのだろう。
その人が伸びるかどうかは、17、18才の完成度だけで決まるもの?
行ってから頑張るんじゃ、どうしてダメなのかなあ…

教室の入り口に、大森先生が顔をのぞかせました。
大森先生「次、うに~。面談~」
うに「は、はい……」
うには、作品を挟んだカルトンを抱えて教室を出ました。

うに「あの、先生、これ……」
面談室に入ると、うには、カルトンのひもをほどき、二枚の板のあいだから、描きためていた絵を何枚か取り出そうとしました。
大森先生「え? 何?」
うに「え? 何って……先週、先生が……」
大森先生が、みんなに言ったのです。「来週からひとりずつ面談するからな~。あ、そうだ。もし、今までの課題で、時間に間に合わなかったとか、うまく描けなかったとかで、講評を受けられていない課題があったら、描きなおしてきたら、面談で見るから、持ってきていいぞ~」
提出できなかった課題、といえば、例の、自由課題。
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あれ以来、うには家でひとり、少しずつ描いていました。それが、何枚か出来上がっていたのです。面談で提出と言われて、すぐに見せられる絵がそれしかなかったから、仕方なく……その中から、3枚ほど選んで持ってきたのでした。
大森先生「ああ、あれか! 持ってきたの?」
うに「え、あ、はい……」
大森先生「おお~、まじか。持ってきたの、うにだけだよ」
うに「えええ……じゃあ……」
そそくさと絵をしまいかけたうにを、大森先生が慌てて止めました。
大森先生「あっ、見せて見せて」
うに「いや、でも……」
大森先生「せっかく持ってきてくれたんだし! 見せてよ」
うに「う……はい……」
うには、大森先生の前に、3枚の絵を並べました。
大森先生「ほう……! へえ……。これ、何の課題だっけ?」
うに「えっと、以前出た、自由課題で……なんでも好きなものを色彩構成していいっていう……」
大森先生「ああ。あったね、そんな日。それで、これはどんなテーマの絵?」
うに「えっと……ずっと、書道をやっていて……」
大森先生「書道?」
うに「はい……。書道って、白い紙に、黒い墨を入れていくじゃないですか」
大森先生「うん」
うに「でも、絵なら……その反対も、できるのかなって」
大森先生「反対?」
うに「黒を…黒だけじゃなくていろいろな色を…、白が飲み込む、みたいな……あの、絵の具とか、まだまだ使ったことのない色とかあるから、色々混ぜたらどうなるのかなとか、あと、石の模様とかが好きで、ヒビとかきれいだし……」
話しているうちに、うには急に恥ずかしくなってきてしまいました。うに、何言っているんだろう。ちょっとアホみたいじゃないかな……
「えっと、ただそれだけの絵なんです……」
大森先生は3枚の絵を並べ、少し離れたり、近づいたりしています。

大森先生「うに、抽象、好きなの?」
うに「え、抽象……? 抽象……特に考えたことないです……けど……」
大森先生「そうなのか? この辺とかさ、いろいろ試してるだろ?」
大森先生が、絵の一部を指さしました。
たしかに、いろいろ試してはいました。絵の具と紙で、どんな質感が出せるのかを、画面の上であれこれ実験していたのです。
実際の試験では、厳しめの時間制限があるので、テクスチュアに凝るなんて、そんな無駄に時間がかかることできないと思います。でも、だれにも見せなくてもいい絵だし……って思って、色々やってみたのでした。
大森先生「そっか~。こういうの、好きかあ」
大森先生は、もう一度、壁に並んだ三枚の絵をじっくりと見て、考え込んでいます。
大森先生「うに、デザイン科志望だよな……デザイン科か……」
うには先生のつぶやきを聞きながら、あまりの恥ずかしさに、今にも消えてしまいたい気持ちになっていました。
こういうの、変なんだろうか。たしかに、これじゃあ、一般的なデザイン科の色彩構成とは全然違うし……過去の合格作品とは、似ても似つかないもんね……きっと受験じゃ評価されない絵なんだろうな、わかってる、わかってるもん……
ああ、こんな絵、持ってくるんじゃなかった。
ああ、もう、今すぐしまいたい。面談終わりにしたい。
うに、消えてなくなりたい……。
うにはいたたまれなさに、どんどんちいさくなっていきました。
「これだな!」
大森先生は、急に意を決したように、左側に置かれていた一枚を手に取り、そして意外なことを言ったのです。
大森先生「これ、しばらく塾で預からせて」
うに「えっ?」
大森先生「うん、これ、いいよ、この絵。ほかの先生にも見せたいし」
うに「え、ええ……」
大森先生、突然何を言い出したのか、うにの頭の中が、うまく追いつきません。
大森先生「うにさ、普段から、課題に答えるのは、わりとそつなくできるじゃん? でも、ちょっと心配してたんだよなあ。好きなものとか、こんな風に描きたいとか、あるのかなって」
大森先生は、うにをふりかえって、にっと笑いました。
大森先生「あるじゃん」

その瞬間、うにの顔が、かあっと熱くなりました。
褒められた。たぶん、ものすごく。
でも、うれしいのか、恥ずかしいのか、怖いのか、いろいろな感情が、うわ~~っと押し寄せてきて。
さっきまで岩場に隠れていたのに、急にそこに光が当たってしまったみたいにオロオロして、どうしていいかわからなくなってしまって。

なぜか涙があふれてきそうになって、あわててうつむきました。
大森先生「……え、これ、だめ?」
うに「……」
だめじゃないです。でも、鼻が熱くなってツーンとしてきて、目頭がじわじわ熱くなってきて、このままここにいたら、本当に涙がこぼれちゃう。褒められて泣くなんて、自分、意味わかんなすぎる!(混乱!)
うに「あ、あの……」
大森先生「ん?」
うに「す、すみません、トイレに!」
うには、ほとんど逃げるように面談室を出ました。
泣いてない、泣いてないもん。先生には、見られてないもん。
ああ、本当に、何かあるとすぐに泣きそうになる自分が、情けなさすぎます。
講評で、至らないところを指摘されるのは平気なんです。自分が塾の中でも一番通っている期間が短くて、技術的にも圧倒的に足りていないのも、十分わかってるから。指摘されるのが、ありがたいと思ってるから。
でも、急に、面と向かってほめられると……だめ。これはだめだよ。
う~、涙が出ちゃう。なぜだ~。やめろ~、自分。自分で自分の反応が、まったくわからないです。
(あるじゃん。ちゃんと)
あるじゃん、なんて言われても。
ありますか。うにに、何か、すこしでもいいところがありますか。
自分が自由に描いたものに価値があるなんて、
うに、ちっとも思えないんだもの。
ああ、こんな豆腐メンタルで、都内の大手予備校に行くなんて、無理にきまってる。

ひたすら海底の岩場の影に隠れたいうにに、朝は来るのか。
つづく

いくらうれしい(あるいは恥ずかしい)からって、面談室で泣きそうになってトイレに駆け込むなんて、いくらなんでも感情の針が振り切れすぎじゃない?」と、自分でも自分の極端さに呆れてしまうような気持になります。
でも、社交不安障害の人の、「泣いちゃうほどの激しい反応」には、ちゃんと心と体の仕組みに基づいた理由があるそうです。
なぜ「恥ずかしい」を通り越して「涙」が出るの?ってAIに聞いてみました。
「心の防衛壁」をバイパス(直撃)された衝撃
うには普段、人見知りや書痙という「自意識の壁(岩場)」を作って、傷つかないように自分を守っています。講評でダメ出しされるのが平気なのは、その「壁」の内側で「あ、やっぱりダメですよね」と、予め防御姿勢を取れているからです。
しかし、大森先生の「あるじゃん」という言葉は、うにが予期していなかった角度から、その防衛壁をすり抜けて、一番柔らかい心の核心(本音、アイデンティティ)にダイレクトに命中してしまいました。
自律神経が、交感神経と副交感神経の間で大振れ。
心の準備が全くできていない無防備なところに、一番欲しかった(でも諦めていた)肯定が直撃したため、感情のキャパシティが文字通り「決壊」してしまった状態です。堤防が崩れるように、涙が溢れてしまうのはこのためです。(Gemini先生曰く)
どうして
今になって今になって
僕は考えたんだろう
まだ見えない自分らしさってやつに
朝は来るのか
サカナクションといえば、最近は「怪獣」や「夜の踊り子」の勢いがすごいですが、「アイデンティティ」もめちゃくちゃいい曲ですので、ぜひぜひ♪

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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。
大切なお知らせ
本作は実体験に着想を得たエッセイですが、プライバシー配慮のため登場人物・団体・時系列・場所等に創作・合成・編集を含みます。特定を意図していません。ただし、うにが感じた気持ちと気づきは本物です。

