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【あがり症|美大受験5】自由が苦手すぎる。うには、白い紙の前で固まる|ふるえるままに、すすめ25

あがり症でHSP気質のうにが、美大受験、大学中退、そしてその後も続いていく日々の中で、変わりたくても変われない、どうしようもない自分を抱えたまま世界を泳いでいく『うに』のイラスト付き連載エッセイです。うまくいかない日も多いけど、うにはうにのまま、ふるえるままに進んでいきます。

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塾の面談日がやってきました。

現役生が通う夜間部基礎科の主任・大森先生は、優しくてフランクで、生徒ひとりひとりの良さを見つけて伸ばしてくれることで人気の先生でした。

けれど、先生がどれだけ優しく話しかけてくれても、
面談室で二人きり……面と向かって話すなんて緊張MAX
目を合わせることすらできません……!

今思うと、この頃からすこしずつ、対人不安が強くなってきていたのかもしれません。

絵を描いているとき、ふと背後に先生が立っていることに気づくと、手から力が抜けてしまうことがありました。

鉛筆を持っているのに、手の平から指先まで、もやもやして力がまったく入らず、がんばって鉛筆を握っても、思うように動かせなくなるのです。
(あれ……なんだろう。手が変だ……)
と思いながら、両手をもんだり振ったりしていました。

波多野先生や大森先生が近づいてくる気配を感じると、さっと席を立って、筆洗を洗いに行ったり、トイレに行ったり。
とにかく、背後から見られている状況を避けるようになっていました。

しばらく休憩すれば、また描けるようにはなりました。

大丈夫。大したことじゃない。
このくらいのことで止まってはいけない。
みんな頑張っているんだし。

受験前だから不安なのは当然だし。
不安なのはみんなも同じだし。

先生に見られて緊張するなんてよくあることだし。
手も、少し休めば戻るから大丈夫。
先生がいなくなったら戻ればいいんだから大丈夫。

(こんなメンタル弱くてどうするの
……なんとか受験本番までに乗り越えなくちゃ)


そんな状態で迎えた面談日でした。


大森先生「えーと、最近どう?」

うに「……どう、とは……」

大森先生「う~んと、木炭から鉛筆デッサンに入ったでしょ?だいぶ慣れたかな?」

クマさんのような大森先生

うに「あ、はい……」

大森先生「木炭と鉛筆だと、またちょっと違うでしょ」

うに「あ、はい……」

先生は、うにが話しやすいように、やわらかく質問してくれます。

でも、うにの頭の中は「早く終わってほしい」でいっぱいでした。

大森先生「んー、じゃあ、受けたい大学とか学部とかは、だいたい希望ある?」

うに「あ、はい……!」

うには、カバンの中から、自分で作ってきた進路希望のレポートを取り出しました。できるだけ短時間で面談が終わるよう、事前に自分なりに調べてきた資料です。

大森先生「お、何々? ちょっと見せて?」

うに「あ、はい……」

先生は、そのレポートをしばらく無言で見つめました。

そして、うにの顔とレポートを何度も見比べながら、少し驚いたように言いました。

大森先生「これ、自分で考えたの?」


実のところ、美大受験は「実技試験」だけで決まるものではありません。多くの場合、実技試験と学科試験の総合点で合否が決まります。

たとえば、わかりやすいようにあえてシンプルにして説明すると、ある美大では、

実技:300点
学科:200点
合計:500点満点

という配点になっていて、合格ラインが370点前後になる、というような目安があります。

もちろん合格点は年によって変わりますが、重要なのは、実技と学科を合わせた総合点で合格ラインを超えればいいということです。

実技だけで勝負する必要は、そもそもないのです。

もし学科が得意な子、あるいは学科に伸びしろがある子なら、むしろ学科をしっかり対策することで、総合点を大きく押し上げることができます。

しかも、学科には「答え」があります。実技には明確な答えがないけれど。

実技は不確定要素が多すぎます。
どれくらい上手くなれば受かるのか。何を描けば確実に評価されるのか。それは簡単にはわからない。試験当日、どんな課題が出るかとか、席はどの角度になるかとか、天候など、運にも左右されます。

そうなると、経験豊富な浪人生に、実技だけで勝つのはかなり難しい。

でも、学科は、努力次第でなんとでもなります。
現在進行形で高校に通って学科を勉強している現役生は、学科で点を取りやすい。

実技と学科の総合点で合否が決まるならば——。

鍵は、学科だ。

実際、かの有名な美大マンガ『ブルーピリオド』でも、現役合格した主人公の八虎君は、もともと学業成績が優秀な子でした。そのことには、漫画の冒頭で少し触れられているくらいですが、
美大受験を乗り越えている人なら、実はあれがかなり重要な要素だとわかると思います。

センター試験、今でいう共通テストで、それなりの高得点が取れれば、美大受験では大きな武器になります。

もちろん、絵が浪人生と戦えるレベルに達していることが前提です。そこまで到達するには、たくさんの訓練と苦悩と、異様な集中力と伸びが必要です。

それでも、学科の加点は無視できません。

実際、予備校で毎月行われる定期テストでも、それははっきり表れていました。

そのテストでは、実技と学科の総合点で順位が出され、結果は廊下に張り出されます。

うにの実技の順位は、いつも真ん中あたりでした。
決して悪くはない。
でも、浪人生を押しのけて上位に食い込めるほどでもない。

ところが、そこに学科の点数が加わると、順位は一気に変わりました。

総合順位になると、うにの名前は上位三位あたりに表示されるのです。

その張り出された順位を見ながら、うには思いました。

実技だけでは、まだ勝てない。
でも、総合点なら戦えるのかもしれない。

これが、現実的な、自分の勝ち筋かも、しれない。



うに
「今の自分の学科の得点と、実技の順位を見て……浪人生も含めた中で考えると、総合点で……おそらく、ここと、ここと、ここあたりなら、合格を狙えるんじゃないかと……」

うには、自分の分析結果を説明しました。

大森先生は、しばらく考えたあとに、

と、少し心配しているようにも取れる声色で聞いてきました。

うに「え……あ、はい。好きです」

好きだから、ここにいるんです。
好きだから、どうすれば合格できるのか、現実的に考えているんです。

でも、もしかすると先生には、うにはかなり変わって見えたのかもしれません。

普通なら、進路を聞かれたら、

「自由に描きたいから油画科に行きたいです」
「好きなアーティストのMVのデザインがしたいので、
デザイン科とか、映像とかがいいです」

そんなふうに、憧れや好きなものから話すのかもしれません。

けれど、うにが持って行ったのは、
配点と合格ライン。
自分の学科の点数と、実技の順位。
浪人生との差。
どこで勝てそうか。

だって、塾って、受験って、そういうものだと思ってたから……。

大森先生「う~ん、そうか~、そうか~」
大森先生は人好きのする、だけどちょっと困ったような笑顔を浮かべていました。

その後、うにの担当は、デザイン科の野田先生に変更になりました。

野田先生は、大森先生のような情熱型の先生ではなく……ぼそぼそとつぶやくように話す先生で、指導も淡々としていました。
めったに笑うことも、ほめることもないので、怖いと思われがちな先生で、他の生徒からは、あまり人気がなかったような気もします。

でも、野田先生の指導はいつも端的で具体的でした。

「課題に対するデザインの意図が、ちょっと弱くないか? 伝えたいことを絞ってみて。あれもこれも入れないで、むしろ削る意識で」

「無駄な要素はいれない」(とにかく無駄を削れ、とは言われました。無駄があれば伝える力がぶれて弱くなるし、試験では制作時間も限られているので、頭の中の理想をそのまま追いかけたら、完成度が甘くなる。非常に合理的な判断…!)

「この課題なら、こういう解釈もあるよね。だとしたら、別の見せ方もあるんじゃないか?」

「講評が終わったら、家で、もう一度同じ課題を別の角度からラフスケッチしてみるといい。違う答えが出てくるから」

「得意な表現をいくつか持った方がいい」

「これとこれとこれについては、実物を見なくても描けるように」

野田先生のコメントは、単に良いか悪いかだけじゃなくて、
課題はどういう視点を持ってみるといいか、
何を訓練すればいいのか、非常に端的に言葉にしてくれるのでわかりやすかったのです。

「君は、デザイン向きだな」

うに「そう……ですか?」

「自由に絵を描けって言われるより、課題があった方が描けるんじゃないか?」

うに「……あ、そうかもです」

野田先生「そうゆうタイプもいるからな」

講評の後、うにのところにやってきては
ぼそぼそと伝えてくれることを、
うには愚直に実行し続けていきました。

でもある日、波多野先生が発表した課題は、自由課題でした。

波多野先生
「たまにはな~、息抜きも大事だ! というわけで」

みんなは大喜びです。

でも、うには固まっていました。


頭の中に、何も出てこなかったのです。



周りの生徒たちは、楽しそうにエスキース(アイデアのスケッチです)を描き始めていく中、うには、ただ、白い紙の前で止まっていました。

予備校の夜間部に通い始めてから、どの課題もきちんと提出していました。
上手いかどうかは別として、出された課題には必ず向き合ってきました。

けれど、この課題だけは、なんにも、出てきません。
好きなものって……何を描けば『正解なの?』

大森先生の言葉が頭をよぎります。



好きです。課題には全部答えられる。

なのに、自ら描きたいものが、なにも思い浮かばない……。



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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。

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本作は実体験に着想を得たエッセイですが、プライバシー配慮のため登場人物・団体・時系列・場所等に創作・合成・編集を含みます。特定を意図していません。ただし、うにが感じた気持ちと気づきは本物です。

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