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【あがり症|美大中退編8】脳みそは、ろくなことをしない|なんという謎の責任転嫁|ふるえるままに、すすめ45

あがり症でHSP気質のうにが、美大受験、大学中退、そしてその後も続いていく日々の中で、変わりたくても変われない、どうしようもない自分を抱えたまま世界を泳いでいく『うに』のイラスト付き連載エッセイです。うまくいかない日も多いけど、うにはうにのまま、ふるえるままに進んでいきます。

はじめてましての方はこちらからどうぞ】
★子供のころのあがり症は1)こちら
★あがり症を抱えたまま働きだしたストーリーは4)こちら
★美大受験期・美大中退編は21)こちら

あの講義のあと、風邪をひきました。
熱が出て、咳が続いて、身体がだるいんです。
でも、そのくらいなら、寝ていれば治るよね……

休んでいるあいだに、大学から何か連絡が来るかも。
課題をどうするのか、先生に説明しなきゃ。
ああ、考えるだけで胸がつぶれそう。
行かなきゃ。でも怖い。
でも行かなきゃ始まらないよ。
分かっているのに、できない。

もう考えたくなくて、ひたすら布団の中で眠るだけ。
眠っているあいだだけは、何も決めなくていいから……。

熱は、なかなか下がらず、食欲もどんどんなくなって。
おかゆやうどんのようなものを何とか食べていました。

本格的にまずいかもしれないって
怖くなったのが、体重の減少。
体重計に乗ると、
前の日より500g減っている。
次の日も、また500g減。
また次の日も……
毎日500gずつ減っていくんです。

ダイエットってこんなに簡単だったっけ?(ちが~う)

体重計、壊れているんじゃないかな?
って思ったほど。

でも、風邪をひいているんだから…
風邪が治れば、また元に戻るよね
って、怖さに蓋をして。

鏡の中の顔は、
自分ではそれほど変わっているようには
思えないんです。
頬がこけたというほどでもないし。
ただ多少顔色が悪く、
目の下に薄い影があるかなって。

それよりも大学行かなきゃ。
でもクラスメイトに会ったらどうしよう……
ゆきちゃんに会ったらどうしよう……
あの講義で、みんなの前で
あんな恥ずかしい叱責を受けたことが、
波多野先輩に伝わっていたらどうしよう……
色々な人を失望させていたらどうしよう……

そんなことばかりが頭に浮かびました。

次第に、咳の中に、ゼイゼイという
呼吸音が混じるようになってきました。
喘息の発作でした。

特に夜になると喘鳴がひどくなり、
横になっていられなくなります。
壁に背を預けて、座ったままうとうと。
でも、うには、
小児喘息とは幼稚園の頃からの付き合い。
対処法は大体わかっています。

こうやって座って数夜過ごせば、
徐々に回復に向かっていくのが
いつもの流れ。

大丈夫。平気。

でも、ある夜、
これまでにない強烈な発作が来ました。

完全に気管がふさがり、息ができませんでした。
吸っても、吸っても、
気管がぴったりとくっついてしまい、
空気が入ってきません。

もはや、苦しい、なんていうものじゃなくて。
(あ、これ、このまま窒息する)って。

その瞬間、怖かったけれど、
その一方で、頭のどこかが妙に冷静で

(ああ、うにの人生ここまでか。
そんなに悪い人生じゃなかったよな。
ご飯は食べられたし、いい学校にも行かせてもらった。
友達は、そんなにできなかったけれど。
まあ、贅沢を言っちゃいけないよな……)

なんて考えてるんです。
これがいわゆる走馬灯?

そのまま意識が遠くなりかけて……
次の瞬間、
ぴったりと閉じていた胸の気管がわずかに離れ、
「ひあっ」と息が入りました。

その瞬間、さっきまでの
どこか他人事のような走馬灯が
全部吹き飛びました。

(死にたくない。助けて)

布団から必死で這いずり出て、
隣の部屋にいた祖母に
「息が…できない…救急車……」と訴えました。


救急隊の人が来ると、
すぐに口元へ酸素マスクをつけられました。

指先には、血中の酸素飽和度を測る機械を挟まれ、
赤い光が指を透かし、数字が表示されました。
その数字を見た救急隊の人が、渋い顔をしました。

酸素マスクの中で、
自分の荒い呼吸音だけが響いていました。

着いたのは、救急医療センターのような場所。

タンカで運ばれ、
透明なビニールで囲われた箱に入れられ、
看護師さんに、
「今から、気管支を広げる薬を
吸ってもらいますからね」と言われました。

私は言われたとおり、それを吸い込みました。
これで少しずつ、呼吸が楽になるんだ……
って思いながら。

けれど、しばらくすると、
今度は心臓が速く打ち始めました。

どくん、どくん、どくん……

これ、いいのか?

少し待てばおさまるかも……
さらにもう少し吸入しました。
けれど、心臓の動きはますます激しくなりました。
胸の中で、身体とは別の生き物が暴れているようでした。

通りかかった看護師さんに、
声を絞り出して言いました。

「心臓が……すごく、ドキドキするんですけど……これ、大丈夫ですか」

看護師さんの顔色が変わりました。

「ちょっと、言わなきゃ駄目じゃない!」

大慌てで、透明な覆いの中から出されました。

(言わなきゃダメじゃないって……
今、言ったんだよ……
怒られても困るよ……)

記憶にあるのはそこまで。

Black Out

翌朝、目を覚ますと、
カーテンの隙間から
朝の光が差し込んでいました。

病院の天井でした。
うにはベッドに寝かされ、
左腕には点滴の管がつながり、
口元には酸素マスクがかけられていました。

そのおかげか、まだ喘鳴はあるものの、
呼吸は比較的楽になっています。

どうやら部屋は大部屋で、
うにが寝かされているのは、
窓際のベッドようです。

廊下から、ワゴンの車輪の音や、
看護師さんたちの忙しげな話し声が
聞こえてきました。

しばらくして、
白衣を着た医師が病室へ入ってきました。


まだ若そうな医師でしたが、
眼鏡の奥の目は厳しく、
うにとカルテの中のデータを交互に見ています。

「どお? 具合は。少しはおちついてる?」

「……はい、昨夜よりは少し、楽です」

先生は短くうなずき、聴診器で胸の音を聞きました。

「はい、吸って、吐いて。吸って、吐いて。息苦しさは?」

「今は、大丈夫です」

先生はカルテへ何かを書き込みました。

「あの、入院ですか……」

「うん、そう。その状態で、動けないでしょ」

確かに。口には酸素マスク。左腕には点滴。
体は鉛のように重く、ベッドに沈み込むようです。

でも、このまま休んでいたら
大学は、課題は……
「学校が……」

先生が顔を上げ、厳しい視線で私を見ました。

「そもそもね。君。
体がこんなボロボロになった原因、
自分で分かってる?」

急に厳しい口調で言われて
うには驚いて、先生を見返しました。

「……原因」

「そう」

しばらく答えられませんでした。

風邪をひいて、喘息になって……
でも先生が聞いているのは、
それではない気がする。
もっと根本の原因。

「……学校……です……」

ようやく、そう答えました。

先生は、眼鏡の奥からじっとこちらを見ました。

「うん。自分でも分かってるよね?」

「はい……」

「いいかい、ここ」

先生は持っていたボールペンで、
とん、とん、と自分のこめかみを叩きました。

「今の君の脳は、ろくなことをしないんだよ」

「……はい?」

うには思わず、先生の顔を見上げました。

脳が、ろくなことを、しない?
この先生、何を言っているの?

「端的に言って、
今の君の脳は栄養が足りてない。
身体も弱りきってる。
だから、思考がまともに動いてない」

先生はもう一度、
ボールペンで自分のこめかみを、
とん、とん、と叩きました。

「その状態で考えても、
脳はろくなことを考えないんだよ。
当たり前だよね? 分かる?」

うにはうなずきました。

たしかに、言われてみれば、ごもっとも……?

うにが悪いんじゃなくて、脳がエネルギーダウン中?

何という、謎の責任転嫁。

こんな説明のされ方は、初めてでした。

今まではずっと、
うにが頑張れないから。
うにがこんな性格だから。
うにの考え方が変だから。
だから、うまくいかないのだとばかり……

それが、栄養の問題なの?

「まず、食事をちゃんと食べる。
それから、しっかり寝る。
朝、ちゃんと起きる。
少しずつ動く。体力を戻す」

先生はそう言って、カルテへ目を戻しました。

「すべてはそこから。
では、食事はできる限り食べるように」

それだけ言うと、先生はサッと立って、
カーテンの向こうへ去っていきました。

脳みそは、ろくなことをしない。
脳みそは、ろくなことをしない。
脳みそは、ろくなことをしない。

うには何度か、その言葉を繰り返しました。

ああ、もしかしたら、そうかも。
うにの脳みそ、毎日不安なことばっかり考えて

ろくなことをしていない気がする。
……たしかに。

脳みそ、エネルギーダウン中?
自分では頑張ってるつもりなのに。

初めて、自分の脳みそを
少し離れたところから
見つめるような感覚になりました。

ようやく、
今の自分がやるべきことを
正しい順番に並べてもらえた、
という感覚がありました。


適応障害や鬱になり、気分が激しく落ち込み、
布団から出られなくなり、食欲も失せ、
すべてを消してしまいたくなるような衝動に駆られたら。

通常なら、メンタルクリニックや
心療内科にお世話になると思うんです。
そして、お薬をもらって、自宅療養ですよね。

でも、うにの場合は、
喘息の発作で救急搬送され、
そのまま呼吸器内科へ
二週間入院することになりました。

今思うと、これがむしろ良かったように思います。

まず、先生の指導が、

超フィジカルなアドバイス

だったこと。


食べる。寝る。朝起きる。少しずつ動く。
もう、シンプルにこれだけです。
とっても分かりやすい。

そして、大部屋への入院というのが、
また良くて。

怖い先生や、優しい看護師さんや、
同じ病室の人など、
いつでも周りに誰かがいます。

ベッドの周りのカーテンを閉めていても、
人の話し声や足音
ワゴンの車輪の音が聞こえてくる。
誰かがいる気配が、ずっとします。

なので、気持ちがしゃんとするんです。
っていうか、するしかないんですね。

メンタルが落ちているときほど
人の目の存在が大事。

(できれば家族じゃなくて、
ちょっと緊張感のある人のほうがいい気がする……)


家でひとり、誰にも見られず、
お布団の中に隠れていたら
もっと悪化させた可能性大。

しかも、入院中は
一日三回、栄養バランスの良い食事が、
決まった時間に必ず出ます。

うには会食恐怖もありましたが、
ベッドの周りのカーテンがあったので
ひとりの空間で食べられたので良かった……!


これをちゃんと食べないと、
看護師さんから、あの怖い先生へ報告が行きます。
そして翌朝、あの極寒のまなざしで、
「食べなさい」と言われるのです。

強制力が半端ない。



きっと自宅でひとりで療養していたら
うにはちゃんとできなかったと思う。

看護師さんたちも、優しい顔してけっこうスパルタ。

「トイレはどうします? 自分で行ける?」
って聞かれたので
「い、行けないかも……」
「じゃあ、尿道カテーテル入れようか」
「カテ……い、いえ! 行けます!」
とあわてて答えました。

腐っても18歳女子です。
尿道に管を入れられるなんて、ありえない。

なんとしても、トイレだけは
自分で行くしかありません。

鼻に酸素チューブを入れたまま、
点滴台を引きずり、
懸命にトイレまで歩きました。

これが、地味につらい。

トイレへたどり着くまでに、
何度か立ち止まって休まなければなりません。

廊下の手すりにつかまって休んでいると、
忙しそうな看護師さんが通りかかります。

「大丈夫?」
「……だ、だいじょうぶです……」
うにがそう答えると、
「うん、頑張れ。休み休みね!」
と、にこやかに去っていきます。

あ~いそがしい、いそがしい。

……行っちゃうんだ。(くすん)


でも、この「患者をかまってちゃんにしない」指導のおかげで、

・三食を決まった時間に、きちんと食べる。
・しっかり眠る。
・自力でトイレまで歩く。

そんな、ごく単純な生活のサイクルが
身体に叩き込まれていきました。

身体は、本当に正直で。
食べて、眠って、少しずつ動く。

それを繰り返していると
昨日より今日、今日より明日と、
少しずつ動けるようになっていったのです。

つづく!



大切なお知らせ
本作は実体験に着想を得たエッセイですが、プライバシー配慮のため登場人物・団体・時系列・場所等に創作・合成・編集を含みます。特定を意図していません。ただし、うにが感じた気持ちと気づきは本物です。

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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。

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