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【あがり症|美大受験7】終わりのない正解探し。美術予備校でみんなが迷っていた夜|ふるえるままに、すすめ27

あがり症でHSP気質のうにが、美大受験、大学中退、そしてその後も続いていく日々の中で、変わりたくても変われない、どうしようもない自分を抱えたまま世界を泳いでいく『うに』のイラスト付き連載エッセイです。うまくいかない日も多いけど、うにはうにのまま、ふるえるままに進んでいきます。

【はじめてましての方はこちらからどうぞ】

★子供のころのあがり症は(1)こちら
★あがり症を抱えたまま働きだしたストーリーは(4)こちら
★美大受験期・美大中退編は(21)こちら

「うにちゃん、お願い! わたし、トイレ行きたくて。ここの席、とっておいてほしいの!」
ゆきちゃんが息を弾ませて言いました。

「え、うん、いいよ」
うには、ゆきちゃんに言われた席に腰を下ろしました。

教室のいちばん端に近い席。すぐ後ろには壁があり、少し下がって自分のデッサンを離れて見るには、あまり向いていない場所です。

「でも、こんな端っこじゃなくても……あっちにも、まだ席空いてるよ?」

うにがそう言うと、ゆきちゃんはきょろきょろと周囲を見回し、そして、誰にも聞こえないように、うにの耳元に顔を寄せました。

「あのね、昼間部の先輩で、この席で描いた人がさ、上段に上がって、先生に『構図がいい』って褒められたらしいの」

「へえ……」

「だから、どうしてもここで描いてみたくて。お願い! すぐ戻るから!」

「うん……」


その日は土曜日でした。
美大予備校生に週末はなし。
土日も予備校に来てみっちり訓練です。

昼間部の授業は、朝九時から夕方四時まで。夜間部は、そのあと5時から9時まで行われます。そして、昼間部が使った静物モチーフを、そのまま夜間部が引き継ぐことがありました。

昼間部の先輩が、構図を褒められた席。
ゆきちゃんは、その席を狙っていたのです。

うには、自分の指で静物の構図を囲ってみました。

うーん。良い構図かあ……。
この席、そんなにいいのかな。
先輩からの情報かあ……。

ゆきちゃんは、夜間部の学生の中でも、すごくフレンドリーで、明るくて、話しやすい女の子でした。

昼間部の先輩とも、波多野先生とも、他の先生たちとも、自然に話せます。
だから、うにの知らない情報が、いつのまにかゆきちゃんのところには集まっているようでした。

一方で、うには。

予備校で話す相手といえば、ゆきちゃんと、ふうこと、なつめの三人くらいです。それも、向こうから話しかけてくれたときに、ぼそぼそ答えるくらいでした。

人の目を見るのが怖くて、顔もあまり上げられません。

たまに誰かと会話をしている間も、頭の中ではずっと、

変なこと、言ってないかな。
今の返事、おかしくなかったかな。
笑うところ、間違えなかったかな。

そんな検問みたいなものが、ひっきりなしに続いています。そんなことをしていたら、そりゃあ脳も疲れますよね。

疲れが蓄積してくると、思考が変な方向に偏りがちに。

ーーいい絵さえ描ければ、受かるんだ。
そう思いたい。
でも、それだけではない気もする……。
先生や先輩から、必要な情報を受け取る力。
その情報が自然に集まってくる人間関係。

そういうものを持っている人は、やっぱり強いんじゃないか、って。

うには、そこがほんとうに苦手でした。

先生からも、
(この子は、絵以前に、精神的に弱すぎるよな)
そんな目で見られているような気がして(考えすぎだよ)ますます顔が上げられなくなります。

顔が上げられないから、人と話せない。
人と話せないから、情報が入ってこない。
情報が入ってこないから、ますます自分だけが取り残されているような気がする。

そうやって、うにはどんどん小さくなっていきました。

ああ、この性格を、なんとかしなくちゃ。この先、きっと大変になる。

うににも、そのくらいのことは、わかっていました。
だけど、じゃあどうすればいいのかは、まったくわかりませんでした。

「うにちゃん!ありがと~~!」

戻ってきたゆきちゃんの、笑顔が眩しい……。
うにが、あんな性格だったらな……。
「……うん」

うには席を立って、自分の席に戻りました。


3時間後、講評の時間が来ました。

先生たちは、いつものようにみんなの作品を見て回り、上段と下段に分けていきます。

上段に置かれる絵。
下段に置かれる絵。

教室の空気が、少しずつ硬く張りつめていきます。

ゆきちゃんの絵は、上段に上がるんだろうか。
本当に、あの席の構図は評価されるんだろうか。

うには、自分の絵よりも、ゆきちゃんの絵が気になってしまいました。

けれど、ゆきちゃんの絵は、最後まで上段に上げられることはありませんでした。

ゆきちゃんの絵の講評の番になりました。

「うーん……」

先生は少し考えるように、絵を見て言いました。

「ちょっと、物と物の位置関係がうまく取れてないね。もっと離れて、全体の物の配置の関係をよく見よう……(中略)……まあ、今回は失敗だったけど、次回の注意点としては、今言ったことを注意して……」

小さなすすり泣きが聞こえてきました。
ゆきちゃんでした。こらえようとして、こらえきれなくなったような、細い泣き声でした。

講評をしていた先生が、戸惑った顔をしました。
「あー……大丈夫か?」

みんなが振り返って、泣きだしてしまったゆきちゃんをみてざわめきます。助手の波多野先生が、ゆきちゃんのそばに行き、何かを小さく声をかけて、教室の端へ、ゆっくり連れて行きました。

教室の中には、気まずい沈黙が落ちていました。


講評が終わると、うには教室を出ました。
一階の自販機でドリンクを買っていると、ちょうど面談室のドアが開いて、なつめが出てきました。


「あれ、うに。何してんの?」

「あ、なつめ。えっと……ゆきちゃん、甘いの好きだっけ……」

なつめは、教室の方をちらっと見ました。

「ゆきちゃん、まだ泣いてる?」

「……うん」

「そか。う~んと、ゆきちゃんはいつもホットミルクティだよ。買う?」

「うん」

うにが答えると、なつめが代わりに自販機のボタンをぽんと押してくれました。ごとんと音がします。うにはかがんでミルクティを取り出しました。

「でもさ、今戻るの、だるいな。もうちょっとここで時間つぶさない?」

「え……」

「あたしさ、ああいう空気、苦手なんだよね……」


なつめは自販機の前の丸テーブルに座りました。

「うにってさ、他の子と、あんまりつるまないよね」

「え、あ、うん……」
(つるまないっていうか、つるめないっていうか……)

「そういうとこ、ちょっと尊敬してるんだけど、あたし」

なつめは、にやっと笑いました。

「作品も、いっつも、うにらしいじゃん? あたし、うにが描いた絵って、すぐわかるよ。今日のデッサンも上段だったよね」

うには、急に褒められて、ドギマギしました。

「それにさ、うに、学科やばいじゃん。学科が入ると一気にトップ3とか、どうなってんの。頭良すぎでしょ。いかにも、現役で受かりそうって感じ」

「そ、そんなことないよ。わからないよ……」

「そーかなあ。あたしも、学科頑張ろうかなって思って。さっき面談でも言われたし。学科やばい~」

なつめは笑いながらコーヒーを飲み、それから「どこ受けるか決めてる?」と、少し遠慮がちに聞いてきました。

「え……う~んと、たぶんデザイン科で、受けられるところは全部……私立4つくらいと、あとはチャレンジで国立かな……」

「あ~、あたしと一緒だ。ま~みんな大体そんな感じだよねえ」

「うん」

「落ちたらどうする?」

「えっ…………えーと……あんまり考えてない……」

「ええ? そうなんだ。そーゆーの、考えないタイプ?」

「……う~ん、時々、考えるけど……でも今は、毎日の課題でいっぱいいっぱいで」

「………はああああ」

なつめは急にテーブルに突っ伏して、盛大な溜息をつきました。

「あ~、い~なあ。そういうところだろうな」

「え、何が」

「うにが、上達めっちゃ早い理由」

「え?」

「毎日、課題に、いっぱいいっぱいになれるとこ」

「ええ……」

「あたしもそうなりたい……なんか余計なことばっか考えすぎちゃってさ……あ~でも、ごめん。ちょっと変な言い方になっちゃうけどさ」


なつめは、テーブルから顔だけを上げて、うにを見ました。
「そのミルクティー、うにから渡さない方がいいかもだよ」


「え?…これ? だめ?…なんで」

「ん〜、やっぱわかってないかあー。うに、ここに来たの、春からじゃん?」

「うん」

「ゆきちゃんは、いつから来てるか知ってる?」

「え。えっと、たしか……高一からって……」

「そ。なのにさ、うには上段じゃん? 一方でさ、ゆきちゃんは、苦戦中なわけ」

なつめは、ちらっと、うにの手元の缶を見ました。

「……うにからは渡さない方がいいかも、でしょ」

「え……あ……うん……えっと、じゃあ、どうしよう……なつめから……」

「あー、あたしも、ムリ」

なつめは、再びテーブルに突っ伏しました。

少しのあいだ、沈黙が流れました。

やがて、なつめがぽつりと言いました。

「いや、なんつーか、ごめん、うにのせいじゃないんだよ……
あの席で、先輩が褒められてたって、
ゆきちゃんに教えちゃったの、あたしなんだよ……」

「え、あ、そうなんだ……」

「う~……」

ふたりで、自販機の前の丸テーブルに座ったまま、
どんよりしていました。

つづく


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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。

大切なお知らせ

本作は実体験に着想を得たエッセイですが、プライバシー配慮のため登場人物・団体・時系列・場所等に創作・合成・編集を含みます。特定を意図していません。ただし、うにが感じた気持ちと気づきは本物です。

コングラボードありがとうございます😊

久しぶりにコングラボードを頂きました、
お読み頂きましまみなさま、ありがとうございます〜✨
創作大賞に出してみませんか、のボタン、誘われてしまうなあ🤭

いつでも質問募集中~!


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