【あがり症|美大受験7】終わりのない正解探し。美術予備校でみんなが迷っていた夜|ふるえるままに、すすめ27
あがり症でHSP気質のうにが、美大受験、大学中退、そしてその後も続いていく日々の中で、変わりたくても変われない、どうしようもない自分を抱えたまま世界を泳いでいく『うに』のイラスト付き連載エッセイです。うまくいかない日も多いけど、うにはうにのまま、ふるえるままに進んでいきます。
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「うにちゃん、お願い! わたし、トイレ行きたくて。ここの席、とっておいてほしいの!」
ゆきちゃんが息を弾ませて言いました。

「え、うん、いいよ」
うには、ゆきちゃんに言われた席に腰を下ろしました。
教室のいちばん端に近い席。すぐ後ろには壁があり、少し下がって自分のデッサンを離れて見るには、あまり向いていない場所です。
「でも、こんな端っこじゃなくても……あっちにも、まだ席空いてるよ?」
うにがそう言うと、ゆきちゃんはきょろきょろと周囲を見回し、そして、誰にも聞こえないように、うにの耳元に顔を寄せました。
「あのね、昼間部の先輩で、この席で描いた人がさ、上段に上がって、先生に『構図がいい』って褒められたらしいの」
「へえ……」
「だから、どうしてもここで描いてみたくて。お願い! すぐ戻るから!」
「うん……」

その日は土曜日でした。
美大予備校生に週末はなし。
土日も予備校に来てみっちり訓練です。
昼間部の授業は、朝九時から夕方四時まで。夜間部は、そのあと5時から9時まで行われます。そして、昼間部が使った静物モチーフを、そのまま夜間部が引き継ぐことがありました。
昼間部の先輩が、構図を褒められた席。
ゆきちゃんは、その席を狙っていたのです。
うには、自分の指で静物の構図を囲ってみました。

うーん。良い構図かあ……。
この席、そんなにいいのかな。
先輩からの情報かあ……。
ゆきちゃんは、夜間部の学生の中でも、すごくフレンドリーで、明るくて、話しやすい女の子でした。
昼間部の先輩とも、波多野先生とも、他の先生たちとも、自然に話せます。
だから、うにの知らない情報が、いつのまにかゆきちゃんのところには集まっているようでした。

一方で、うには。
予備校で話す相手といえば、ゆきちゃんと、ふうこと、なつめの三人くらいです。それも、向こうから話しかけてくれたときに、ぼそぼそ答えるくらいでした。
人の目を見るのが怖くて、顔もあまり上げられません。
たまに誰かと会話をしている間も、頭の中ではずっと、
変なこと、言ってないかな。
今の返事、おかしくなかったかな。
笑うところ、間違えなかったかな。
そんな検問みたいなものが、ひっきりなしに続いています。そんなことをしていたら、そりゃあ脳も疲れますよね。
疲れが蓄積してくると、思考が変な方向に偏りがちに。
ーーいい絵さえ描ければ、受かるんだ。
そう思いたい。
でも、それだけではない気もする……。
先生や先輩から、必要な情報を受け取る力。
その情報が自然に集まってくる人間関係。
そういうものを持っている人は、やっぱり強いんじゃないか、って。
うには、そこがほんとうに苦手でした。
先生からも、
(この子は、絵以前に、精神的に弱すぎるよな)
そんな目で見られているような気がして(考えすぎだよ)ますます顔が上げられなくなります。
顔が上げられないから、人と話せない。
人と話せないから、情報が入ってこない。
情報が入ってこないから、ますます自分だけが取り残されているような気がする。
そうやって、うにはどんどん小さくなっていきました。
ああ、この性格を、なんとかしなくちゃ。この先、きっと大変になる。
うににも、そのくらいのことは、わかっていました。
だけど、じゃあどうすればいいのかは、まったくわかりませんでした。
「うにちゃん!ありがと~~!」

戻ってきたゆきちゃんの、笑顔が眩しい……。
うにが、あんな性格だったらな……。
「……うん」
うには席を立って、自分の席に戻りました。

3時間後、講評の時間が来ました。

先生たちは、いつものようにみんなの作品を見て回り、上段と下段に分けていきます。
上段に置かれる絵。
下段に置かれる絵。
教室の空気が、少しずつ硬く張りつめていきます。
ゆきちゃんの絵は、上段に上がるんだろうか。
本当に、あの席の構図は評価されるんだろうか。
うには、自分の絵よりも、ゆきちゃんの絵が気になってしまいました。
けれど、ゆきちゃんの絵は、最後まで上段に上げられることはありませんでした。
ゆきちゃんの絵の講評の番になりました。
「うーん……」
先生は少し考えるように、絵を見て言いました。
「ちょっと、物と物の位置関係がうまく取れてないね。もっと離れて、全体の物の配置の関係をよく見よう……(中略)……まあ、今回は失敗だったけど、次回の注意点としては、今言ったことを注意して……」
小さなすすり泣きが聞こえてきました。
ゆきちゃんでした。こらえようとして、こらえきれなくなったような、細い泣き声でした。
講評をしていた先生が、戸惑った顔をしました。
「あー……大丈夫か?」
みんなが振り返って、泣きだしてしまったゆきちゃんをみてざわめきます。助手の波多野先生が、ゆきちゃんのそばに行き、何かを小さく声をかけて、教室の端へ、ゆっくり連れて行きました。

教室の中には、気まずい沈黙が落ちていました。

講評が終わると、うには教室を出ました。
一階の自販機でドリンクを買っていると、ちょうど面談室のドアが開いて、なつめが出てきました。

「あれ、うに。何してんの?」
「あ、なつめ。えっと……ゆきちゃん、甘いの好きだっけ……」
なつめは、教室の方をちらっと見ました。
「ゆきちゃん、まだ泣いてる?」
「……うん」
「そか。う~んと、ゆきちゃんはいつもホットミルクティだよ。買う?」
「うん」
うにが答えると、なつめが代わりに自販機のボタンをぽんと押してくれました。ごとんと音がします。うにはかがんでミルクティを取り出しました。
「でもさ、今戻るの、だるいな。もうちょっとここで時間つぶさない?」
「え……」
「あたしさ、ああいう空気、苦手なんだよね……」
なつめは自販機の前の丸テーブルに座りました。
「うにってさ、他の子と、あんまりつるまないよね」
「え、あ、うん……」
(つるまないっていうか、つるめないっていうか……)
「そういうとこ、ちょっと尊敬してるんだけど、あたし」
なつめは、にやっと笑いました。
「作品も、いっつも、うにらしいじゃん? あたし、うにが描いた絵って、すぐわかるよ。今日のデッサンも上段だったよね」
うには、急に褒められて、ドギマギしました。
「それにさ、うに、学科やばいじゃん。学科が入ると一気にトップ3とか、どうなってんの。頭良すぎでしょ。いかにも、現役で受かりそうって感じ」
「そ、そんなことないよ。わからないよ……」
「そーかなあ。あたしも、学科頑張ろうかなって思って。さっき面談でも言われたし。学科やばい~」
なつめは笑いながらコーヒーを飲み、それから「どこ受けるか決めてる?」と、少し遠慮がちに聞いてきました。

「え……う~んと、たぶんデザイン科で、受けられるところは全部……私立4つくらいと、あとはチャレンジで国立かな……」
「あ~、あたしと一緒だ。ま~みんな大体そんな感じだよねえ」
「うん」
「落ちたらどうする?」
「えっ…………えーと……あんまり考えてない……」
「ええ? そうなんだ。そーゆーの、考えないタイプ?」
「……う~ん、時々、考えるけど……でも今は、毎日の課題でいっぱいいっぱいで」
「………はああああ」
なつめは急にテーブルに突っ伏して、盛大な溜息をつきました。
「あ~、い~なあ。そういうところだろうな」
「え、何が」
「うにが、上達めっちゃ早い理由」
「え?」
「毎日、課題に、いっぱいいっぱいになれるとこ」
「ええ……」
「あたしもそうなりたい……なんか余計なことばっか考えすぎちゃってさ……あ~でも、ごめん。ちょっと変な言い方になっちゃうけどさ」
なつめは、テーブルから顔だけを上げて、うにを見ました。
「そのミルクティー、うにから渡さない方がいいかもだよ」

「え?…これ? だめ?…なんで」
「ん〜、やっぱわかってないかあー。うに、ここに来たの、春からじゃん?」
「うん」
「ゆきちゃんは、いつから来てるか知ってる?」
「え。えっと、たしか……高一からって……」
「そ。なのにさ、うには上段じゃん? 一方でさ、ゆきちゃんは、苦戦中なわけ」
なつめは、ちらっと、うにの手元の缶を見ました。
「……うにからは渡さない方がいいかも、でしょ」
「え……あ……うん……えっと、じゃあ、どうしよう……なつめから……」
「あー、あたしも、ムリ」
なつめは、再びテーブルに突っ伏しました。
少しのあいだ、沈黙が流れました。
やがて、なつめがぽつりと言いました。
「いや、なんつーか、ごめん、うにのせいじゃないんだよ……
あの席で、先輩が褒められてたって、
ゆきちゃんに教えちゃったの、あたしなんだよ……」
「え、あ、そうなんだ……」
「う~……」
ふたりで、自販機の前の丸テーブルに座ったまま、
どんよりしていました。
つづく


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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。
大切なお知らせ
本作は実体験に着想を得たエッセイですが、プライバシー配慮のため登場人物・団体・時系列・場所等に創作・合成・編集を含みます。特定を意図していません。ただし、うにが感じた気持ちと気づきは本物です。

コングラボードありがとうございます😊

久しぶりにコングラボードを頂きました、
お読み頂きましまみなさま、ありがとうございます〜✨
創作大賞に出してみませんか、のボタン、誘われてしまうなあ🤭

いつでも質問募集中~!

