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【AOE2DE】文明別メモ(28)スペイン

ポルトガル、ベルベル、(西)ゴートと紹介したので、イベリア半島の真打ち登場。スペインはAOCで中南米文明と対になる形で実装され、ユニークユニットのコンキスタドールは当時のプレイヤーを熱狂(敵方を発狂)させた。ただでさえ強いのに、最近になって金まわりの強化が入って手が付けられない……と思いきやオープンマップでの勝率はさほどでもない。
2026年2月、宣教師も聖遺物を回収できるようになった。


文明特性と基本戦術

「火薬と聖職者の文明」。城主進化して城が建ってからが本番であり、それまでどう凌ぐかがポイントになる。斥候か槍散兵で時間を稼ぐのが良いとされる。射手は進化後に石弓化できないので主力にはしづらい。城からコンキスタドールを数体出して荒らしつつ、(近衛)騎士や兵器へのシフトを狙っていくのがセオリー。テクノロジー研究一つにつき金20が貰えるが、領主までの恩恵は微々たるもの。城主以降は鉄工テクに金不要なのと合わさってメリットを感じやすい。遊牧ではTCが速く建つ(農民1人分)アドバンテージがあるため、統計的に勝率の高い文明である。

ユニークユニットと天敵

ユニークユニットのコンキスタドール(70F60G、2025年8月アプデ以前は60F70G)は馬に乗った砲撃手。基礎射程が6あるので、TCの周りにいる農民を効率よく狩ることができる。4~6体程度でうろつかれるだけでも相当な脅威。農民がTCに逃げ込んだら他へ回る。訓練時間は24秒。EL化(900F600G)で基礎攻撃力は19にもなり建物や兵器に対する攻撃力も増すため、遠投があっという間に割られたりする。天敵は、(精鋭)散兵と聖職者、それから数の溜まった槍。
弓騎兵(40W60G)に比べ高コストかつ城が必要だが、弓懸や弾道学等の研究不要なので即戦力向きである。また、繁殖や血統の研究は騎士へシフトするにも無駄がない。

もう一つのユニークユニットは修道所から出る宣教師(100G)。ロバに乗った聖職者で、最近になって馬鎧の効果が乗るようになった。聖なる箱を回収できず、射程や視界が2短い点以外は聖職者の上位互換なので場面に応じて積極的に使っていきたい。
2026年2月、聖遺物を回収できるようになった。ただし聖遺物を運んでいるときの基礎移動速度は1.1から0.9に低下。.

内政面

建てる速度+30%。家や遊牧のTC、柵/石壁に塔、城など何にでも適用され便利。スペインやシチリア相手に城寄せはリスキーである。
テクノロジー研究ごとに金+20を得る
領主必須テク(両刃斧と鎧1)だけでは金を掘らずに済むほどではない。
鍛冶場(鉄工所)のアップグレードが金を消費しない
領主では矢羽根の金50しか恩恵が無いようでいて、5つのテクノロジーで差し引き+150にもなる。が、領主のうちに3兵種とも研究するような展開はまずない。城主以降で真価を発揮する(トータルで1700弱の節約)。

テクと出せないユニットのメモ

鉄工所テク

鉄工所テクは3兵種3段階を、金を使わずにアップグレード可能。

文明ボーナス

火薬ユニットの攻撃速度+18%(リロード時間15%短縮に相当)
コンキスタドールの攻撃速度が見た目のスペックより速いのはこれが効いている。砲台は対象外。
キャノンガレオン船が動く目標に対してより正確に射撃
弾速も速い。数がたまると通常のガリオン船とも渡り合える。

チーム ボーナス: 交易ユニットが生み出す金+25%
単純に効率1.25倍なので強い。

ユニークテクノロジー

城主ユニテク: 宗教裁判(100F300G)
聖職者と宣教師の転向速度+20%、宣教師の射程+1。序盤にはその分の聖職者/宣教師を多く出したほうが得。10体以上運用するなら……という感じ?
帝王ユニテク: 覇権(400F250G)
町の人のHP+40、攻撃力+6、近接/射程防御+2/+2。長剣剣士並のスペックになるというが……
プロがたまに農民だけで殴り勝つような動画を上げているが、どちらかといえば前線に塔や砲台、城を建てて制圧していくほうが普通だろう。また、帝王ユニテクにしては安価なほうなので終盤の内政荒らし対策に使っても良い。

出せないユニット・使用不可テクノロジー

戦士小屋……近衛剣士、矛槍兵ともフルアップ可能。
弓小屋……石弓にアップグレードできないただ2つの文明の一つ(もう一つはブルガリア)。また、パルティア戦術なし。砲撃手は文明ボーナスで攻撃速度が速い。
馬小屋……近衛騎士、ハサーともフルアップ可能。
兵器小屋……白ラム、大砲が出るが破城投石機やヘビスコ使用不可。攻囲技術なし。
聖職者……全テクノロジー研究可能。UUの宣教師を使える。かつ、研究完了ごとに金20バックも強力。
学問所……上述の攻囲技術の他、火砲学研究不可。人力起重機(建造速度+20%)がないのは、文明ボーナス(+30%)が上位互換のため。
内政テク……金の掘削、輪作が研究不可
海軍……焼夷兵器を除き全テクノロジー研究可能かつキャノンガリオン船系統の弾速・命中率アップ。詳細は割愛。

戦績・対策

チーム戦の対・スペイン入りチームの戦績は94勝91敗。やってくることが読みやすいので、そこまで負けが込むことはないようだ。1vs1は対戦数が少ないので割愛。Interactive Build Order Guide(リンク先はMOD紹介記事)でアリーナ即築城コンキRの練習ができるため、初級者向きではある。2025年8月アプデでコンキの必要コストが変わったため、食料多めにする応用が必要。

コンキ対策は、散兵を一定数溜められる態勢づくりと、前衛に限らず城主in後には早めに修道所を建てておくこと。神聖(聖職者のHPアップ)も入れておきたい。アリーナ即コンキへの対策についてはこちらの記事も参照。
aoe2 アリーナ城寄せへの対処 スペイン|akidas

キャンペーンシナリオ等

AOCの目玉キャンペーンであるエル・シッド(1043-99)のキャンペーンシナリオ全6戦があるが、このうち2戦はサラセンでプレイすることになる。他に、レパント(1571)は強大なトルコ海軍と、上陸してくるイェニチェリを撃破するミッション。モンテスマ(アステカ)では強力な敵役として立ちはだかる。フランシスコ・デ・アルメイダ(ポルトガル)の1戦目も、イベリア半島が舞台なので敵味方で登場。「勝者と敗者」DLCでフランシス・ドレーク(アイコンはコンキスタドールだが、文明はブリトン)が追加されており、敵味方で登場する。まだスペインが成立する前、8世紀のターリク・イブン・ズィヤード(ベルベル)でも登場するのはご愛嬌。

参考動画

コンキスタドール対策

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歴史のうんちく

中近世の覇権国家スペインが国家として成立するのは、イベリア半島のレコンキスタ(再征服運動)を機とする。しかしその過程は平坦ではなく、キリスト教国家群は時に統合し、また分割相続の後に相互に争う、ということを繰り返した。ここではカスティーリャ=レオン王国を軸に語る。

建国~11世紀なかば

8世紀初頭、ウマイヤ朝ベルベル人主体の軍勢によりイベリア半島が制覇された時、滅亡した西ゴート王国の貴族ペラーヨは西北部の山岳地帯に逃れてアストゥリアス王国を建国した。これが後のレオン王国の前身である。10世紀後半の北部スペインではバスク地方から興ったナバラ王国が婚姻外交等によって勢力を広げていた。大王と呼ばれたナバラ王サンチョ3世の死後に分割相続されたうち、カスティーリャ伯領を継いだフェルナンド1世が強力となり、レオン王を打倒・王妹を娶ってカスティーリャ=レオン王国が成立した(1037)。1065年死去。エル・シッドのキャンペーンシナリオはその息子たちの時代の話である。

ロドリーゴ・ディアス(通称エル・シッド)はフェルナンド1世の長子カスティーリャ王サンチョ2世に仕えていたが、王は分割相続された王国の再統一には成功するものの暗殺されてしまう(1072、1戦目のシナリオ)。弟王アルフォンソ6世が首謀者という筋立てである。時代下って1081-85年、長期の包囲ののちトレド(トレド王国の首都)は降伏し、アルフォンソ6世が入城(2戦目)。なお史実ではシッドはこの戦いには参加していない。実際には1081年に追放されており、この時期にはサラゴサのムスリム君主、モタミッド(アフマド・アル・ムクタディル/英語版wikipedia)に仕えていた。

1031年の後ウマイヤ朝滅亡後、当時のイベリア半島にはタイファと呼ばれるムスリムの群小王朝/君主たちが存在していた。サラゴサもその一つである。

ここで宿敵のバルセロナベレングール伯(バランゲー・ラモン2世)が登場。バルセロナ伯領は、カール大帝の創設になるためゲーム中での文明はフランク。伯爵がシッドに協力することを拒んだため、シッドは彼と戦って捕虜にしている(3戦目)。アルフォンソ6世が1086年のサグラハスの戦いにおいてムラービト朝の君主ユースフ(・イブン・ターシュフィーン)に敗北するとシッドに助けを求めてきたので、1089年までに複数のムスリム首長国を征服・属国化(4戦目)。3~4戦目でプレイヤー文明がサラセンであるのはそういった事情による。さらにバレンシアを救援、周辺勢力から防衛した(1087~、5戦目)。シッドは1094年までにバレンシアを征服、数年間統治した。1099年に死去するが、伝説によれば愛馬に遺体を乗せられ、引き続き配下や領民を鼓舞したともいう(6戦目のモチーフ)。

叙事詩のひとつによれば、死期を悟ったシッドは自ら食を絶ち、死体を保存できるように準備をし、数十年以上、生きた当時の姿のまま台座に座っていたという。そしてその台座上の姿のまま、愛馬バビエカに乗せられて巡行したと述べられている。

エル・シッド - Wikipedia

エル・シッドの征服行はムスリムへの敵対一本槍ではなく、共生できる相手とは手を組み、逆にキリスト教勢力のバルセロナ伯やアラゴン王国とも戦っている。キリスト教徒 対 ムスリムのような単純な図式で語れない11世紀当時のイベリア半島を象徴するような人物といえる。

その後のレコンキスタ

ムラービト朝の君主ユースフとその息子は再三に渡ってイベリア半島に上陸侵攻し、1110年までにはイベリア半島南部を統一するまでに勢力を伸ばした。しかし折しも十字軍の時代、アラゴン王国やカスティーリヤに援軍としてフランスやドイツからの十字軍騎士が多数参戦。アラゴンは1118年にサラゴサを奪回。1143年にはポルトガルが独立してレコンキスタの一翼を担うようになる(ポルトガルの記事も参照)。ムラービト朝はキリスト教側からの分裂工作が奏功、反乱が続発して1147年に滅亡。しかし後継のムワッヒド朝のもと、イベリア半島南部のムスリム諸国家は再び結束してしまう。

転機となったのは1198年の第4回十字軍に呼応して結成されたキリスト教連合軍で、1212年のラス・ナバス・デ・トロサの戦いで大勝利を収めた。ムワッヒド朝は総勢約12万の軍勢のうち6万以上(一説には10万)の死者を出したという。トーレ・デル・オロはこの戦いの後、1221年にムワッヒド朝支配下のセビリアで建造された大型の監視塔であり、モルタル、石灰、圧縮された麦藁の混合物による効果で黄金のように輝いていたという。ムスリム時代の建物なので民族の象徴のモチーフとしてはどうなんだという疑問はつきまとう。

セビリアのトーレ・デル・オロ(「黄金の塔」)

キリスト教諸国も王たちの死去とそれに伴う後継争いなどでなかなか足並みを揃える事ができなかったが、ムスリム側も1224年以降に内乱状態に突入。カスティーリャとレオンが婚姻関係を経て統合されたためキリスト教側の勢いが増し、1248年にセビリア開城。1251年にはジブラルタル海峡に到達しイベリア半島におけるムスリム勢力はグラナダのナスル朝を残すのみとなり、レコンキスタは事実上完了した。

その後のスペイン

時代下って1474年にイサベル1世がカスティーリャ女王として即位。夫はアラゴン王フェルナンド2世である。折しも1482年にグラナダで内乱が発生したのに乗じて1492年までにナスル朝を滅ぼし、またカスティーリャとアラゴンの統合も成ったためここに現在のスペイン国家の外形が完成した。イサベルとフェルナンドの外孫がハプスブルク家カール5世(在位1519-56)(スペイン王としてはカルロス1世、在位1516-56)であり、フランスやオスマン帝国と死闘を演じることになるがこれはどちらかといえば神聖ローマ帝国の歴史に属する。イサベル1世はクリストファー・コロンブスの探検航海のスポンサーとしても知られる。その後16世紀に入ると中南米の植民地化が盛んに行われた。英国のフランシス・ドレーク (「勝者と敗者」DLCの一)は、カリブ海や北米沿岸のスペイン植民地に後から来て荒らし回った人物である。大航海時代の中南米における征服行と収奪についてはアステカインカ等の記事も参照。

スペインはその後も海外の広大な植民地からの収奪を背景に繁栄を享受したが、周辺国との慢性的な抗争状態や宗教戦争で徐々に衰退。植民地から大量の銀が流入したにも関わらず(だからこそ)衰退した経緯についてはこの記事が秀逸。

19世紀にはナポレオン戦争の一舞台となり経済が崩壊。続いてラテンアメリカ諸国独立や19世紀末の米西戦争で海外領土を失うことになる。産業革命やアフリカでの植民地獲得競争でも出遅れたため国力が停滞した。20世紀に入ってニ度の大戦は中立で乗り切るが、「それどころではなかった」というのが実情。

戦間期の1931年に君主制が崩壊すると、1936年の選挙結果を受けて軍部が反乱を起こし内戦状態に。スペイン出身の画家ピカソによる『ゲルニカ』はこの内戦時、1937年4月26日にドイツ空軍による無差別爆撃を受けた惨状を描いたものである。内戦自体は1939年にフランコ将軍陣営の勝利で終わる。第二次大戦に直接参戦しなかったため、独裁体制は1975にフランコが死去するまで存続してしまった。その後、一連の騒動を経て1978年にスペイン王国は制限君主制国家となり、1982年にNATO加盟。現代に至ってもバスク地方(自治州)の分離独立運動や、2017年にはカタルーニャ州が独立宣言を行う(カタルーニャ共和国)など地域ごとの分裂傾向は相変わらずである。

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