【AOE2DE】文明メモ(32)チュートン
歩兵文明シリーズの締めくくりになってしまった。AOKからある古参文明の一つ。チュートンの騎士団は神聖ローマ帝国、十字軍、そして東方植民と、中近世ヨーロッパをかき回す震源地でありつづけた。「騎士団」という字面とは裏腹に、鈍足な歩兵のユニークユニットが看板である。騎士も移動速度が上がらない欠陥を抱えているため、塔(TR)など搦手戦術が多用される。低コストな畑による内政ボーナスは強力なので、強い時間帯にしっかり戦いたい。
チュートンナイトがバケツヘッド(笑)と揶揄されたのも今春まで。ELチュートンナイトはヘルメットにツノが生えてカッコよくなった。
文明特性と基本戦術
「歩兵文明」。畑の木材コストが36Wと安く、通常文明の畑6枚分のコストで10枚張れるため早期に斥候を出しやすい。ただし斥候から騎兵へのアップグレードがないことに注意。騎士含め「繁殖」が研究不可なので移動速度に難があり、また当然ながらラクダ等に弱い。近衛騎士は十分主力にできるが、いずれ長槍/矛や剣士に兵器を混ぜた編成も活用せざるを得ない。
塔ラッシュ(Tower Rush=TR)は戦場を敵陣近くに限定することで機動力の不足をカバーしようという高等戦術だが、トッププロでもない限り普通に自陣から斥候や騎士を出していて不都合はない。チーム戦ではアリーナ前衛でTRを仕掛ける姿がよく見られる。城主進化で即座に塔(&城)の最小射程がなくなるので多少は有利。特に相手にトルコやボヘミア等、即城主/帝王が脅威となる文明がいる場合は有効か。
ユニークユニットと天敵
ユニークユニットのチュートンナイト(85F30G)は鈍足で近接防御力の高い歩兵。基礎速度0.8は農民と同じなので、従士(旧: 武者修行)を入れても荷車入り農民には追いつけない。訓練時間は12秒、EL化コスト950F500G。天敵は、射手と砲撃手、兵器、そして聖職者。転向抵抗力は最近のアップデートで強化されたものの、聖職者と1vs1ではやはり転向されてしまうだろう。近接ユニットや、射程があっても近接攻撃扱いのマムルーク、フランカスロウ、グベト等にとっては天敵である。
内政面
畑のコストが-40%
……畑を木材36で建てられる。領主序盤から終盤まで強力に働くボーナス。浮いた木で小屋を多く建てたり、TC増設を急ぐなど攻守両様に働く。
なお、味方TC近くに畑を張って奪わせるというテクニックがあるが見合ったリターンを得るのは難しい。難しいことは考えずまず自分が軍ユニットをしっかり出すことを心がけたい。
テクと出せないユニットのメモ
文明ボーナス
町の中心の駐留人数25人、塔の駐留人数10人。
……特に後者はTRを仕掛ける際に強力に働く。
城主/帝王の時代に戦士小屋と馬小屋のユニットの近接防御+1/+2
……射程防御は上がらないことに注意。
聖職者の回復範囲+100%、薬草学が無料
迎撃用窓が城主進化で自動アップ
……TRで有効に働く。城は真下に敵軍に取りつかれて追い払えない時点で負けという話。
チーム ボーナス: ユニットが転向に対してより抵抗力を持つ
複雑な計算は割愛。象やラクダを主力とする文明にとってはありがたい。
ユニークテクノロジー
城主ユニテク: 装甲板(400W350G)
攻囲兵器の近接防御+4。
帝王ユニテク: 銃眼付胸壁(600F400S)
城の射程+3、駐留している歩兵が矢を射る。後述の通り城の最大射程が13まで伸びるため、トルコ(大砲の最大射程14)を除き大砲を寄せ付けなくなる。遠投やラムを出すしかない。
鉄工所テク
小手(射手の攻撃力&射程の3段階目)のみ研究不可。したがって城の最大射程は13。
出せないユニット・使用不可テクノロジー
戦士小屋……剣士、槍ともフルアップ可能。
弓小屋……重石弓・重弓騎兵アップグレード不可。弓懸・パルティア戦術なし。
馬小屋……騎兵・ハサーへのアップグレード不可。繁殖なしなので移動速度アップがない。
兵器小屋……白ラム使用不可。破城投石機やヘビスコ、大砲が使えて攻囲技術もあるので使い勝手は良い。
聖職者……全テクノロジー研究可能。薬草学は自動アップ。
学問所……人力起重機、建築学なし。迎撃用窓は自動アップ。
内政テク……金の掘削が研究不可
海軍……機動キャノンガリオン船アップグレード不可。クリンカー構造・カーヴェル船体が研究できるようになって「鈍足」の汚名を返上した。造船技術、乾ドック、焼夷兵器なし。詳細は割愛。
戦績・対策
チュートンを使用したチーム戦は8勝2敗。チームでの役割は騎士と大砲を出すこと、必要に応じ森を焼くこととわきまえるのが勝率につながっている。金が尽きると苦しいので交易は早めに。対・チュートン入りチームは61勝63敗。チュートンナイトや近衛騎士に対し、終盤に金が尽きていて槍散兵しか出せないようだと苦しい。こちらも、交易を回して射手や砲撃手をしっかり出すこと。1vs1は対戦数が少ないので割愛。
aoe2 アリーナ タワーラッシュへの対処 チュートン|akidas
キャンペーンシナリオ等
フリードリヒ1世バルバロッサ(1122-1190)の半生を扱ったキャンペーンシナリオ全6戦がある他、サラディン(サラセン)やチンギス・ハーン(モンゴル)、トロス(アルメニア)の敵役となる十字軍騎士団、イタリアを舞台にしたバーリ(ビザンティン)等のシナリオで神聖ローマ帝国軍、そしてリトアニア~ポーランド~ボヘミア三部作では東方植民のチュートン騎士団等々、枚挙にいとまがない。
参考動画
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歴史のうんちく
チュートン(テュートン)は、古代ヨーロッパ北部にいたゲルマン系/ガリア系部族のテウトネス族が名前の由来。中世以降にゲルマニア系の源流の一つと見なされるようになったため、チュートン騎士団の名乗りなどゲルマン系民族・ドイツ人の別称として使われた。ゲーム中では主に東フランク王国~神聖ローマ帝国・十字軍騎士団一般およびプロイセン等への東方植民を行ったドイツ騎士団が該当する。
東フランク王国
フランク王国は8世紀のカール大帝(シャルルマーニュ)の孫の代、843年にヴェルダン条約によって三分割された。フランク王国の分裂以前の歴史はフランクの記事を参照。初代東フランク王となったのがルートヴィヒ2世。その三男カール3世(肥満王)は884年までに中部フランクやイタリア、さらには西フランクまで(諸家の後継者がいなかったために)フランク王国を再統一したが、その後は分割が定着した。カール3世の甥にあたるアルヌルフはカール大帝の(女系の)血を引くイタリア王たちと抗争したが勝ちきれず899年に病死。後継で嫡子のルートヴィヒ4世も嗣子のないまま911年に死去。モラヴィアやマジャール人が盛んに侵攻する中、東フランク王国では5つの公国が興り、互選で王を擁立しようとする。フランケン公から王位についたコンラート1世は最初から弱体で、バイエルン公の反乱鎮圧に向かうが負傷して死去(918)。後継となったザクセン公ハインリヒ1世は「あくまで公たちの代表である」という立場を貫くことで他の公国からの支持を確立。息子のオットー1世の時に神聖ローマ帝国の時代が始まったとされる。ハインリヒ1世から始まる王朝をザクセン朝と呼ぶことがある。
神聖ローマ帝国
オットー1世(大帝)は即位当初の国内の反乱を鎮圧すると近親者による統治を強化し、またイタリアにたびたび遠征。息子たちの反乱にも悩まされたが955年のレヒフェルトの戦いでマジャル人を撃退してキリスト教世界の守護者としての地位を確立。962年にローマにおいて帝冠を授けられ、死没までイタリアに滞在・統治した。彼の奮闘については「勝者と敗者」DLCの単発キャンペーンで体験可能。当時の公たちは西フランクと密接な関係を持つものもおり、国内の舵取りを誤れば西フランクの軍勢がなだれ込む……というシナリオ設計は当時の実情をよく表現している。ザクセン朝が5代で絶えると、オットー大帝の女婿コンラート(赤公、レヒフェルトの戦いで戦死)の曾孫にあたるコンラート2世が継承(ザーリアー朝、4代)。間に1代置いてコンラート3世からホーエンシュタウフェン朝が始まる。彼の甥にあたるのがフリードリヒ1世(バルバロッサ)である。
フリードリヒ・バルバロッサ
フリードリヒ1世(在位1152-1190)は硬軟両様で国内の諸侯を懐柔または征服し、情勢を落ち着かせることに成功した(キャンペーンシナリオの1戦目)。1154~55年にはイタリアに遠征してローマ皇帝として戴冠。2戦目では従弟ハインリヒ獅子公との抗争の始まりが描かれる。恐らく1157年のポーランド遠征がモチーフと思われる。
バイエルン・ザクセン(ゲーム内ではバヴァリア、サキソニー)はもともと獅子公の父ハインリヒ10世の領地で、フリードリヒ1世の叔父であるコンラート3世に(不当に?)没収されていた。これを不満として、獅子公はコンラート3世主導の十字軍への従軍を拒否したりもしている。このシナリオのモチーフは案外、そのあたりからも採られているのかもしれない。獅子公は長年にわたりフリードリヒ1世を支えており、イタリア遠征の後期に援軍を出せなかったのも東方のポンメルン等との抗争で手が離せなかったからだともいう。しかしキャンペーンシナリオの最終幕での独白とは裏腹に、フリードリヒ1世の死後に後継のハインリヒ6世に対ししっかり反乱を起こしている。
フリードリヒ1世はその後、イタリア政策に注力するようになり教皇と対立(11世紀後半から続いていた叙任権闘争の最終段階)。教会分裂(1159-77)が起こる。3戦目は1162年のミラノ侵攻がモチーフ。1168年には反発した北伊諸都市がロンバルディア同盟を結成。4戦目は1176年のレニャーノの戦いでの大敗・脱出から始まる。ハインリヒ獅子公にも離反され、ヴェネツィア(またはパドヴァ、ヴェローナのいずれか1都市)を打倒して民族の象徴を建てることでなんとか和平に持ち込む、という難易度高めのシナリオである。史実でも1177年のヴェネツィアの和約により休戦が成立し教会分裂も解消された。1189年には第3回十字軍の総司令として出征し、1190年のイコニウムの戦いでルームセルジューク軍を撃破(5戦目のモチーフ)。しかしキリキアのサレフ河を渡河する際に溺死(史実)。酢漬けの樽に入った皇帝の遺骸を聖地に届けるため、ダマスカス周辺に陣取るサラディンの軍勢を蹴散らし、エルサレム市街に突入する……という6戦目に至っては、史実と比較するのも野暮というものである。
フリードリヒ1世の孫がフリードリヒ2世で、破門されたまま第6回十字軍を興し、アイユーブ朝と取引してエルサレムへの巡礼を可能にするなど破天荒な皇帝であったが教皇派との仲は最悪。嫡子には背かれ、シチリアの後継者らもフランス王族のシャルル・ダンジューによって滅ぼされると、神聖ローマ帝国の宗主自体が不在になってしまった。中世的封建制帝国から近世的領邦国家連合体への変質が始まる。
シチリア~イタリア本土を軸に多文化共生帝国を実現しかけたフリードリヒ2世についてはシチリアの歴史も参照。
13世紀なかば以降の神聖ローマ帝国領域は現ドイツ・ボヘミアに限られるようになった。ボヘミア・ポーランド・リトアニアとの抗争については各文明の記事を参照されたい。ドイツ騎士団の発祥と東方植民あたり以降、そして三十年戦争まで進むとAOE2よりもAOE3の世界に足を踏み入れてくる。ざっくり割愛して後日別途触れたいところ。
