見出し画像

~母になった日~コロナ禍、ドイツで初めての孤独な出産

5年前のあの日、私は「母親」になった。

全身麻酔の長い眠りから覚め、私は集中治療室で夫に迎えられる。手術室に運ばれたのはお昼前だったが、辺りはもう真っ暗になっていた。帝王切開の手術は無事に成功し、生まれてきた息子も大事ないとのこと。先生から術後の説明を受けるも、話はほとんど耳に入ってこなかった。

麻酔から覚めると集中治療室に

残念ながらその日は息子との面会は叶わず…。夫から息子の写真を何枚か見せてもらい、間接的な対面となった。

翌日の午後、車椅子で息子の元へ。保育器に入れられ色々な管につながれていた息子。予定日より2週間近く早く生まれたため体重は2,590gと少なめだった。私はその重さをずっしりと確かめた。


出産前日、私は婦人科で血液検査を行っていた。妊娠後期に入り、急に血圧が高くなったのだ。妊娠35週の検診で上が150まで上がり、その次の週の検診では170まで上がった。先生は妊娠高血圧症候群の危険性を考え、血液検査の数値に異常が無いか確認するという。

妊娠中の検診へはずっと一人で通っていた。コロナの状況が悪化し、夫が付き添うことは最後までできず。先生との会話には慣れていたけれど、専門用語が飛び交う中状況を100%把握することはできていなかった。分からない言葉はメモをして、後で確認するなどして少しでも不安を和らげた。

今回の血液検査の結果が出るのは婦人科の営業時間後となるため、後で電話をもらえることになっていた。「最悪の場合は今日出産になるだろう…」と先生からは言われていたため、病院から近い義理の両親の所で先生からの連絡を待つ。そして18時頃、先生から電話がきた。

「肝臓の数値がよろしくない。すぐに病院の緊急外来に行って!」

※ドイツでは妊娠中の検診は婦人科、出産は産院で、という形が一般的である。そのため、婦人科で出産することはできない。

用意していた入院バッグを持ち、夫と病院へ向かう。病院でもコロナの影響で付き添いがかなり制限されていたため、夫は診断が出るまで車で待っていることになった。

この病院には4日前、同じく妊娠高血圧症候群の件で来院している。その時は血液検査もしてもらったが、異常は無いので帰っていいとのことだった。それなのにこの有様だ…。心のざわつきが大きくなっていった。

緊急外来から産科へ回してもらい、とりあえず横になれることに。時間を置いて何度も血圧を測り様子を見た。夜中の病院は静か。同時に、歓迎されていない雰囲気も漂っていた。

「とりあえず今日は入院」とだけ言われる。先生らしき人が一度来たが、あまり深刻な様子ではなかった。もしかしたら先生ではなく、看護師だったのかもしれない…。疲労と眠気で記憶もだいぶ曖昧になっていた。

この日は産後病棟に泊まることになったが、同じ部屋には産後のお母さんと赤ちゃんがいるため、お互い気を遣う。

浅い眠りのまま朝を迎えた。

朝食後に若い先生との面談。「陣痛促進剤を飲んで様子をみる」とのこと。

そして部屋に戻って少し休憩をした。11時頃、また先生に呼ばれた。

今度はベテランの先生のようだ。

「血液検査の結果から、母子ともに危険な状態なので今から緊急帝王切開になります。ご主人にも電話で連絡してください」

え…と…。なぜ一晩待って急に手術なのですか…?こちらは前日の婦人科ですでに危険な状態と言われていたのですが…。そしてさっきの陣痛促進剤の話から急になぜ…。

でもこの時は、怒りや不信感よりも、私は不安で押しつぶされそうだった。

手術室に運ばれてすぐ、意識が遠のいていった。

夫は連絡を受けて自宅から30分で病院に到着。しかしコロナの簡易検査を受けなければ病棟には入れず。そして、そこでまた足止めをくらう。結局、息子は夫の到着を待たずして生まれてきた。

その小さな手で力の限り握り返す

幸いにも、母子ともに異常は無かった。産後3日目、私は集中治療室から産後病棟へ移り、息子と同部屋に。個室ではないので3組の親子と時間を過ごすこととなった。息子への栄養補給にも不安が残るまま眠れぬ日々は続き、体が回復する前に退院。帝王切開後でも産後わずか5日で退院となった。

産後の検診で婦人科に行った際、「あの夜にもう生まれると思ったけど、思ったより時間がかかったのね」と先生。

ベテランの先生は、その病院とのやり取りも長いので事情は理解しているようだった。

病院に対して思うところは色々あったが、私達の命を助けてもらったのでとやかく言うのはやめにしよう。

また今年も3月がやってきた。早いもので息子も、もう5歳。今は妹によく泣かされる、優しい兄に育っている。

そんな彼が5歳の誕生日に言ってくれた。

「ママ、生まれてきてくれてありがとう」

私は

「"ママ"にしてくれてありがとう」

と返した。

毎年息子の誕生日が来る度に思い出す記憶。時間が経つにつれ、当時のモヤモヤは薄れていく。そして本当に大事な部分だけが残る。

生まれてきてくれただけでいい。

その思いだけを大切にできればいいと。

一つの新しい命がこの世に生まれることの尊さ。

その命をつないで育ててくれた親やたくさんの方への感謝。

改めて心に留めたい。


【あとがき】
いつもは敬体でnoteを書いておりますが、今回は当時の臨場感を出すために常体で書いております。

前回の記事では母と私の関係について触れましたが、今回は私が母の立場になって初めて感じたことを振り返るために書き留めました。センシティブな部分も含みますので、どなたかの気分を害されないとよいですが…。最後までお読みいただきありがとうございました。


「母」をテーマにした記事はこちら。
👇   👇

その他にもドイツ生活やドイツでの子育てについて綴っております。
👇   👇

【自己紹介】


いいなと思ったら応援しよう!