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『生殖の海』第十章 「我が暴れ川」

『生殖の海』第十章 「我が暴れ川」

この子を産んで身二つになったら、伊那を出てゆこう。

井伊亀之丞せふ  きぬ


世のなかの憂さもつらさも暴れ川とゞまることはなしやうたかた

恋をしつひと夜ふた夜の慰みに去るべきひとにきといだかれて

遅るともぬべき秋ぞ来たりけるくずの裏風をぎ風もいさ

暴れ川しぶきをなして下りゆくひとの涙を我れは忘れじ

夕暮れはひとにつらなる川に立つもとの流れにあらぬ世のなか

つゆけさの添ふ風寄する葛の葉の恨むることはさいはひにあり

悲しびを悲しぶことをよそに見るなべて憂き世のこは夢なれば

人ひとりはらに宿せばきかねて逆さまにゆかず我が暴れ川

いまぞ知る憂さもつらさも知り初めて化粧道具を壁に打ちつく

思ひきや身をうき草のねにこそあれひとを恨むる我がこゝろとは

粉の舞ひべに筆は折るはらわたよちぎれ果てよと雄叫びを上ぐ

窓のなき産屋に息のくるしくて筆を蹴る蹴る松の戸に立つ

思ふこと思はざりしこと知り初めしおもひも流せ暴れ天竜

立ちこむる湯気にむせびつ切り髪の産屋うぶやは霧にまよふさむしろ

なべてみな忘るゝきはの雄叫びに子のかたまりは泣きごゑを上ぐ

いまし方産めりてふ子のかたまりを見もやらで聞く暴れ天竜

たつたひとりのたゝかひを終へ思ひ立ついざこの川を暴れ天竜

下らめよ流れを拓け母としてあるより我れはこの道を行く

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『生殖の海』目次

序章 にほふマルボロ
第一章 のぼるけぶり
第二章 母として行く道
第三章 しづかなる海
第四章 明けぬ夜の闇
第五章 目を開けて
第六章 及ばぬ高きすがた
第七章 いのちひとつぶん
第八章 水底みなそこの死
第九章 母となること
第十章 我が暴れ川
終章 ひかりを添へて

あとがき


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