『生殖の海』第六章 「及ばぬ高きすがた」
『生殖の海』第六章 「及ばぬ高きすがた」
ことばゝふるきをしたひこゝろはあたらしきをもとめおよばぬたかきすがたをねがひて
ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山かすみたなびく
あけぼのゝ空を霞に染めなして雪ふるさとに春は来にけり
谷河のうち出づる波も声たてつうぐひすさそへ春の山かぜ
うぐひすを誘ふ春風吹き交はす庭にまだ見ぬ梅の香ぞする
春の夜の夢のうき橋とだえして峯にわかるゝよこぐもの空
途絶えぬや覚むればとほき浮き雲の峰に分かれてゆく夢の跡
梅の花あかぬ色香もむかしにておなじかたみの春の夜の月
月をのみ形見と眺むながむればその夜の梅の花の香ぞする
ながめつる今日は昔になりぬとも軒端の梅はわれを忘るな
いく千代の春を経ぬとも梅の花死出の山越え匂ひおこせよ
春風のかすみ吹きとくたえまよりみだれてなびく青柳のいと
春霞分けゆく風の行くすゑにさやにおぼろになびく青柳
薄く濃き野辺のみどりの若草にあとまで見ゆる雪のむらぎえ
雪げしてむらむら見ゆる野べの草をひとしほあをく染むる春雨
いま桜咲きぬと見えてうすぐもり春に霞める世のけしきかな
咲きぬやと峰のあたりをながむればきのふより濃き霞たなびく
風かよふ寝ざめの袖の花の香にかをるまくらの春の夜の夢
目覚むれば袖にいろ濃き花の香も消ぬやさらでも春の夜の夢
花さそふ比良の山風吹きにけり漕ぎ行く舟のあと見ゆるまで
さゞなみや志賀の水面を漕ぎ分くる舟路は花のかたみなりけり
またや見む交野ゝみ野ゝさくらがり花の雪散る春のあけぼの
たまぼこの道をふたゝび訪へ春は交野ゝ雪のあけぼのゝ空
山たかみ峯の嵐に散る花の月にあまぎるあけがたのそら
桜花月に天霧る高嶺よりなごりの空の春のあけぼの
みよし野ゝ高嶺のさくら散りにけり嵐もしろき春のあけぼの
吹く風は峰の桜をこき混ぜて空白妙の春のあけぼの
花さそふなごりを雲に吹きとめてしばしはにほへ春の山風
あとしばし頼まゝほしき山風の春のにほひを思ふ夕暮れ
花は散りその色となくながむればむなしき空にはるさめぞ降る
立ち濡れてむなしき空を見上ぐれば散りにし花の匂ひもやする
柴の戸をさすや日かげのなごりなく春暮れかゝる山の端の雲
暮れかゝる春のあなたをながむれば明日よりむかふ山の端のいろ

『生殖の海』目次
序章 にほふマルボロ
第一章 のぼる煙
第二章 母として行く道
第三章 しづかなる海
第四章 明けぬ夜の闇
第五章 目を開けて
第六章 及ばぬ高きすがた
第七章 いのちひとつぶん
第八章 水底の死
第九章 母となること
第十章 我が暴れ川
終章 ひかりを添へて
PS.
横書きは読みにくい?
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