『弱者いじめ』人類の本質と社会対応。憲法司法政府行政は何の為に存在するのか?中庸意識から歴史因果を眺める。
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強さや知恵だけではなく、
柔軟に考え、
変わることができる人こそが生き残る
(チャールズ・ダーウィン)
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皆さん、こんにちは。
宙唄(Sorauta)
です。
いつもお立ち寄りありがとうございます。
また
初めての方、『ようこそ!』
いつも『徒然なるまま』に、完全オリジナルの独自の視点で「note」しております。
前回まではこちらの『note』しました。
日本国は、卒業と入学入社の季節がやってきています。
春闘や、新年度に向けて社会や組織はまた新規一変といった意識の方も多いのではないでしょうか?
新しい予算・税制や法制も始まります。
物価高にも拍車がかかり、笑う者と泣く者のコントラストもより鮮明になりそうな予感です。
大部分の中小企業や個人にとって、経済や未来計画は絶望的にしか見えないこの日本社会。
私たちは人類であり、ホモ・サピエンスであるとしたら、
弱肉強食の生存競争の中での自然淘汰が発生している。
アフリカのサファリに生きる生態系と同等。
そう捉えると何も不自然ではないこと。
ただ、それが『社会的な生物』として捉えるならば全く違った姿を見せてくる。
社会秩序とはそもそも
『弱者と強者が共生していくため』に培われてきたもの。
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正直、
目上や強者が権力を握っている社会は終わる。
単純な事。
帝国が滅んできたように、
元老院が滅んだように、
ホモ・サピエンスとその史実は、それを乗り越えて現在へと変容しながら現在に至る。
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植民地・奴隷は解放された。
何故か?
『己が人間であり、他人も人間で在ることを気づいたから』
人々が、動物の滑稽な仕草を見て笑う事と同じくらい、
人類は己自身が、滑稽な思い違いに執着する。
カルト宗教の教義や神、道徳や倫理がそれにあたる。
仮に、他の生物が人類と同じように感情表現を共有するものならば、
人間が他の生物を見て馬鹿にするように、
他の生物達は人類の常識的な行動を見て笑うだろう。
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『弱い者いじめ』
現在世界をリードするイーロン・マスク氏は幼少期に壮絶ないじめの中で育ち、その人格形成が今の地球人類に影響を与えている。
それは多元宇宙が織りなす時空の、地球におけるたまたまの偶然に違いない。
しかし、その偶然を引き起こしている因果はどこの誰とどんな形で共有されてつながっていくのか?
ましてや長い年月や歳月を重ねていく未来にどう影響するのかは誰にも予想し得ない。
イーロンマスクをいじめた彼らは、当然その友人が大富豪になるその人とは知りもしなかっただろうし、その事が彼の人格形成をする在る意味、体験的指導としての因果になるなどとは思いもしなかったはず。
全てはたまたま偶然、そうなる。
400年以上前の白人達を現代から見たら、アジアや黒人奴隷貿易が行える時点で正気ではない。
それでも遺伝子的な個体から見た大した差は存在していない。
在るのは、人類自身の認識の違い。
『選挙制度』『国家』『行政』『憲法』などは何故存在しているのか?
それに主体的に関わっている人ほど、原点に立ち返って問い続けたほうがいい。
『地球人類統一国』は現状存在していない。
しかし
事実として、現在ホモ・サピエンスは地球上で最も繁栄している。
その意味や因果から、常に問い続ける意識の中庸軸を常に探し続けて公僕に励む事が求められる。
『いじめ大国日本』
ホモ・サピエンスは、今のような文明社会を生きる道へ進めたのは、
単体ではなく、集団でそれぞれの役割を補い、協力する事によって実現してきた。
蜂や蟻、多くの哺乳類が群れを作るのと同様に集団で子孫繁栄してきた。
ここ数百年を見て、滅亡した国家や種族は殆どが西欧による侵略。
人間の集団が、人間の集団を滅亡に追いやった。
ペストがどんなに流行って何千万人、何億人が死のうとも、種族は途絶えなかった。
しかし人間は人間の手によって種族を滅ぼしてきた。
生存競争は、地球人類内側に存在している。
『嘘』『欺瞞』
既に、ピサロやコルテスの頃のように、或いは大日本帝国のように軍事力によって国家の侵略で敵国を支配する時代は終焉している。
そして他国民族への内政干渉の理由も、国土や資源の獲得、あるいは地政学的理由へと移行している。
そして戦争をせずに戦争以上に簡単に支配する方法がある。
『民族種族の弱体化』
と
『支配権の実質的乗っ取り』
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私たちは既に、
『シンギュラリティ』
や
『量子力学』
による科学を活用した時代を生きている。
そしてこれから、多元宇宙における地球生態系、ホモ・サピエンスとしての生命存在を「生きる」事に主体が置かれた次世代へと変容して行っている。
人間性、社会性、自然性。
弱い者いじめは、ホモサピエンスの本能として事実存在している。
その因果は、社会の中に影響反映され続けている。
それに対する特効薬は存在しないだろうし、それがそもそも病魔かどうかもわからない。
ウイルスや細菌は人類から見た時には病魔かもしれないが、
地球生態系から捉えた時には自浄作用、循環淘汰、調整とも取れる。
善悪やカルト信仰、常識から捉えるより、
自然界の生命秩序、事実からの捉えた客観的な史実、そして科学や宇宙物理。
これから人類の政治や経済、教育など社会に影響する存在により求められていくことになる。
ハンムラビ法典以前に法律が存在しないで社会が存在したように、
憲法や法律は人類が創造した者であって、未来を生きる世界秩序にはもっと他の制御や、そもそも『社会』を超えた何かが存在するかもしれない。
つまり、
現在ホモサピエンスの中にだけ、存在する「国家」という秩序が、
『未来に存在する保証はどこにもない』
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。