『氷河期世代』と『性』ど真ん中が語る『氷河期体験』
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人生は、生まれた時点で99.99%以上決まっている。
あなたの不幸は、あなたの責任ではない。
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皆さん、こんにちは。
宙唄(Sorauta)
です。
いつもお立ち寄りありがとうございます。
また
初めての方、『ようこそ!』
いつも『徒然なるまま』に、完全オリジナルの独自の視点で「note」しております。
前回まではこちらの『note』しました。
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『note』を始めてそろそろ半年、6ヶ月が経ちますが、
予想以上に多くのアクセスを頂き感謝です。
のんびり継続していれば、数年くらい重ねていればいつか誰かに影響するのかと思いきや、
結構社会に影響するような方々の目や意識に留まってくれている、繋がっている様な気がしています。
点と点が線に、面になる事はその時点では予測できずとも、
いつか必ず結実する時が来る。
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「note」をしていて意外だったのは、いいねが少ない「note」ほどアクセス数が多い傾向になること。
知りたい欲求と、いいねを押したい欲求は相反する。
AVはこっそり見て欲求を満たす行動は避けられなくとも、
それを喜んでいる事は隠して、外界では何食わぬ自分の姿を顕示しておきたい。
そんな深層心理は、どんな人の中にも働いているのだろうなと実感出来ます。
『就職氷河期』
『性』
この二つのキーワードが、他のどんなテーマよりもアクセス数が高い傾向にありました。
現金だなぁと感じるのは、
国民民主党が103万円の壁を提唱して、SNSを中心とした中間世代、即ち就職氷河期世代の夫婦や子育て世代の内情に、
政治家官僚は管理下にない低所得者や未婚者達の因果に図らずも彷徨い込んだ。
『パンドラの箱』
そして団塊ジュニア、就職氷河期は50歳前後に達していて、『少子化』と
その両親である団塊の世代の『高齢化』『多死』という現実に既に突入している。
つまり『氷河期世代』が、母数からして相対的にこの国に巻き起こる『絶望』に益々直結する段階になって『無視することが不可能』な状態になって声を上げた。
しかも選挙前を意識して。
恐らく団塊の世代を生きる高齢者達が、自民公明立憲などの既存政党を支持して甘い汁を吸ってこの国を衰退させてきた。
確かに彼らから見れば、育った時代に比べて豊かかになった。戦後日本国はなんだかんだ言っても素晴らしい。
倫理観や道徳を是とする時、
足るを知る事を意識して生きる事は、その時代を生きた人と見事に合っていた。
或いはGHQが最も人口オーナスがある団塊の世代を手懐ける為に伏線を長い時間をかけて敷いていたのかもしれない。
いつの間にか国際金融資本に、この国の資産価値は全て乗っ取られて、少子高齢化によって国際競争力は損なわれ、貿易、開発競争に敗れ、種族として民族滅亡危機に晒されている。
高齢になればなるほど、自分の非を認められなくなるもの。
死を間際にして、自分達の人生に気づきや変容がある人間は幸福だろう。
『上級国民』によるひき逃げ事件
のように、
自らの意識や在り方による、因果によって若者を人生を奪っていることに
気づきがないまま終わる人生ほど、人間として生を受けて絶望的な因果を作り出す存在はない。
国会議員にせよ
経団連にせよ
天下り先特殊法人にせよ
高齢者達は、今絶滅しようとしている日本民族を、自分達が原因で生み出して培っている事、そしてそれは勇気ある退却からしか始まらない事。
机上の空論はもう要らない。
他人のことより自らが、余生を生きる。
資産の全てを寄付して最低年金生活をすればいい。
きっとできないだろう。
だから、絶望的因果は変わらずに明日も継続していく。
そもそも論として当たり前の事実として
『就職氷河期世代』は『就職氷河期世代が作り出したものではない』
つまり
『100%、政治課題』
すり替えないでほしい。
私たち就職氷河期世代と言われる人たちは、
ただその世代にこの地球に、日本人の両親の元に生まれ、育ち、
そして成人して就職する時期をそこで迎えただけ。
広島長崎の被爆者達が、その環境にいたのが悪い。
という人が居ないのと同じように、
私たちはただ、そこに存在していただけ。
そもそも就職とは、企業が採用する事によって成立する。
採用するのは企業組織側に既にいる存在であり、企業活動をしている日本国の中で経済活動をしてきた私たちの上の世代だ。
それを『自己責任』だと『努力しろ』『やるかやらないか』『運次第だ』
全部成功者やマルチ・カルト・情報商材ソフィスト達の絵空事に聞こえる。
負の連鎖は自国絵図のように、更に吸い上げていく。
闇バイト、カジノ、薬物中毒、精神疾患
そもそもの根本的課題が解決した世界線において、人生を狂わされる人たちにはもっと違った未来もあったのかもしれない。
しかし失われた30年は現実だった。
誰かが、楽しい国といったみたいだが、
『絶望の国』
その事実を国民が共有するところからしか、再興は無いと感じる。
幸いなこともある。
『シンギュラリティ』と『DSの解体』
この事実を直視して、一旦国際金融資本やグローバリズムによって
ここまでの狂った国家を全て放擲して、
抜本的に全く生まれ変わった国家行政を0から作り出すならば、
水と海洋資源に育まれた自然界豊な、恵まれた生態系と共生する、人生の本質を生きる社会としての
ホモ・サピエンスとして生命環境の役割を主体とした社会づくり
その真ん中に地球人類の中にある日本国と日本国民の在り方があるかもしれない。
欧米の金融利権にしがみつく必要性も、イデオロギー戦争も、神やカルトも必要なくなった。
残されたものは、ただ生きる本質に還り、本来の在り方を実践する気づきの人生が織りなす日本民族の社会。
その中で、生活と共に主体的で多様な体験を育む男女が出会い、子孫繁栄の性と共に繁栄期世代とよばれるような次世代が遺伝子を継承していったなら、
再び、この社会が復興する日も未来にあるかもしれない。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。