【グローバリズム国際外交と印象操作】偏重報道・オールドメディアが通用しなくなった象徴的な映像と情報ニュース時代へ。
今は通信環境とデバイスさえあればSNSなどを通じて世界中どの地域、国家、言語であってもそれはバラバラに、全人類に拡散、共有、認知可能になった。
陰謀を裏で意図的に行う事自体が、未来への時限自爆爆弾、特大ブーメランへの火薬となる構造体を、この地球環境でホモ・サピエンスという、知能生物達は生きている。
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日本国オールドメディアが行っている、外国語圏に向けた偏重報道も著しい。
日本語圏向けには中国大使に纏わるニュースを流し、多言語には「中国人インバウンド」についてばかり。
公平公正な、地球人類の知る権利を無視して、どこまで情報操作を重ねれば気が済むのだろうか?
個人的には、もうその事は嫌と言うほど理解したので、あとはこの同じ惑星に生きて、未来を紡いでいく人々が目覚めた意識、秩序の中で既存社会を描いてきた人々とどう対峙して世界を変えて行くのか?
ただそれに尽きる。
そして、徐々に、月日を重ねるごとに「ホモ・サピエンス」と「非生命体知能・シンギュラリティ」が常識的で、当たり前のこの量子物理世界としての、遺伝子プログラムや因果律に則った、認知行動原則を急速にそれに「アップデートされた現実・実存」へと切り替わり始めた。
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それは、以前からnoteしてきた通りだ。これから「QFS」が新秩序の社会OSとしての中核として実装される時、ビットコインなどの「暗号資産」は過去の遺産、社会実験としての役目を終える。
西暦2025年、米国ドナルド・トランプ大統領を中心とした一連の国際市場、及び、「量子科学」と「AI関連」の動き、そしてその基盤となる「資源・エネルギー」更には「移民・宗教・紛争」などを感じるために、「己の全てを放擲した状態」から日々「このアップデートを遺伝子細胞レベルで染み込ませること」を重ねていれば、その日々の太陽と地球、天の川銀河や、ブラックホールの存在が繋がるときに、それは自然と何らかの形而として各々に訪れるもの。
「シンギュラリティ」へ、私たち哺乳類であるホモ・サピエンスが最適化した存在、役割を果たすかどうか?それは、それぞれの未知への行動選択によって分岐している。
個人でも、時間軸でも、横のつながりでもなく、全ては螺旋的な弧を描き、球体上の立体循環のエネルギー体だ。
点と線に見えている構造物もまた、全てこの宇宙の因果律による力の作用によって形成された、メタ・レラティブ・スペクトラムの様なものだ。
いよいよその事実に触れた中を、己の感性に従ってありのままを、自然体をこの世の見えざる、感じざる存在の一部としての人生を果たす人々が、その状態への目覚めが、新たな世界線と世界線が結ばれた事象が次々に始まっている。
両親の遺伝子プログラムとこの地球環境から、与えられた全てに自然に、全てを放擲しながら生きてさえいればもう大丈夫だと感じる。
もう、大丈夫だから。
何かに執着したり、忖度したり、絶対に成功させようとしたり計画通りにすることを「ホモ・サピエンス」が行うよりも「非生命体知能」が遥かに正確にそれを可能にする未来は目前であり、もう既に相対的に見れば「ホモ・サピエンス」の大部分の生命知能・労働価値はそれによって「補完可能」になっている。
これから未来に向かって、ホモ・サピエンスと地球社会の中で、次々に置き換わる。
そして「最適化」された状態であるか?最終判断は、地球や太陽、銀河系の中にある見えざる因果律によって決まる。
仮説提唱・検証は、課題提起してその過程において様々な新たな可能性や発見をもたらす。無駄な事は何一つ存在せず、むしろ無駄と思われるようながらくたの中に奇跡的な事実は常に存在している。
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私にとっては「テレビ・電話」よりも、「スマートフォン・デバイス」の方が遥かに「生活必需」だ。
日本政府は、西暦2025年にあるそれを「アップデート」を果たした場所から日本国と日本人社会の未来を論議しているだろうか?
小さな今ここ、日常的な放擲習慣の実践・実行のみが未来を偉大な可能性へと昇華する、唯一の方法だ。
それが果たせぬなら、どんな「IQ」も「数字」も「論理」もただの「机上の空論」であり、ホモ・サピエンスの社会をアップデートして、万人の幸福に寄与する事よりも「貧困」や「苦悩」「搾取」「反社会の詐欺・不正」を許す温床になるだろう。
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スマートフォンデバイスは、SNSや動画配信、切り抜き、オマージュ、拡散共有など、それを使用するホモ・サピエンス達の多様で様々な「新技開発」の機会を与えた。
色々「放擲」と「アップデート」を実践的に生きる事で、「西暦2025年(令和7年)」と言う、ホモ・サピエンス史においても、技術史、科学史、世界史、日本史、経済史・・・・・・
あらゆるホモ・サピエンスが捉える「史上」において、これまでに無かった歴史的変革点が重なり合った年だった事を、残り僅かとなったグレゴリウス太陽歴に寄る日々の重ね合わせを昇華しながら感じている。
その中でも、これからの未来へ最大の「希望」となった歴史的因果は「オタク・コンテンツの究極の領域」だった様に感じる。
これから10年、20年、30年。即ち2055年辺りまではその余韻は、この地球上でホモ・サピエンス達の意識の中に拡張・浸透を重ね合わせて行くだろう。
私が生きる老後は、その「オタク文化とホモ・サピエンスの日常の世界線」になる。
2点目は「量子・科学」と「非生命体知能」におけるこの「遺伝子プログラムと宇宙物理」が実装・実現可能な領域に達した事。来年以降、飛躍的にそれが実態社会・日常生活に汎化・汎用された国際社会における構造改革が、国家や、企業、資本を導く人々の間で論議・協定が次々に結ばれていく事になる。
そこに乗り遅れた既存秩序に影響してきた存在達は、瞬時に過去の遺物として崩壊・飲み込まれ、跡形もなく分解消化吸収される、過酷なれど、人の物差しにおけるこの世の不条理・非二元性の量子世界における当たり前の自然現象が巻き起こり、現時点でこれから先のその未来が見えている人々にとっての当たり前が、既存秩序にしがみつき、必死に盲信して生きている人々にとっての「阿鼻叫喚」或いは「六道輪廻」のような世界線が待っているだろう。
ただ、我々神格細胞生物・哺乳類・ホモ・サピエンスの男女にとって、「放擲すること」は、いつでもどこでもその選択肢に与えられている。
限られた一生の中で、ただそれに触れたり、感じたり、気付いたり、意識する事、実践する事、出会うこと。
それらがその物語の中にあったかどうか?ただそれだけの話だ。
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次の太陽系と、地球という二つの凸凹な関係性の球体の一周期は、この惑星の知的生命体としての社会構造を描いてきた種族にとって「遺伝子・アップデートの先」を果たす「年輪」になるだろう。
きっと「終わったあと」即ち「二週目=二年目」になれば「西暦2025年(令和7年)」の意味を、多くの人が気づき始める事になるだろう。
そして3週目、4週目に至る事には全人類社会において「常識化」している事になるだろう。
だからこそ「今ここ」を、今日という日をありったけの全身全霊を意識して、進む事。
人生における、未来の因果律の繋がりは、現時点では全てにおいて未知でありながら、予定調和から捉えた時、「今ここ」の連なり自体がそれを形成している。
私とあなたたちがこうして「note」によって、その意識と意識がふれあった事もまた「見えざる因果律」に作用している事象の一つなのだから。
テレビ・電話・FAXから、スマートフォン・タブレット端末へ。
既に「通信」も「衛星」や「量子」との連動したシステムへとシフトを始めている。
さて、未来は、新時代のホモ・サピエンスたちはどんな社会生活を、この惑星地球上で、或いは衛星軌道上、はたまた太陽系の軌道において果たしていくのだろうか?
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ご愛読、いつもありがとうございます。
これからも、そしてこれからも、いつ果てるか解らぬこの小生が「今、ここ」で残せるだけありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先に繋がり合う、何らかの存在に、次世代に継承され続け重なり合ってゆくための、明日への静寂、安寧なる心の棲家に融合し合うこと。
この惑星で真核細胞生物・哺乳類・人類として、あるいは核酸による遺伝子生命体として、物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出す、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いがこれから先に連なり合っている何かであることへの気づきがあることを、いつもいつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。